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異世界カフェの裏メニュー  作者: 地野千塩


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第21話 キャロットケーキと幸福の表裏

 異世界の天候は毎日晴れ。おかげで原材料の問題も綺麗に解決し、わたしはご機嫌だった。


「ジェマおばさん、天気が良いだけで本当に嬉しいわ。いつも通りにカフェのスイーツ作れるのも」


 厨房で今日の分のシフォンケーキを焼きながら、思わず鼻歌が出てしまう。オーブンからは甘い匂いが漂い、綿飴と同じぐらいふわふわなシフォンケーキももうすぐ焼き上がる予定だ。


 ジェマおばさんもどうぶつクッキーやメレンゲクッキーを焼いていたけれど、表情は神妙だった。なぜだろう。


「アリサ、原材料の問題が解決したのは良いけれど、こういう時こそ油断は禁物ね」

「えー?」


 意外と現実主義のジェマおばさんだ。それにわたしと人生経験も全く違う。ジェマおばさんの忠告は耳に入れた方がいいかもしれない。


「何事も幸運も幸せも表裏一体。宝くじを当てた人の末路だって酷いもんよ」

「確かに」


 それはジェマおばさんの言う通りだった。かくいうわたしの父も事業に成功したが、側近に騙され、極貧生活に転落した。父を思い出してもジェマおばさんのアドバイスは全くその通りだろう。


「気を引きしめていきましょうね、アリサ」

「ええ」


 ちょうどシフォンケーキもどうぶつクッキーもメレンゲクッキーも焼きがり、これから開店準備という時だ。店に誰か来た。パトロール中のルイスかと思ったのに、全く知らない顔だった。


「アリサ、何ガッカリしているの?」

「え? そう?」

「とりあえずお客さん用のアイスコーヒー出して」

「ええ」


 ジェマおばさんの指示を受け、アイスコーヒーを客に出す。本当は開店前に来られるのは迷惑だったが、この辺りでは見ない顔だし、観光客かも。土地勘もなく、迷子にでもなっているのかもしれない。


「いや、このアイスコーヒーはうまいですね」


 客は頷き、しみじみとつぶやいた。見た目は三十歳ぐらいだろうか。服装はラフで、髪色も派手な男。ますます観光客の疑惑が増えたが、なぜかカフェの店長を呼んでくれという。


「ジェマおばさん、お客さんが呼んでる」


 厨房でフルーツゼリーを切り分けているジェマおばさんに声をかけ、客の話を聞くことに。


「実はわたし、こういうものでして」


 客はジェマおばさんに名刺を渡す。カフェやパン屋の経営コンサルタントをしている男らしい。名前はサウルという。今までもいきつもの店を繁盛させていたらしい。


 ジェマおばさん、名刺を受け取ってはいたが、笑っていた。普通の笑顔というよりは、なんか鼻で笑っているみたいな顔。どうやらサウルの第一印象は悪いらしい。わたしもそうだ。開店前に押しかけるのも嫌な感じだし、仕事の営業でもするつもり?


 わたしの予想、的中。サウルは効率を上げ。さらに店の売り上げを上げるようなコンサルタントプランを口にしていた。ペラペラとよく口が回るもの。ジェマおばさんは死んだような目を見せてろくに聞いていなかったけれど。


「カフェは回転率が必須です。立ち飲み系のカフェに改装し、コーヒーメインにし、サンドイッチやケーキで客単価を上げ……」


 ジェマおばさん、サウルの話は無視。猫みたいにあくびをすると、足を組んでいた。


「実はわたし、パン屋のレオナルドの知り合いでもあります。なので、ジェマ様のコンサルタントも特別に半額で……」

「興味ないわぁ。っていうか、原材料の危機があってもどうにかなったし、今は困ってないわ」

「ジェマおばさんの言う通りよ。帰ってもらっていい?」

「そ、そんな……」


 サウルはがっくりと肩を落としていたが、アイスコーヒーを飲み干して帰っていった。案外しつこい男ではなかったと思うが、朝から余計な対応だった。


「あのサウルって男、おそらくお金に困ってるわね」

「えー、どこか?」

「時計や指輪がブランドものだったけど、靴や靴下はボロボロだったわ。これは怪しい。わたしの経験上、サウルのような男とは関わらない方がいいわ」


 さすがジェマおばさんだ。人生の経験がやっぱり違うものだ。


 こうしてサウルは二度と来なくはなったが、新メニューの開発はやめていなかった。閉店後には新しいメニューを二人で考え、頭を抱えていた。


「なかなか思いつかないわねぁ。餡子さえ作れれば色々元いた世界のスイーツができるんだけど」

「アリサ、諦めちゃダメよ。餡子の作り方、思い出せる?」

「むりー! そもそもこの世界に小豆は無いよね……」


 だったらあるもので作るしか無い。今、この異世界であるものというと……。


「あ、野菜だ。今は天候がいいから豊作になって野菜が余ってるんだよね。だったら野菜でスイーツできない?」


 何かがピンときた。それに今は野菜の価格も落ちてかなり安い。農家は大変だと聞いた。廃棄も出てるぐらいらしいが、それはもったいない。


「なるほど! 野菜だったら、キャロットケーキがいいわ」


 ジェマおばさんもこのアイデアに賛成し、キャロットケーキが一番おすすめだという。


「キャロットケーキ? それって美味しいの?」

「案外甘くできるのよ。生地は確かにさっぱりしてるけど、お砂糖でこう全体的にフロスティングして」


 ジェマおばさんはレシピ帳のキャロットケーキのイラストも見せてくれた。野菜を使ったケーキに見えない。オレンジ色の生地は鮮やかだし、見た目は普通のケーキとも負けていない。


「キャロットケーキ、いいね!」


 思わずはしゃぎ声が出てしまう。早速材料を揃えて試作するが、案外甘いし、十分カフェでも人気が出そう。健康志向に主婦のお客さんにも受けそうだし、ケーキというのに罪悪感なく食べられるのもグッドだ。わたしもついつい試食が進んでしまう。


「でも野菜農家の人が大変ね。長雨かと思ったら、今度は豊作。これも良い事なのに、値段が暴落するとか」


 ただ、キャロットケーキを食べていたら、しんみりしてしまう。


「そうね。なんでも幸福と不幸は表裏一体なのかもしれない」


 ジェマおばさんもしみじみと呟き、キャロットケーキを食べた時だった。


 ルイスが来店した。久しぶりにルイスの顔を見た。いつもより日焼けしている。朝は会えなかったせいか? なぜかルイスに会えて、胸がドキドキしてくる。


「アリサ、ジェマおばさん。レオナルドは見ていないか?」


 そんなドキドキはすぐに消えた。ルイスによると、レオナルドが行方不明になり、家族から騎士団に通報があったというから。


「うそ、レオナルドが行方不明なの?」


 わたしもジェマおばさんもそれ以上、言葉がない。原材料の問題も一緒に乗り越えたレオナルド。彼が開発した雑穀やライ麦のパンも思い出し、さらに心配になってしまう。


「あと、これは絶対秘密にしてほしいんだが」


 ルイスは声を落とし、レオナルドの事情を打ち明けてくれた。


「レオナルド、た宝くじで大金を当てたらしい」


 そんな話を聞いてもジェマおばさんは意外と冷静だ。「なるほど」と頷いているぐらい。


「まあ、レオナルドはお金にあんまり執着がないし、動物愛護団体に全額寄付しようとしていたらしい。それで案の定、家族と揉めていた」


 ルイスはため息混じりだ。お金って怖いとまで言っている。


「とにかく、レオナルドの居場所がわかったり、なんか情報があったら俺に言ってくれ。じゃ」


 ルイスは足早に帰っていった。これからレオナルドが行きそうな場所を捜索するという。


「レオナルド、大丈夫かしら」

「まあ、騎士団に任せておけば大丈夫でしょ」


 ジェマおばさんはあくまでも冷静だ。その上、「宝くじ当てても幸せなれるとはわからないのねぇ」と言う。


「た、確かに……」


 わたしはジェマおばさんの言うことに反論できない。一面だけ見て何かを幸福、不幸だと決めつけられないらしい。


 そうして騎士団はレオナルドを捜査していたが、なかなか居場所が見つからなかった。もう三日もたち、さすがのジェマおばさんも不安顔だ。


「よし、アリサ。レオナルドを探しにいこう!」

「えー? カフェは? あと一時間ぐらいで開店よ?」

「まあ、カフェなんていつでも営業できるっしょ?」


 確かに。レオナルドの命と比べたら軽いものだ。ということで、わたし達は町内を聞き込みしながら、練り歩く。


 レオナルドの情報は一個もなかったが、なぜかあのコンサルタントのサウルの悪評だけは集まっていた。他の店でも強引にコンサルタントの営業をし、大層嫌われれているらしい。


「本当、強引な男だったわよ。元は農家の長男のくせに」


 町内会長からそんな話も聞いた。町内会長もサウルと知り合いらしい。元々は農家の倅として暮らしていたが、最近はコンサルタント業に転向したという噂だ。


「どうする? サウルが怪しくない? ルイスはレオナルドの家族を調査中って言ったけど」

「そうねぇ〜。わたしもサウルの第一印象悪かったし、あいつが犯人じゃないいの?」


 ジェマおばさん、そんな理由でレオナルド失踪の関係者だと決めつけていいのか……?


 そうは言っても他に手がかりもない。わたしたちは町ハズはずれの野菜農家まで歩いていた。このあたりにレオナルドの実家があるというが。


「それにしても豊作でかえって廃棄しているみたいね。この畑も廃棄の山ね」


 貧乏一家出身のわたしは廃棄の山にムズムズして仕方ない。


「アリサ、今はそんなのどうでもいいわ。って、あれ見てよ? サウルじゃない?」


 ジェマおばさんが指さした先にはサウルがいた。しかもわたし達と目が合うと、逃げてる?


 逃げられたら追うしかない。わたしとジェマおばさんは野菜畑を全力疾走! なぜか他の農民や牛や羊までもが一緒に追いかけ、サウルを捕まえた!


 サウルは号泣していた。お金がなく、レオナルドと揉めてしまい、彼に薬を盛って監禁したと白状。


「仕方なかったんだ! 農家の経営が安定しないから!」


 ぼろぼろと涙を流すサウルだが、罪は罪だ。結局、騎士団に捕まり、今は全部白状して反省しているらしい。ちなみにレオナルドは無傷で見つかった。どこも怪我がなかったが、友人の裏切りに疲弊し、宝くじの賞金も動物愛護団体や犯罪被害者の団体に寄付した後は、しばらく自宅療養するという。


 ちなみにキャロットケーキはカフェでも大人気メニューだ。健康志向の主婦たちだけでなく、子供にも食べやすいと好評だった。レオナルドの雑穀やライ麦のパンも恋しがる声もあったが。


「アリサ、これ、本当に野菜で作ったケーキか? 信じられないぐらい甘いんだが」


 ルイスはキャロットケーキの味を大変気に入ったらしい。毎日のようにカフェに来店し、幸せそうに食べていた。まあ、おかげで少し頬のあたりがふっくらしていた。ルイスの女性ファンも少なくなってしまうぐらい。「幸福の裏面かもしれない」とジェマおばさんは大笑いしていた。


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