第16話 逆転の米粉シフォンケーキ
この異世界の天候は安定していた。元いた世界のように四季はそんなにはっきりしていないけれど、一年中過ごしやすい気候という。
地域差はあるが、わたしが住む町は特に住みやすい気候だと思っていた。そう、思っていたのだ。
「ジェマおばさん、最近ずっと雨が降っていない? なんか空気もジメジメしているし、変じゃない?」
カフェの閉店間際、窓の外を見ながら呟く。パラパラと降る雨は強くはない。それでもここ数日ずっと雨だ。元いた世界なら梅雨もある。一方、この異世界ではそんなものは聞いたことはない。
「確かに変ね。こうずっと雨が降っているのは」
いつも明るく騒がしいジェマおばさん、今日は眉間に皺を寄せて妙に静かだ。
「確かにな。南部の方の町では土砂作れなんかも起きているらしい」
いつの間にかカフェにやってきたルイスも心配そうだった。せっかくコーヒーを淹れてもあんまり口をつけていなかった。
「本当? 南部の方はもっと酷いの?」
ジェマおばさんはこの異世界の地図を指しながら、珍しく真面目な指摘もしていた。
「このあたりはコーヒーの産地、こっちは小麦粉の産地よ。まさかこの悪天候の影響を受けたりするかしら?」
ジェマおばさんの声にはっとした。ルイスとも顔をも見合わせる。確かに小麦粉やコーヒー豆が不作だったら、カフェは大打撃だ。原材料の大部分を失うことになる。小麦粉やコーヒー豆を使わないカフェのスイーツはプリンやゼリーなどに限られてしまう。プリンはともかくゼリーはさほど人気じゃない。カフェを支えるほどの看板メニューになるかは疑問だ。
「一応小麦粉とコーヒー豆、多めに注文しておく? もちろん、買い占めとかはしないけど」
わたしはさっそく現在料の会社に連絡したが、もうすでに価格も上がり、一部の金持ちが買い占めに走っているらしい。
結局、数日もしないうちに小麦粉とコーヒー豆の価格が高騰し、在庫も少なくなってきた。
カフェの厨房の裏にある原材料の倉庫。だんだんと空いてきたが、入荷はない。
「あぁ、困ったわ。いくら昭和ど根性女のわたしでも、天候とか金持ちの買い占めには勝てない……」
原材料の倉庫で、情け無い声しか出ない。今までは昭和ど根性メンタルでどうにか乗り越えてきたが、こればっかりはどうしようもない。白旗をあげるべき?
「アリサ、そう落ち込まない。何か新しいメニューができないか一緒に考えましょう!」
そこにジェマおばさんは登場。わたしの肩を叩き、いつもの倍ぐらいの明るい声を出す。
「ジェマおばさん……」
「大丈夫よ。何か抜け道があるはず!」
ドンと胸を叩くジェマおばさん。頼もしい。そうだ、いつまでもマイナス思考ではいけない。ジェマおばさんのいう通りだ。
そしてカフェの営業後はジェマおばさんと作戦会議だ。こんなピンチの状態でも逆転メニューを作ろうとジェマおばさんとあーでもない、こうでもないと知恵を出し合っていた。
「アリサ、あなたが元いた世界で何かないの?」
「そうねぇ。餡子があれば色々できるけど、こっちにないしなぁ。あ! お餅か。餅のスイーツはできるか?」
「餅って何よ?」
「お米からできる食べ物で。白くてもちもちしたものだけど、チーズやクリームにも案外なんでも合うもので……」
そこまで言った時、何かがピンときた。餅よりも米粉だったら小麦粉の代用とならないだろうか?
確か米粉で作ったパン、ケーキ、クッキーなども人気だった。小麦粉アレルギーやグルテンが合わない人も食べられる自然派スイーツは元いた世界でも人気だった。それに小麦粉よりももちもちで触感がいいという評判もあり、米粉のシフォンケーキだったらカフェの看板メニューとしてもポテンシャルがあるんでは?
「米粉! ジェマおばさん、米粉!」
「米粉?」
ジェマおばさんも何かピンときたらしい。この異世界でも米が取れるし、一部で米粉の生産も行われているという。しかし小麦粉ほど一般的な流通はされてなく、入手が難しいという。
「そうね。米粉だったらチャンスがあるわ。原材料の業者にも問い合わせましょう!」
「ジェマおばさん!」
「ええ。まだ負けじゃないわよ。諦めちゃダメよ、アリサ」
「ええ!」
そうだ、まだ希望はある。入手しずらいとはいえ、米粉の取り扱い業者を調べ、なんとかピンチをチャンスに変えられないかと動いていた。
相変わらず小麦粉もコーヒー豆も高騰し、カフェの在庫も減ってきた。販売中止を決めたメニューもあり、ゼリーやプリンで必死にカフェの運営をしていた時だった。
ある閉店間際の夕方、ルイスがやってきた。雨の中、パトロールの後で来たみたい。髪も肩も少し濡れ、イケメン度が上がっていたが、今はそれどころじゃない。ルイスもどこか慌てた様子だった。
「アリサ、ジェマおばさん。最近、コーヒー豆や小麦粉の盗難が相次いる。これだけ高騰しているし、金持ちの家から盗んで闇市に転売する泥棒が増えてきてるんだ」
ルイスは苦いため息をこぼす。紅茶を注文していたが、あまり飲んでいない。コーヒー派なのだろう。
「これがこのあたりによく出没している泥棒の似顔絵だ」
そして似顔絵も見せてくれた。髭面で長髪、顔に刺青まで入ってる。どこから見ても悪人という雰囲気だ。
「まあ、今どきこんな典型的な泥棒がいるの?」
一方、ジェマおばさんは泥棒の顔を見て大笑い。腹まで抱えていた。
「笑い事じゃないぞ、ジェマおばさん。被害が多いんだ。金持ちの屋敷に仲間と共に乗り込み、放火しているケースもある。カフェにだってまだコーヒー豆や小麦粉が残ってるだろう? 泥棒がやってくるかもしれないのに」
真面目なルイスは丁寧にじジェマおばさんにツッコミを入れる。ジェマおばさんは全く聞いていないというのに。
「よし! うちらでこの泥棒捕まえない?」
「ジェマおばさん、良いアイデアね!」
「ちょ、二人とも何を言っているんだ」
ルイスは呆れてものも言えないっていう雰囲気だ。こんなピンチをわたし達が面白がっているからだろう。
「そんな自分で捕まえるとか辞めてくれよ。とにかく、アリサもジェマおばさんも鍵をしっかり閉めて、大人しくしていてくれ」
もうルイスは何を言っても無駄だと悟ったのか、紅茶を飲み干すとパトロールに戻って行ってしまった。
「もうルイスは石頭ね」
「ジェマおばさんのいう通りよ。もう少し遊び心を持って欲しいかもね」
「ねー」
こんなピンチの中でも、どうにか米粉をおろしている業者と連絡がつき、入荷も成功した。
「わあ、アリサ。米粉ってこんなに真っ白なのね!」
「想像以上に粉ね。粉雪みたい」
キャッキャとはしゃぎながら、さっそく米粉でシフォンケーキを焼くことに。他の材料や手順はいつも通りだったが、焼いているオーブンから甘い匂いが漂いはじめ、わたし達の期待も上がっていく。
そして出来上がった米粉のシフォンケーキの熱をとり、切り分けて試食してみたら……。
「うま! ジェマおばさん、小麦粉のよりもふわふわしてない!?」
「そうね! 綿飴以上にふわふわ! 食感だけだったら、米粉の方がいいかも!」
長年シフォンケーキを作り続けたジェマおばさんでさえ、目を輝かせて感動している。もしかしたら、ピンチだと思っていたが、チャンス到来!?
そんな希望が芽生えていた時だった。物音と声が響き、誰か入ってきた?
「お前ら! 手をあげろ!」
しまった! カフェの厨房に男たちに押し入られてしまったじゃないか!
わたしもジェマおばさんも袋のネズミだ。あっという間にロープでぐるぐる巻きにされ、身動きもできない。まあ、隣にいるジェマおばさんはニヤニヤ笑っていたぇれど。
その理由はすぐにわかった。主犯の男の顔を見ていたら、あの泥棒の似顔絵とそっくり。顔の刺青もあり、間違いない。典型的すぎる悪人の容貌に、わたしも少し笑いそうになるのは不謹慎?
しかし男たちはバカでもない。銃を突きつけながら、なぜか米粉を全部出せという。小麦粉やコーヒー豆でもなく。
「米粉は今後値上がりするからな! その時に高額で転売する為に盗んでるんだよ!」
「あら、あんた達そんな顔をしているにに小賢しいじゃないの。泥棒なんて辞めて経営者になったら?」
ジェマおばさんはそんなことまで言って火に油を注いでいたわけだが。
「もしかしてあなた達、米粉を保管している?
だったらうちのカフェに今のうちに転売してくれないかしら? そうしたらあんたちの行い、見て見ぬフリしてあげるわよ?」
しかもジェマおばさん、強気で交渉までし始めた!
「ちょ、ジェマおばさん。さすがに犯罪者と取り引きするのはどうなの?」
「いいじゃないの、アリサ。こんな時は背に腹は変えられないわ」
「犯罪者が適当に保管している米粉なんて衛生面が不安だけど?」
「あ、それはアリサのいう通りねぇ」
「お前ら何呑気に原材料の話をしているんだよ!」
置いてきぼりにされた男たち、逆ギレを初めていたが無視だ。
「でもジェマおばさん、米粉も安定的に入手できる段階でもないのよね。どうする?」
「それが困ったところね。米粉でどうにかなっても、問題はコーヒー豆よ。この代用は?」
「たんぽぽコーヒーはどう?」
「あぁ、あれね。でもカフェのメニューにするのは……」
こうしてずっと男たちを無視し続けていたら、ルイスがカフェにやってきた。この状態を見るとすぐに男たちを現行犯逮捕していたが、もうずっと呆れていた。
「アリサもジェマおばさんも少しは危機感えお持ってくださいよ……」
まあ、男たちもなぜか呆れていたけれど。
その後、米粉のシフォンケーキがお客様に大好評となり、なんとか小麦粉がなくてもカフェの営業を続けていた。どうやら、ピンチをチャンスに逆転できたみたいだ。
「本当もう犯罪者と対峙とか、首をつっこむとか辞めてくださいね」
ルイスも米粉シフォンケーキを食べにやってきた。わたしたちに呆れていたが、米粉のシフォンケーキをたいそう気に入ったらしい。お土産まで購入していた。




