第22話 スコーンと回転しないお茶会
異世界でも元いた世界でも共通点がある。それはお茶とお菓子は人の心を和ませるってこと。
「おいしいわぁ。このシフォンケーキ。わたあめよりもふわふわよ。米粉のシフォンケーキも美味しいじゃないの」
ライラ様は満面の笑みだ。シフォンケーキだけでなく、マカロンやカップケーキも楽しんでいるようだった。お茶の味にはちょっと文句をつけていたけれど。
今日はライラ様のお屋敷でお茶会の仕事だった。原材料騒動の時に思いついたケータリングビジネスだったが、ライラ様から久々に依頼があり、ジェマおばさんとせっせと働いていたってわけ。
「ライラ様、気に入ってくだだって光栄です」
わたしはそう言うと、ライラ様は笑顔だ。ジェマおばさんにも明るく談笑しているぐらい。
初対面の時はほぼクレーマーだったライラ様だが、今は丸くなっている。その後にメイドのスノウの件や結婚詐欺の件もあったのも大きいだろうが、やっぱりお茶とお菓子は人の心を和ませるのだろう。更年期障害の疑惑もあったが、今は顔色も良く、姿勢も良かった。バイオレットカラーの上品なドレスもよく似合ってる。
「ところでジェマ、何か新しいお菓子の開発はしていないの?」
まあ、口調はちょっと偉そうだったが、ライラ様は笑顔を崩していなかった。
「そうねぇ。今は色々出してるんだけどねぇ。アリサの国のもののドーナツとかもオススよ。奇跡のドーナツなんだから」
「へぇ。それは気になるわ」
「ライラ様のお口にも合うと思います。元々はサーターアンダギーという名前ですが」
わたしがそう言うと、ライラ様はサーターアンダギーの発音を真似ていた。難しいと笑っている。上品な貴婦人だが、根はちゃめっけがある人なのかも。
「逆にライラ様は、なんか貴族風の高級なお菓子のメニューは知らないのー?」
ジェマおばさんは身分が高く金持ちのライラ様にもざっくばらんだ。この屋敷のメイドや使用人たちはジェマおばさんを二度見するぐらいだ。もっともライラ様は気にしていないし、ジェマおばさんも相変わらずって感じだが。
「そうね。スコーンかしら。隣国の王族とのお茶会で食べたことはあるわ」
「スコーン?」
ジェマおばさんはライラ様の発言に驚いていた。まさかスコーンを知らない? まさかあのスコーンが高級なメニュー?
確かにカフェのメニューにもなかったし、町でも聞いたことがなかった。
「待って。スコーンのレシピならその王族に教えてもらったわ」
ライラ様はそういうと、メイドの一人にレシピ帳を持って来させていた。手書きの丁寧まレシピ帳だったが、そこにあるのはわたしもよく知っているスコーン。この異世界では王族や貴族御用達だったとは。材料はむしろシンプルなのに。まさにわたしはカルチャーショック。
とはいえ、ジェマおばさんは秘密のレシピをもらったと子供のように喜んでいた。元いた世界では庶民もよく作るお菓子なんて言えない感じだ。
「アリサ、さっそくスコーンを作るわよ!」
しかもライラ様の仕事が終わったら、さっそくカフェに帰って試作を作るほどだ。わたしは夢中になっているジェマおばさんに水をさせず、一緒に試作作りを手伝った。
オーブンからはいい匂い。焼き上がったスコーンからはさらに良い匂いがする。割れ目もバッチリ。元いた世界のスコーンより若干固そうだが、それも文化の違いってやつかもしれない。
「うん、これは美味しい!」
ジェマおばさんも子供のように目がキラキラとしていたし。わたしもちょっと固めのスコーン、気に入った。クリームをつけて食べるとさらに口の中が幸せ。うん、この異世界では王族や貴族限定のスイーツだと思うと余計に美味しく感じてしまうから不思議。
「どうするの、ジェマおばさん。このスコーンもカフェでメニューにする?」
この味だったら看板のシフォンケーキレベルまで売れるかもしれない。
「そうねぇ……。でもただ売るのはもったいない気がするわ。せっかく秘密のレシピをライラ様からもらったわけだし」
「確かに。なんかこう希少価値が高められる売り方がいいわね。期間限定とかプレミアム価格にするとか」
「それもいいけど……」
ジェマおばさんはここで言葉を切った。何かハッと閃いたらしい。
「そうよ。お茶会よ。ケータリングやカフェでお茶を頼んだ人限定でスコーンを出すってどう?」
ジェマおばさんのアイデア、良いかも。確かに元いた世界ではヌン活も人気だったし、いっそ高単価のお茶会コースとか作っても悪くない。ケータリングだけでなく、カフェを貸し切りにするのもアリだろう。問題はその時間だ。
「そうね。アリサの言う通り。店を貸し切りにしてお茶会。誕生日や何かのお祝いパーティーのお茶会って感じでもいいけど、問題は時間ね」
ジェマおばさんも店を貸し切ってのお茶会に賛成。その後、しばらくアイデアを練り、閉店後の夜、貸し切りのお茶会コースを作ることに決まった。値段設定は高め。その代わり、お客さんと共にメニューも決め、誕生日や特別な日のお茶会というコンセプトになった。
「よし、さっそく宣伝するわよ、アリサ。お茶会コースも売り込むわ!」
「ええ、頑張りましょう!」
そんな感じでやる気いっぱいのわたし達だった。スコーンの試食はもちろん、チラシを配ったり、お金は掛かったものの町内で看板を設置したり、お茶会コースを売り込んでいた矢先。
ルイスがやってきた。夕方のパトロール中だとうが、顔が渋い。また、何か問題?
「実は町内に設置しているカフェの看板に、落書きされているのを確認したんだ」
ルイスは非常に言いにくそうだった。看板は卑猥というか性的な言葉も書かれていたらしい。
「まあ、なんてこと!」
ジェマおばさんは憤慨してる。わたしもそうだ。看板は広告費をかなり費やしていたし、嫌がらせ以外の何者でもない。
「まあ、ジェマおばさん、そんな怒らないでよ。今日の試食用のスコーンでも食べて」
わたしはそう提案し、ジェマおばさんやルイスのもスコーンを配った。ジェマおばさんもスコーンの味の落ち着いてきたらしい。ルイスも目が笑っていた。
「まあ、大丈夫だ。目撃情報もある。なんでも北の街のカフェ店員のルーイってやつがやったという」
スコーンの味のおかげか、ルイスは調査情報をこっそりと教えてくれた。
「そのカフェはいわゆる立ち飲みのコーヒーショップという感じだ。効率や回転率を重視し、ベラって女店長がかなりのやり手らしい。しかもここの店を勝手にライバル視しているらしい。近隣住民によると、妥当ジェマとアリサって叫んでいるとか」
これにはジェマおばさん、腹を抱えて笑ってるじゃ無いの。わたし達がライバル視されているなんて。むしろ嬉しいじゃないか。わたしも笑ってしまうが、ルーイって子の単独犯かはわからない。
「まあ、そんな感じだ。ルーイをつかまれば何とかなるだろう」
ルイスはそう言い残すとパトロールに戻って行ってしまったが、わたし達は顔を見合わせる。ジェマおばさんは露骨に好奇心いっぱいの顔だ。
「なんかそのカフェ気にならない?」
「なる! ジェマおばさん、明日にでも行かない?
「行く! 変装でもしていきましょう!」
ということで、金髪のかつら、サングラス、それに観光客風の派手なシャツを着て、例のカフェへ行ってみた。
駅のすぐ近くにあり、店の外観も派手目だ。サイズは大きくはないが、立ち飲みのカフェで椅子は一席もない。客層は労働者が多いようだ。コーヒー一杯の値段も安い。確かにこれはコスパは良い。うっかりサイドメニューのケーキやサンドイッチを購入してしまうと、高くなりそう。とりあえずコーヒーだけ頼んだ。
「うーん、わたしみたいなおばさんは立ち飲みって落ち着かないわ」
ジェマおばさんは微妙な表情。その上、客と客の距離も近いし、わたしも早く出たい。確かに客の回転率は良さそうだ。みんなすぐ買って飲んですぐ帰っていくが、どうも落ち着かない。忙しい人向け?
「そうねぇ。こういうカフェもあっていいと思うけど、もうちょっとゆっくりしたいというか」
わたしはそう言いながら、コーヒーのカップを眺める。紙コップだった。確かにこれは効率はいいと思うが、どこか物足りない。
「まあ、もう出る? 落ち着かない」
「そうね。ジェマおばさん」
ということで一旦外に出た。もう暑いのでカツラやサングラスも取ってしまったが、背後の視線を感じた。
「え?」
振り返るとこのカフェの店員がいた。しかもわたしたちをキツく睨んでいるのは何故?
「まさか、あなたルーイ?」
そんな気がして尋ねると、相手は逃げた!
逃げられたら追うしかない!
わたしとジェマおばさんは、ルーイの背中を追いかけた。といっても相手は運動不足だったらしく、カフェの裏手であっけなく捕まった。
「あんたがルーイね? 落書きもあんたね?」
「うるせー!」
ジェマおばさんが取り押さえてもギャーギャー喚いてた。騎士団を呼び、どうにか逮捕された。
ルーイは単独犯だった。店長のベラは関与していなかったが、わたしたちの店で秘密のスコーンを売るだそうとしている噂を聞き、嫉妬して犯行に及んだという。
店長のベラは効率や回転率を追い求めていたのに上手く行かなかたとルイスに語ったという。売り上げは年々落ち、新しいメニュー開発もうまくいかなかった。何より従業員のルーイのケアを怠ってしまったと悔いているらしい。
「効率や回転率以外にも重要なことってあるのかしらね」
わたしはスコーンを食べながら呟く。ライラ様とメイドのスノウからお茶会の依頼があり、そのプランを練っているところだった。
「そうねぇ。うちのカフェの回転率は最悪だけど、それでいいのかもね」
ジェマおばさんもしみじみと呟き、スコーンを齧っていた。
ちょうどそこにルイスもやってきた。カフェの閉店後にやって来るのは珍しい。
「はぁ。今日は取り調べで疲れたよ。閉店後でとても悪いのだが、コーヒー一杯くれないか?」
ルイスの頼みに断れる人なんていないだろう。温かいコーヒーを差し出した。
「ありがとう、アリサ。君とゆっくりお茶会に行けたら、楽しそうだな」
そんな台詞も言っていたが、どういう意味だろう? しかもわたしの目をじっと見ながら言うって?
わたしの頭はショートした。全然頭が回転しない。




