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異世界カフェの裏メニュー  作者: 地野千塩


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20/30

第20話 サーターアンダギーと聖女の勘違い

 異世界にも問題はある。それでも必ず解決の道はある。


「やった! ジェマおばさん、小麦粉やコーヒー豆の値段が落ち始めてるらしいわ。さっき問屋に行ったら、今は天候も安定して、いつも通りに戻ってきているらしい」


 わたしは嬉しいニュースをジェマおばさんに報告。開店前のカフェでまだお客さんはいない。


「本当?」

「ええ。天候は安定しているから、野菜なんかは逆に豊作になっているらしい」

「アリサ、やったわ!」


 これにはジェマおばさんと抱き合い、涙を流しながら喜ぶ。この原材料の問題は長らく悩ませていたので、心の底から嬉しい。


「よかったわぁ。だったら小麦粉使ったお菓子で何か新しいメニューを作りましょうよ」


 ジェマおばさん、笑顔で提案。


「そうね。こんな状況でも応援してくれたお客さんに恩返ししたいわ」


 今まで通り通ってくれていたカフェの常連客の顔が目に浮かぶ。何かしたいという気持ちが湧き上がってきた。


「アリサ、な苦手いいかしら?」

「そうねぇ。鯛焼きは、こっちで受けるとも微妙だし、そもそも餡子がないしねぇ」

「もう、他に何かないの?」

「ジェマおばさん、焦らせないでよ。そうか、小麦粉使ったスイーツで、元いた世界にもあるものって……」


 しばらく考える。カフェの窓の外も見た。長らく続いていた雨も上がり、ピカピカに晴れている。この町は南国ではないけれど、同じぐらいの解放感もあった。そうか、南国。元いた世界も沖縄では確かスイーツがあったような……?


「あ! サーターアンダギーよ! 沖縄のドーナツ! これだったら異世界の材料でもできるじゃない!」


 思わず叫んでしまった。ドーナツと見た目は違う。穴もない。丸っこいお花のようなサータアンダギー。見た目のインパクトもある。材料はミルクを入れないので、普通のドーナツよりもザクザクとクッキーみたいな食感だが、他の材料は一緒だ。黒糖を使うものが多いそうだが、白砂糖でも問題なく、油であげるところも一緒。


 この異世界の人達にもサーターアンダギー、親しみやしさと新鮮さが同居して悪くないかも?


「な、なにそのサーターアンダーって」

「まあ、ドーナツとあんまり作り方変わらないし、一度試作してみる?」

「もちろんよ!」


 ジェマおばさん、早くも食いつき、サーターアンダギーを試作。


「確かに見た目は丸いお花みたいな感じね。素朴。子供のゲンコツサイズで可愛いもんだわ」


 試作をみるだけでジェマおばさんの口元はニンマリとしていた。


「ジェマおばさん、食べてみて」

「もちろんよ。いただくわ」


 そしジェマおばさんは一口齧り付く。あからさまに目がキラキラしているじゃないの。


「こ、コレはいいわ! ドーナツかと思ったら、さっくりしている。生地がぎゅっとしているのも食べ応えがある!」


 ジェマおばさん、サーターアンダギーを気にいったらしい。わたしも一口齧る。揚げたてで最高だ。ザクザク食感も良い。素朴なスイーツでも看板メニューになりそうなポテンシャルを感じる。


「アリサ、ジェマおばさん。おはよう。なんかいい匂いがするな?」


 そこにルイスが登場した。朝のパトロールの途中だったが、カフェからいい匂いがして寄ったという。最近は忙しく療養していたルイスだったが、今はすっかり元気だ。陽にも焼け、いつになく騎士団の制服も似合ってる。


「ちょっと、ルイスもこのサーターアンダギー食べてよ。すっごいおいしいわ」


 さっそくにジェマおばさんはルイスにもサーターアンダギーを勧めていた。一応職務中だと遠慮がちだったルイスだったが、ふわっと漂う甘い匂いに負けたらしい。


「うん、見た目はドーナツぽいのに、ザクザクしておいしいな、これ」


 ルイスも気にったようだ。わたしも思わず笑顔になってしまったが、ジェマおばさんは何か考え込んでいた。


「でも、サーターアンダギーてこの国の発音ではちょっと言いにくいわね」


 ジェマおばさん、口元を手鏡で眺めながら、微妙な表情だ。なんだよかサーターアンダーと言っていたが、確かに口元にちょっと無理がある?


「確かに。サーターアンダギーと言われても、なんか意味がわからないな。思い切ってネーミングを変えて売ったらどうだ?」


 ルイスの指摘、もっともだ。沖縄のスイーツでそのままの名前で売りたいのは正直なところ。でも、その味が伝えられない方が問題?


 こうしてジェマおばさんとルイスといくつか案をだし、サーターアンダギーを「奇跡のドーナツ」という名前で売り出すことにした。元々はこの長雨が終わった記念のスイーツの予定だったというのもある。


「それに人は物語に弱い。この奇跡のドーナツのおかげで長雨が終わったと噂を流したら、売れるんでは?」


 ルイスは意外と小賢しいことを言っていたが、さすがに嘘は言えない。また、ルイスは最近聖女の詐欺事件や毒殺事件が増えているから気をつけろと忠告もして、仕事に戻って行ってしまった。


「意外とルイスってずるい部分もあるよね」

「そうね、アリサ。そこが面白いところよ?」

「そうかしら?」


 なぜかジェマおばさんは揶揄うような目を見せてきたが、その後、サーターアンダギーを奇跡のドーナツとして売り出したら、大人気になってしまった。看板メニューのシフォンケーキに追いつくほどだ。


「アリサ、ちょっと聞いたんだけど、この奇跡のドーナツを食べたら、長雨が終わったって本当?」


 アグネスにそんな噂も広がっていると知り、困惑するぐらい。


「そんなわけないじゃない。本当はサーターアンダギーっていう元いた世界にあるスイーツだよ」

「なーんだ」


 アグネスは露骨にガッカリしていた。


「元はそういう名前なの? なんかウチらの発音では言いにくいな。同じスイーツなのに、ネーミングが変わるだけでこんな違うわけ?」


 アグネスの指摘はまさにそう。ブランドものでもネーミングやロゴの有無で価値が変わってしまう。つくづく、モノの価値ってわからないと思っていた頃だった。


 町で空き巣事件が起きた。しかも被害者は金物屋のジェイク。店も荒らされていたらしい。


 わたしとジェマおばさんはさっそくジェイクの店に様子を見に行ったが、商品もめちゃくちゃにされ、足の踏み場もない。騎士団の人達も調査していたが、ジェイクは目に見えて落ち込んでる。ルイスも励ましていたが、ジェイクの肩は落ちたままだ。


「ジェイク、大丈夫?」


 ジェマおばさんも声をかけたが、目が虚ろだ。ジェイクは店を我が子のように大事にしていたし、犯人がイライラしてくる。


「ねえ、ルイス。犯人の目処はついてるの?」

「あぁ」


 ルイスは頷いたが、表情は冴えない。犯人は北の町に住む聖女・ユリアらしい。なぜか金物屋にだけターゲットを絞り、犯行を繰り返しているという。


「なんで聖女が、うちみたいな金物屋に……?」


 ジェイクの疑問はもっともだ。ルイスは小声で捜査の進捗を教えてくれた。決して口外しないという約束で。


「なんでも金型の一部が、聖遺物とそっくりのものがあるらしい。奇跡の魚とかなんとか。まあ、北の方の宗教の聖女の言うことなど、よくわからないが」

「まあ、そんなことで盗みをしているの? 変わった聖女ねぇ……」


 ジェマおばさんは呆れていた。ジェイクももはや呆れ始めていたが、金型、奇跡の魚、聖遺物という言葉が頭の中をぐるぐる回る。


「もしかして、その聖女。うちにある鯛焼き型を探しているんじゃないの?」


 単なるカン。確証などないが、一同ハッとしていた。


「そういえば北の職人にあの鯛焼き型を依頼したが……。確かに奇跡の魚がどうとか言ってたな」


 ジェイクの発言で確信した。聖女ユリアはあの鯛焼き型を探しているんでは。


「いやいや、いくら聖女でも鯛焼き型なんて……」


 ルイスは半信半疑だったものの、上司にこの件を相談しに行ってしまった。残されたわたし達は何をしよう?


 ジェマおばさんはニヤニヤ笑ってる。


「鯛焼きも売るわ。同時奇跡の魚をかたどったと噂を流すのよ。聖女ユリアもこれに食いついてカフェに来るんでは?」

「ちょ、ジェマおばさん。それはいくらなんでも」


 ジェイクは止めたが、このアイデアは悪くない。わたしはジェマおばさんに賛成だ。


 ということで、サーターアンダーはもちろんのこと、鯛焼きも奇跡の魚というネーミングをつけて売り始めた。もちろん、餡子は入れない。実際の鯛焼きとはだいぶ違うし中見はカスタードクリームだったが、売り始めたが、噂が噂を呼んでいた。サーターアンダギーと共に売り上げも上々だ。ジェマおばさんの作戦は怖いほど順調。


「聖女ユリアはいつカフェにやってくるのかしら?」

「さあ。でもま、アリサ気長に待ちましょー」


 なんて呑気に閉店準備をしている時だった。


「奇跡の魚のカタをよこしな!」


 聖女ユリアがご来店!


 聖女らしく修道着姿だったが、なぜか右手にピストルを持っていた。わたしやジェマおばさんを睨みつけ、これ以上ないぐらい威嚇もしてる!


 見た目だけだったら、金髪碧眼の可憐な聖女。でもその右手にあるものが物騒すぎやしませんか?


「まあ、あんたが聖女ユリアかい」


 一方、ジェマおばさんは呑気そのものだった。厨房からサーターアンダーを持ってくると、ポイポイとユリアの口に入れていた。ザクザクで口の水分を全部持っていくサーターアンダギー。これにユリアはむせてしまい、顔も真っ赤。


「聖遺物も奇跡もネーミングやパッケージ変えただけのもんじゃない? 勘違いってもんだと思うよ。実際、この鯛焼き型見てみなよ。ガッカリするでしょ、なんか」


 わたしは極めて穏やかにそう言ったのだが、ユリアは咳き込み、子供のように泣いてしまった。結局、パトロール中だったルイスに現行犯逮捕さて、事件は解決した。


 ちなみにユリアは取り調べ中も奇跡の魚が欲しいと泣き喚き、勘違いは続行中だった。とはいえ、町の平和が戻り、サーターアンダーも人気だ。さすがに事件に巻き込まれた鯛焼きの方は販売中止だったが。


「ユリアのやつ、もうずっと泣いていて仕事にならん。アリサもジェマおばさんも食べたら自白するスイーツ作ってくれない? それこそ奇跡なスイーツって感じで」


 カフェに来店したルイスはお疲れモードだ。それでもサーターアンダギーも食べ、しばしの間休息していた。

 

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