第17話 メレンゲクッキーと不機嫌な貴婦人
異世界でも異常気象があるなんて。米粉シフォンケーキでなんとかカフェ経営をしていたわたし達だけれども、楽観視はできない。
「ジェマおばさん、まだ雨がやまないわ。本当にどうしようかしらね」
カフェの窓から外を眺める。しとしとと雨が降ってる。きの町はまだマシだが、小麦粉とコーヒーの産地に打撃を受けたままだ。
「本当にねぇ。あれ、見てよ。配給の列にレオナルドがいるじゃない?」
一方、ジェマおばさんは呑気だ。窓の外からレオナルドを見つけると笑っていた。カフェのような飲食店だけでなく、一般庶民にまで小麦粉が入手できない今は、政府が配給をやっていた。
それにパン工場を営むレオナルドも大打撃。配給が終わるとカフェに寄ってくれたが、顔の疲労が濃い。
「ジェマおばさん、アリサ。一旦、俺は実家に帰ろうと思う」
そんな後ろ向きな発言もあった。
「米粉は? あと蕎麦粉やタピオカ粉でなんかできない? それでパンを作れないの?」
わたしはもうそれぐらいの言葉しか生まれない。
「いいや。やっぱり米粉とかと小麦粉は違うな。雑穀パンも作ってみたが、黒くて硬いんだ」
「あら、それもいいじゃない。もうちょっと踏ん張りましょうよ。硬いパンマニアもいるし、ハード系のサンドイッチを出してみる?」
ジェマおばさんの提案にレオナルドの顔もパッと光が戻ってきた。この鬱陶しい雨の中、やっぱりジェマおばさんの声は明るい。
それにレオナルドが帰った後も、アグネスやマリー、町内会長も来てくれた。プリンやゼリーなど小麦粉以外のメニューもたくさん買ってくれた。応援してくれているらしい。
「みんな……。ありがとう」
思わず目頭が熱くなってくる。ジェマおばさんみ同様だ。こんな時こそ負けずに明るくいこうという。
そしてみんなが帰ると、閉店間近、ルイスがやってきた。雨の日のパトロールの中、わざわざカフェに寄ってくれたらしい。
「米粉のシフォンケーキ、プリン、ゼリー、それにメレンゲクッキーも」
ルイスは特に騒ぎもせず、いつも通りに落ち着いていたが、小麦粉を使わないメニューを色々注文してくれた。心の底では心配してくれているとわかる。また目頭が熱くなる。
「それにしても、このメレンゲクッキーは不思議なものだね。砂糖と卵白だけでこんなにサクッとカリカリしているとは」
ルイスはメレンゲクッキーを食べながらしみじみと呟いていた。
「メレンゲは余った白卵で作ったのよ。あまりもののクッキーね」
ジェマおばさんはたんぽぽコーヒーを注ぎながら、ちょっと偉そうにいう。
「まさか、これはあまりものなのか?」
ルイスの目が丸くなっていた。確かに見た目だけはあまりものには見えない。
「すごい工夫だな。この騒ぎも大丈夫だ、うん。アリサもジェマおばさんも、必ず乗り越えられると思う」
そんな優しくいうからキュンとしてしまう。いや、キュンだなんて昭和ど根性女には相応しくないはずなのに、なぜだろう。
「でもねぇ、今んところは米粉シフォンケーキぐらいしかいいアイデアはないわ」
ジェマおばさんはメレンゲクッキーを齧りつつ、冷静。わたしはキュンとしているなどとは夢にも思ってなさそうだ。
「米粉で他にできないのか?」
「米粉も高騰しているのよねぇ、ルイス。っていうか、そんなに言うなら何か良いアイデアないの?」
「そうだな……」
ルイスはジェマおばさんにおされ、しばし考えこむ。真面目なルイスが考え込みと、何やら深刻なムードが漂ってしまうが。
「そうだ。カフェ以外で何か営業したらどうだ? ケータリングだよ。金持ちに狙いを定め、家でカフェのスイーツでお茶会できるプランを売るのってどうかい? 客単価も高く設定して、一日中家でパーティーやお茶会できるコースとか」
「それ、いい!」
ルイスのアイディア、かなり魅力的だ。小麦粉やコーヒーの問題もあったが、まだ大金を出せば買える。金持ちをターゲットにすれば、利益は出せる?
「なるほど。ケータリングね。カフェで営業できないのは残念だけど、ちょっとプランをつくって、原価計算の見積もりとかもたてる?」
ジェマおばさんもルイスのアイデアに賛成し、さっそく計画へとうつった。
確かにカフェでの営業はできなくなるが、ターゲットを定め、特別なプラスを練りに練った。一日中、お茶会が楽しめるコースを作り、人脈の広い町内会長にも噂を流してもらい、チラシを配っていたある日。
この町の豪邸に住む貴婦人からお茶会の依頼がきた!貴婦人のメイドのスノウという女性からの話だった。
「奥様のライラ様はこの雨で大変不機嫌です。カラッと気分が明るくなるようなお茶会のプランを作ってください」
スノウは細かいことは全部丸投げし、現金だけ置いてカフェから帰ってしまった。正直、スノウの対応は悪い印象だったが、これにはジェマおばさんも目がくらみ、この依頼を受けることに。朝から一日中、貴婦人のライラ様にお茶やケーキのおもてなし。スノウによるとキッチンや材料も借りて良いらしく、ジェマおばさんは露骨んに大喜び。
「やったわ、アリサ! これで何とか乗り越えられるわよ!」
「うん! わたしも嬉しいわ!」
しかし当日、その喜びは一気に萎んでしまった。朝早くからライラ様のお屋敷に向かい、シフォンケーキやチョコレートケーキ、いちごケーキを焼き、テーブルを美しく飾りつけ、コーヒーを淹れ、紅茶を注いでいたが、肝心のライラ様は大層不機嫌だった。
「なんなの、このシフォンケーキは。べとべとで油っこいじゃないの。まずい」
すみれ色のドレスに身を包み、上品な見た目に反し、ライラ様は辛辣だった。年齢は五十歳ぐらいだろうか。顔の皺もかえって上品に見えるぐらいだったが、出てくる言葉の数々が容赦ない。
「全くカフェの店員なんまに何ができますか。こんなケーキ、王都で食べていたものと全く違うわ。まずい。あぁ、まずい」
その辛辣さ、ジェマおばさんはかえって面白がっていた。全く気にしていない。わたしもそう。昭和ど根性女だし、ブラック企業の上司や客と比べると、ちょっと可愛い。
「何なの、あなた達は。何クスクス笑ってるの!」
まあ、わたしたちがそんな感じなので、余計にライラ様は不機嫌になってしまったけれど、その時だ。ライラ様はさらに爆発していた。
「私が胸につけていたブローチがないわ! あんた達、貧乏人カフェ店員が盗んだんでしょう!?」
酷い言い方だったが、ブローチが消えた? 確かライラ様のブローチは初対面からずっとなかったと記憶。
「そんな、わたし達は知りません」
「わたしも知らんがな。ライラ様、うっかりどこかで落としたんじゃないの?」
ジェマおばさんのこの言い方に、ライラ様の顔は茹でタコみたいになってしまった。
「何なのよ!」
らちがあかない。結局、わたし達はティールームを追い出され、ブローチを探す羽目になってしまった。
「ねえ、ジェマおばさん。わたしたち、今日はお茶会に来たんじゃなかったけ?」
「なぜかブローチ探しになったわね。でもまあ、お宝探しと思えば楽しいじゃないの」
わたしもジェマおばさんも呑気だ。広い屋敷の中を歩き回り、壺や絵画の豪華さに仰天したり、メイド達に挨拶しながら楽しんでいたのも事実。
そんな呑気だったせいかは不明だが、ブローチは見つからない。最後にキッチンに戻ってきたが見つからないので、メレンゲクッキーでも焼き始めた。ちょうど卵白が余っていたし、あの状況ではどんな菓子を出してもライラ様の機嫌は治りそうにない。
「それにしても、アリサ。ライラ様はなんであんなに不機嫌なのかな?」
「たぶん更年期のせい。元いた世界では医学が進んでいて、更年期には特有の症状があるのよ。人によって症状は全然違うみたいで、ライラ様は重いのかも?」
「まあ、それなら仕方ないわねぇ」
そんな事を言いながら、ボウルの卵白を泡だたてる。けっこう大変な作業で、うっかり泡立て器を床に落としてしまう。
「あっ!」
ガシャンと音が響いた時、キッチンの床の端に何かがキラッと光っていた。
「あ、これ! ブローチ!」
目的なものを発見したが、一体誰が? このキッチンに出入りした人間は……。
「メイドのスノウ! ジェマおばさん、スノウが何か知ってる?」
「ふふふ、そんな気がするわ。私はスノウを連れてくるから、メレンゲクッキー作ってて」
「オッケー!」
そして黙々とメレンゲクッキー作りの集中し、ちょうど焼き上がった頃だ。ジェマおばさんに連行されたスノウがやってきた。顔は真っ青で、飼い主に怒られた猫みたいな目をしてた。
「ご、ごめんなさい。わたしが奥様のブローチを盗みました」
素直に白状している様子を見る限り、反省はしているようだった。
「でも何で盗んじゃったの?」
なんとなく理由は察したがスノウは泣き始めてしまう。ライラ様の暴言がきつく、ストレスが溜まり、衝動的に盗んでしまったという。
「ライラ様、わたしのこと無能とか言うんです。もう暴言が酷いと思……」
スノウは最後まで言えなかった。ジェマおばさんがメレンゲクッキーをスノウの口のぽいぽい入れてしまったから。
「これはあまりもので作ったメレンゲクッキーよ。おいしいでしょ? そんな誰も無能じゃないってことよ」
ジェマおばさんの器の大きさにスノウも折れたらしい。結局、ライラ様に白状し、ブローチ盗難事件は幕を閉じた。
ちなみにライラ様には一応病院に行く事を勧めておいた。この異世界では更年期障害の研究は進んでいないが、医者に相談するのが一番だろう。
「うん、このメレンゲクッキーは美味しいな。とてもあまりもので作ったようには見えない」
閉店間際、カフェにやってきたルイス。笑顔でメレンゲクッキーを齧っていた。その笑顔を見ていたら、この原材料難の不安も消えていく。なぜか胸もキュンというから不思議なもの。




