第24話 騎士の為のナポリタンドッグ
異世界にも虹って出るんだ。少し雨が降ったと思ったら、すぐに晴れて虹が見えた。綺麗な七色。
「アリサ、みてよ。虹が出ているわ」
ジェマおばさんがカフェの窓から指をさす。
「この世界にも虹ってあるのね」
「アリサがいたところにはないの?」
「あったけわ」
綺麗な虹を見ていたら、ちょっと元気になってきた。お祭りの一件以来、ルイスは落ち込んでしまい、何かできないかと考え込んでいる時だったけれど。
「まあ、アリサ。虹みたいに明るく行きましょう。ルイスが気に入りそうなメニューを作ってさ、驚かせてやればいいじゃない」
「そうね。なんかこう、見た目もインパクトある新メニューがいいわよね」
ちょうど客も途切れていた。わたしたちはルイスのために新しいメニューをあれこれ考えていた。
「アリサがいた国ではなんか無いの?」
「そうねぇ。でも餡子とかは手に入らないのよね」
例えばどら焼きも思いついたが、どうしても餡子は不可欠だ。
「うーん。だったらこの世界の材料でも作れるものってなんだろう?」
ふと、窓の外の虹を眺める。特にオレンジ色の部分も綺麗だな。こういう暖色は元気が出る。食欲が出るという説もあり、飲食店もオレンジ色を積極的に採用していると元いた世界でも聞いた。
「あ、そうか。オレンジ色って元気出るね。でもみかんゼリーとかも、サプライズはない」
「だったらアリサ、トマトとか使ってみるのはどうよ? 別に甘いもんじゃなくてもいいでしょう?」
「あ、そうか!」
その時、ぱあっと目の前が開けるみたいに何か思いついた。そう、トマトケチャップを使ったナポリタン。これをカフェのメニューにしてもいいんじゃないか。材料はこの世界にあるもので全部作れる。
「そうよ、ナポリタン!」
「アリサ、ナポリタンって一体何?」
説明するよりも作った方が早いだろう。わたしは厨房に駆け込むと、パスタを茹で、トマトケチャップで味付けしたナポリタンを作った。本当はピーマンや玉ねぎも入れたかったが、見た目は鮮やかなオレンジ色。そこにに粉チーズを振り撒くと、食欲は抑えきれない。オレンジと白の色のコントラスト。
「わ、何このパスタ。邪道じゃないの。ケチャップで味付け?」
「一応コンソメも入ってるけど。どう、ジェマおばさん。味は」
最初は否定的だったジェマおばさんだったが、一口食べるとガラッと目が変わる。
「お、美味しいじゃない!」
露骨な手に平返しだが、どうやら気に入ってくれたんでよしとしよう。
「本当はピーマンや玉ねぎ、ニンジンなんかを入れたらもっと色が派手で見た目もいいんだけどね。あとソーセージ」
「でも、味付けもシンプルだし、かえって具材入れなくてもいいんじゃ? 他の料理やコーヒーとも合うんじゃないの?」
ジェマおばさんの言葉にまたピンと来た。そうだ、元いた世界ではナポリタンドッグがあった。コッペパンになナポリタンを挟んだ惣菜パンだ。
一部では炭水化物だらけで不評らしい。でも食べ盛りの子供やジャンキーなものを欲する時、どうしても魅力的な一品。確かにバカっぽい。露骨だし下品にも見えるかもしれないが、見た目のインパクトは絶大じゃないか。
「ということで、ナポリタンドッグを作ってみたよ」
わたしはカフェの余り物のコッペパンにナポリタンをつめ、皿に置いた。うーん、やっぱり炭水化物と炭水化物の見た目は強烈だ。焼きそばパンはまだ見た目が茶色っぽいが。ナポリタンドッグは輝かしいオレンジ色だ。堂々としたものじゃないか。
「う、このなナポリタンドッグは強いわ……。こんな露骨な食べ物があっていいわけ?」
さすがのジェマおばさんも引いていたが、ナポリタンドッグを一口齧る。「うま!」と叫んでる。「美味しい」と上品に言えない感じなの、わかる。
「これはいいわ。絶対受けるから!」
「真面目なルイスも気にいるかしらね」
「何言ってるのよ、アリサ。堅物な男だからこそ、ガッツリ刺さりそうじゃない!」
確かにルイスがこのナポリタンドッグを見た時のはんのを想像したら、口元がむふむふとしてきた。戸惑いながら食べるだろうか。それとも案外クールさを装って無言で食べるだろうか。
「よし、ルイスにナポリタンドッグ作ろう」
「その調子よ。さっそくパトロール中のルイスを呼んでこようかしらねぇ」
ジェマおばさんもそう言うと腕まくりしてやる気いっぱいだったが、お客さんだ。しかも騎士団長だった。
「な、なんだこの奇妙なパンは。なぜコッペパンの中にパスタが入ってる? しかも味付けはケチャップか?」
試しに騎士団長にナポリタンドッグを出してみたら、戸惑いがすごい。ナポリタンドッグを凝視し、虫眼鏡まで取り出している始末だ。
「こんな炭水化物と炭水化物を掛け合わせるパンがあっていいのか?」
最初的には呆れていたが、一口齧ると露骨に表情を変え、あっという間にナポリタンドッグは消えてしまった。
「ところで騎士団長、ルイスの様子はどうなの?」
このタイミングだったら機嫌もいいだろう。ルイスについても聞いてみたが、あのクレープの一件で不調らしく、仕事も休みがちらしい。おかげで騎士団での事件調査も進まず、騎士団長は困り顔だった。
「何、また事件なの?」
ジェマおばさんはルイスのことよりも事件に食いついていたが。
「厄介な事件でな。王都でロマンス詐欺を働いている男がこっちの町まで逃げてきているらしいんだよな。名前はハリスで、見かけだけはイケメンでさ」
騎士団長は苦いため息だ。今日はコーヒーも注文していないのに。
「そうだ。アリサさん、前に君を口説いてきた男が犯人だったというケースはよくあったな。いっそハリスの囮になって来てくれない?」
「き、騎士団長。一体何を言っているんでしょうか?
囮だなんて。しかも遠回しにこの人、わたしのことを非モテと言っているような気がするんですが!?
これにはジェマおばさんも腹を抱えて大爆笑。「騎士団長ともあろう方がそんなギャグみたいな囮捜査を思いつくなんて!」とケラケラ笑っている。わたしの方が恥ずかしくなってくるのだが……。
「そんな、嫌ですよ。囮調査だんて。最初に事件に巻き込まれた時なんて、おかしな逆ハーレムされて本当に嫌でしたよ」
「まあまあ、アリサさん。ちょっと協力してくれたら、騎士団で大口の注文もするわ。このどうぶつクッキーとかメレンゲクッキーとか部下たちに配ってやろうかな」
騎士団長、札束で頬を殴ってくる。これにはわたしもジェマおばさんも逆らえず、結局騎士団長に協力することに。
まずは作戦を練った。ハリスがよくうろついている駅周辺にわたしが行き、彼と接触。そして仲良くなったら、カフェに連れて行き、そこで詐欺を働いたら現行犯逮捕という流れ。あらかじめ騎士団長も客としてカフェに潜入するという。
「そーんなゆるい作戦で捕まりますかねー?」
わたしは冷静にツッコミを入れたが、騎士団長とジェマおばさんはナポリタンドッグの話題で盛り上がり、全く聞いちゃいない。
「はぁー。結局、囮作戦するしか無いの? っていうかジェマおばさんも騎士団長も聞いてる?」
これ以上、突っ込んでも無駄そうだ。わたしは一人、駅に向かい、ハリスを探す。騎士団長の似顔絵によると、アイドル風のイケメンだ。髪は少し長めで、目元は爽やか。まあ口元は歪んでいて、息をするように嘘も出そうな雰囲気だった。
「ロマンス詐欺師、どこにいるんかね?」
人が多く探しにくい。やっぱり囮調査なんて無駄じゃないか。帰ろうと思った時だった。
「ねえ、君さ。一人でどうしたん?」
背後から甘ったるい声がした。振り向くと、ハリス!
まさか向こうから話しかけてくるなんて。よっぽどわたし、騙されやすそうな空気がある? 非モテオーラとか?
でもこれはチャンス。このままハリスをカフェまで連れて行けば作戦成功じゃないの。
「いえ、別に。でもちょと彼氏に振られたばかりで寂しくって」
「だったらさ、僕と遊ばない?」
目を覗き込んできた。距離感も変。露骨だな。ルイスだったら絶対こんな距離はとらないのに。
「ええ、いいよ。でもわたしがおススメのカフェがあるのよ。一緒に行かない?」
「やだ」
まさかのNO。向こうも犯罪者だ。何かを警戒していてもおかしくない。
「そのカフェ、ナポリタンドッグっていう摩訶不思議なパンが食べられるみたい。ねえ、一緒に行きましょうよ」
「ナポリタンドッグ?」
「見れなわかるわ。とっても驚くメニューみたい」
「なんか気になるんですけど」
「一緒に来てくれたなら、なんでも言うこと聞くわよ」
ハリスの口元、ニヤっと歪んでいた。これはろくでも無いことを考えているサインだが、とにかくカフェまで連れてきた。
いつものカフェに客として来るとは違和感すごい。騎士団長も店員のフリしているが、目元が鋭いし、カフェ店員に見えない体型なんですがね!?
「やっば!」
案の定、ハリスは何かに勘づいたらしい。逃げた!
一歩遅れてしまったわたしたち。ハリスは脚が早く、全然追いつけない!
「まて!」
騎士団長も追うが、向こうは若者だ。風のように速い!
ジェマおばさんもわたしも全速で追いかけるが、歯が立たない。やっぱり囮調査なんて安易にするもんじゃない?
そう、絶望しかけた瞬間だった。前半からパトロール中のルイスが!
前からも後ろからも挟み込まれたハリスはあっという間に捕まってしまった。「アリサみたいな非モテに誰が本気になるか!」と捨て台詞も忘れていなかったが、どうやら事件は解決。
「はぁ。もう囮調査なんて辞めてください。騎士団長も真面目に仕事をしてくださいよ」
後日、カフェにやって来たルイスはかなり呆れていた。同席している騎士団長もさすがに目のやり場に困ってる。
「ルイス、そんな呆れないで。ナポリタンドッグよ!」
「そうよ! アリサがあなたのために考え抜いて作った一品よ!」
もっとも、ナポリタンドッグを見たルイスは絶句し、しばらく言葉を失っていた。
「う、これはうまい……」
「ルイス、そうでしょ? 炭水化物と炭水化物の掛け算は無限大よ。もう元気出して」
冗談で言ったつもりなのに、ルイスは考え込み、またぶつぶつと文句をいい初めてしまう。
「やっぱり囮調査なんて反対ですよ。そもそもアリサを口説く男が犯罪者っていうのはおかしい。なんの根拠もないじゃないか」
いつになくルイスは怒ってる?
「え、ルイスどうしたの? なんかあった? 怒ってる?」
「いや、怒ってはいない。ハリスが憎いよ。それにシフォンケーキの事件でアリサを口説いてきた連中なんかも」
「どうしたの、ルイス。そんなにナポリタンドッグが気に入らない?」
ルイスはわたしの言葉を無視。こんなことは初めてだった。いつもは独り言でも「うん?」と聞いてくるのに。
「アリサを口説く男が全員犯罪者だったら、なんだ? 俺も犯罪者ってことか?」
「は?」
「前にお茶会に誘っただろう」
これにはいくら鈍いわたしもルイスの意図がわかってしまった。騎士団長はなぜか腹を抱えて大笑い。ジェマおばさんは大騒ぎ。大声で町内に言いふらしてる。
「事件よ、事件よ! なんとアリサがルイスに告白されたわ!」




