第23話 くるくるクレープと祭りの後
異世界といっても、庶民の幸せってもんがある。どこでも同じだ。
「ジェマ、アリサ。町内のお祭りの企画があるのよ。長雨や原材料問題が解決した記念でね。ジェマたちも何か出店してくれない?」
ある日、町内会長がカフェにやってきた。お祭りの企画書を持っていた。
「お祭り!」
それを聞くとジェマおばさんの目、露骨にキラキラしていた。町内会長も口元がニヤニヤしている。やっぱり異世界でもどこの世界でも庶民の楽しみがある。その代表格はお祭りかもしれない。わたしだってお祭りと聞いて胸が跳ねてきた。
というこちで、わたしたちのカフェもお祭りに出店すると即答した。カフェも閉店間際でもう客もいないし、さっそくジェマおばさんと何をお祭りで売ろうかと話こむ。
「でも普段売ってるシフォンケーキやどうぶつクッキーを売っても、全然面白くないわ。対面で作って売るやつがいいー!」
ジェマおばさん、子供に戻ってしまったのだろうか。無理難題を言っている。
「そうは言ってもね」
わたしの頭にはクレープという選択肢が浮かんでいた。これだったらお祭りによく合うメニュー。あのくるくるとした手捌きをお客さんに見てもらうのも一種のエンタメだ。屋台は舞台にもなるのだ。
しかしこう言った対面販売をしてこなかったわたしたち。ケータリングのお茶会は経験があるが、あのライブ感を再現できるだろうか。昭和ど根性女のわたしだけれども、ジェマおばさんと二人だと限界があるかもしれない。トッピングも多そうだし。
「っていうことでクレープがいいと思うんだけどさ、現実的には難しいと思うのよね」
「何を言ってるのよ、アリサ。これはクレープよ。お祭りにはクレープ! クレープがいいに決まってる!」
だめだ。火がついたジェマおばさんを止めることは不可能だろう。
結局、アグネスやマリーも臨時バイトとして雇い、クレープを出店することになった。金物屋のジェイクにも専用のプレートを注文し、屋台の資材も中古で探したり、お祭りまで大忙し。
それにカフェの閉店後はクレープ作りの特訓もしていた。
「ジェマおばさん、くるくると焼いてすごい! 私なんて穴が空いちゃう!」
アグネスも特訓に参加してるが、不器用なタイプで全然綺麗に焼けないが。
「アグネス、こうよ。あんまり力は入れないでフワーとくるくる焼く感じ」
マリーも特訓に参加していたが、器用だ。もしかしたらマリーにクレープ焼きを担当させ、アグネスとわたしがトッピング。注文聞きや会計やジェマおばさんにした方がいいかも。忙しくなってきたら、適時その役割も変える感じで。
「そのアイデア、いいわね!」
ジェマおばさんもわたしのアイデアにノリノリ。まだお祭り前なのに、もうその気分らしい。アグネスやマリーもつられて笑っているぐらいじゃないの。
特訓用とはいえ、出来上がったクレープを食べるのも楽しいものだ。くるくるとバナナやチョコレートが包まれ、見た目も可愛い。わたしだって楽しくなってきた。遠足前の子供みたいな気分。
「ところでアリサはルイスとどうなん?」
それなのに、マリーはルイスを話題に出してきた。せっかく口の中はクレープの甘さでいっぱいなのに。
「ル、ルイス?」
「こういうクレープってカップルと歩きながら食べるといいよね」
マリーはからかっている?
なんか目がゲスいのだが、これ以上付き合ってられない。確かにルイスにお茶会に一緒に行きたいとか言われたような気がするが、よく覚えていないし、ルイスもそれ以来全く普通。忘れよ、忘れよう。
「アリサ、なんでクレープ食べながらしどろもどろになってるの?」
アグネスが指摘してきて、さらに落ち着かない。マリーはずっとニヤニヤしているし、ジェマおばさんもクスクス笑ってるのはなぜ?
とはいえ、お祭りの前のワクワク感はあっという間に終わった。気づくとお祭り当日だ。町内の公園では朝から準備が進められ、うちのクレープの屋台だけでない。焼き肉、アイス、パン、パスタなど様々な屋台が並び、すでに賑やかだった。特設ステージからは町のダンサーや歌手がリハーサルをし、騎士団たちも警備に追われているようだ。騎士団長も珍しく現場に出ているぐらい。
「アリサ、何を目で追ってるの?」
またマリーがゲスい目で聞いてきた。口元は限りなくニヤニヤしている。
「まさかルイスを探してる?」
「ちょ、マリー。何を言ってるの?」
「気をつけて。ルイスはああ見えてイケメンだし、隠れファンだってきっと多いわ。確かに最近は少し太ったけれど、今までが痩せすぎだったしね」
マリー、一体何を言ってるの? まさかルイスとわたしをくっつけようとしてる?
「そ、そんなの別に……」
もうどう反応して良いかわからないが、ちょうどお祭りが始まり、特設ステージからは賑やかな音楽が流れた。客たちも押し寄せ、子供からお年寄りまで公園は満杯だった。
さっさとクレープ屋へお客さんが! ジェマおばさんが注文をとり、マリーがくるくると焼き、アグネスとわたしがトッピング。最後にジェマおばさんが会計して渡す。その間にわたしは生地を足したり、トッピングの準備。
想像以上にお客さんが来た。クレープの甘い香りも良い広告だ。それでもわたしたちのチーププレイでどうにかお客さんを待たせずにクレープを渡せている。
「わぁ。すっごい、綺麗に焼けるもんね」
くるくると生地が焼けていく様子のお客さんも感動している。これこそライブ感。お祭りの醍醐味。舞台そのもの。まあ、今の主役はクレープを焼くマリーだが、裏方で細々と働く自分も嫌いじゃない。
「あれ?」
だからか、会場の異変にも気づいてしまった。さっきから騎士団の人たちが慌てた様子だ。騎士団長も走っているし。ルイスの姿は見えないが、何かあったのだろうか。
「ジェマおばさん、なんか会場の雰囲気が変じゃない? 特に騎士団の人たちが」
客が途切れたタイミングでジェマおばさんに聞く。
「そうね。何かあったの? あれ、見てよ。ルイスが滝汗で走っているけど」
「え?」
ジェマおばさんが指差す方向にはルイスがいた。いつもの落ち着いた様子は消えてる。目もざわざわと焦ってり。汗をダラダラ垂らしながら走っていた。
「ルイスどうしたの」
思わず小声でで呟いてしまう。これは心配。何かあったのだろうか。
「もうそんなんだったら、様子見に行けばいいじゃない? 店はわたしがやっとくし!」
マリーは堂々と胸を張って言った。
「そうだよー。てか、もう材料減ってきたし、そろそろ完売じゃない? 行ったら?」
なぜかアグネスにも背中を押されてしまったし、ジェマおばさんも一緒に行きたいと騒いでいた。これはもう、断る理由はない?
「わ、わかった」
わたしはエプロンと帽子を置き、店を飛び出した。ジェマおばさんも一緒。ジェマおばさんはクレープのトッピングのバナナやイチゴをつまみ食いし、もぐもぐしていたけれど。
「騎士団長! どうしたんです? 何かあったんです?」
ちょうど目の前を走っている騎士団長を捕まえた。こちらの汗だく。ジェマおばさんが呑気につまみ食いしている様子を見て拍子抜けしていたけれど。おかげで口を滑らせていた。
「ここだけの話だぞ。実はお祭りを中止しろっていう脅迫状がきたんだ。しかも会場の一部に不審な液体も置いてあったりしてな……。今、みんなでそれを回収しているんだが。いや、もう悪いけど行くわ!」
騎士団長は慌てて特設ステージの方へ走って行ってしまった。
「ジェマおばさん、どういうこと? お祭りやめろっていう脅迫状って何?」
「まあまあ、アリサ。落ち着きなさいよ」
ジェマおばさん、もうつまみ食いは終わったらしい。いつも以上に堂々とし、何も動じていない。
「そんな脅迫状なんて陰気で卑怯なヤツの仕業。本当に液体なんて撒いたりはできない。大方、普通の洗剤でしょうね」
「ジェマおばさん、何を根拠に?」
「まあ、わたしたちも探しに行きましょうか」
ジェマおばさん、動揺という言葉を知らないらしい。騎士団長でもあんなに焦っていたのに。とはいえ、わたしも焦りが消えてきた。
「そうよ。きっと犯人は陰気なタイプ。決してヒロインにも脇役にもスタッフにもなれない雑魚でしょう。この会場の隅の方でビクビク怯えているんじゃない?」
「ジェマおばさん、それが根拠?」
「見てなさい。きっとジメジメしたところにいるわ」
それってただの勘だろう。しかし、今はジェマおばさんの落ち着きっぷりが頼もしいものだ。わたしはジェマおばさんに続き、会場の隅まで歩く。ここまでくると、雑草が生い茂り、ジメジメと暗い。お祭りの喧騒と遠い。しかもトイレがあった。女性トイレだが、土の匂いとツンとした匂いが混じってる。
「ここよ。きっと犯人はここにいるわ」
「えー、ジェマおばさん。本当?」
半信半疑だったが、薄暗く、静かな女子トイレに入ると……。若い女がいた。全身黒ずくめ。前髪も長く、顔がよく見えない。溌剌さは皆無だ。異様にトイレという場所にマッチしているが、犯人?
「あなた犯人?」
そう言っただけでビクビクと怯え、涙目になっているぐらいだ。この反応はどう見ても怪しい。
「ほうら、わたしの推理が当たったでしょう?」
「ジェマおばさん、単なる勘では?」
「いいのよ。勘で当たって何が悪いの?」
「堂々と開き直ってるわ……」
そういうしているうちにルイスが到達。犯人は号泣しながら抵抗していたが、あっけなく捕まっていった。
「それにしてもなんであの女の人、脅迫状なんて送ったの? ジェマおばさん、わかる?」
「さあ。陰気なヤツの気持ちはわからないわ」
「わたしもわからないわ。まあ、でも無事に捕まったからいいか」
とはいえ、なんでルイスに捕まった時、号泣していたんだろう。まるで失恋が確定してしまったような泣き方だった。
その後、騎士団が調査し、動機が判明。犯人はルイスのファンだったらしいが、告白しても振られたという。その腹いせでルイスを困らせてやろうと脅迫状を送ったという。女の自宅からはわたしへの脅迫状の下書きや毒物も見つかったという。この一件でルイスは上からも下からも冷たい視線を浴び、すっかり落ち込んでいるとか。カフェにも顔を出していない。
「ねえ、ジェマおばさん。わたし、クレープ焼くの上手くなったかな。ルイスの目の前でクレープを焼いたら、元気出る?」
お祭りは終わったのに、まだクレープを焼く特訓をしているわたし。マリーみたいにくるくると焼けないものだ。穴が空いたり、べちゃっとしてしまう。
「そうねぇ……。もうお祭りは終わったしね。他に何かルイスが喜びそうなメニューを考えましょう」
ジェマおばさんの声が妙に優しい。出来上がったクレープを食べてみた。うん、味自体は美味しい。でも何か物足りない気がするのは、ルイスがカフェに来ないからだろうか。祭りの後は寂しい。




