村での日々_05
「マイト。私、そろそろ行っちゃうね」
「ん」
「ゼルクも、ごめん」
「いいよ。明日は期待してるぞ」
「頑張ってね! 舞姫! 怪我しないでね!」
「解った。ありがとう」
ミールは静かに微笑むと、集会所へと歩いていく。残った三人は当然のように雪かきや水汲みといった作業へと戻っていった。
舞姫とはこの村の伝統であった。祭りの夜、その最高潮の盛り上がり時に特別な衣装を着て舞を踊る。ただそれだけの役割であるが、この村始まって以来の伝統であるとされていた。村ができてから住み続けるエルフが言うのだから間違いない。ゼルクは真偽を確かめるほど愚かではなかった。
現在の舞姫の候補はアエリアとミールの二人だったが、アエリアはミールに席を譲っている。アエリアとて興味が無いわけではなかったが、どう考えてもミールのほうが向いているとのことだった。特に踊りについて、アエリアは壊滅的にセンスというものが無かった。
「燭台の油は明日でいいか?」
「舞台の点検しちゃうね。明日まで晴れらしいけど」
「アエリアは後で衣装の点検いってくれ」
「そっちはマイトに頼んでよぉ」
「……アエリア姉さん、本当に裁縫くらいできるようになってくれよ……」
「えーあーうー――いや! いやいやできる! 舞姫の衣装に手を出したくないってだけで!」
談笑しながら慣れた作業を続ける。舞台上を丁寧に掃き、木製の舞台に刺さった釘やささくれが無いかを丁寧に確認していく。舞の最中はそこそこ激しく動く為、怪我の可能性が無いとも限らない。明日、再度点検を行う予定だが、その前にもじっくりと点検しておきたかった。
アエリアとて村の女性だ。一通りの家事はできる。だが繊細な作業は苦手だった。マイトは体も大きく頑丈だが、手先は女性に劣らず器用である。実のところ、裁縫だけならば姉のミールよりも上手だった。見た目通りに体がよく動くため、村では重宝される人材である。
「やぁ、精が出るな、三人とも」
「あ、クラウ兄さん、オーラ爺さん」
「頑張ってるね。舞台の飾りつけに来たよ」
作業を続けていると二人のエルフがやってきた。若いクラウと、既に髪の毛が真っ白に染まっているオーラ。クラウの手には大きめの籠が下げられていた。
オーラの年齢は三百五十歳を超えている。村の中で最も高齢のエルフだった。嘗ての大戦を生き残っていることもあり、様々な知恵と知識を備えている。
だが大戦について、オーラは尋ねられても決して喋ろうとしなかった。左の頬から額にかけて深い裂傷が残っており、左目は白く濁っていた。エルフの証である長い耳も左側は僅かに欠けており、額の瞳の模様も削れている。髪の毛は真っ白に染まっているが、模様は未だに鈍い銀色となっている。
舞台の飾りは祭具と花瓶以外にも幾らかの植物が飾られる。
小さいが、鋭く硬い棘を備えた白柚子の枝が2本。小さな果実が連なり、赤い紐状となって垂れるセキモクササゲは祭壇の端に飾られていた。数種類の薬草を詰めた藁の籠は、祭りの終盤と共に燃やされる。
祭具の位置や飾りの植物の位置を調整し、薬草籠の中身もオーラが入念に確認していた。みすぼらしかった舞台が華やかに彩られ、否が応でも気分が盛り上がる。広場で遊んでいた子供たちも明日に迫った祭りに目を輝かせて準備を見やっていた。
「エイボクと白水仙は明朝でよろしいでしょうか」
「うん。家にあるものを持って行ってくれ。エイボクは明日の朝収穫して準備しよう」
クラウとオーラが準備を終えながら打ち合わせを行う。
切り取った植物は寿命が短い為、早朝から準備をしていたのだろう。この寒さの中であっても植物は瑞々しい美しさを放っている。
「こんなものか。残りは明日の朝確認しよう。クラウ、この後は?」
「休んだら薬草の採取に行きます。明日、粥を作りますので」
「お、いいな。私はガリラルと一緒に肉でも焼くとするか」
「一緒に香草でも集めましょうか?」
「ん……そうだな。では折角だし、頼もう。今日の夜に家に届けてくれると助かる」
淡々と話し合いながら舞台を降りて、全体の姿を眺めながら再度位置を調整していく。
舞台や祭具には触らないように。クラウが周囲にいる子供たちに静かに注意をすると、元気な返答があった。それらを聞きながらゼルクたちも燥いでいた。
「おー! すっげぇ、綺麗になったなぁ!」
「これ見ると祭りだって感じするよねー!」
「午後は鍋とか、窯とか組んで……薪も持ってこないとだな。薪ってまだあったか?」
祭りの準備は多い。前日の準備ともなれば猶更だ。
村人全員の粥を作る為の大きな鍋は野ざらしにはできないし、火を炊く為には窯を組む必要もあった。前日までの雪の為、広場にある薪棚には何も置かれていない為、それも持ってくる必要がある。当然のようにどれも重労働であった。
だが子供たちは喜んで働いた。重労働という事は、子供たちにとってはお小遣いの稼ぎ場でもある。
「ああ、一度帰って休んで――」
「ゼルク」
「あ、クラウ兄さん」
そろそろ昼時だ。一度帰って食事をしてから午後の準備――と考えていたゼルクに、クラウから声がかかった。
「昼の準備の相談だが、薬草採取一緒に来ないか? 二人でやれると助かるんだが」
「え、あー――」
誘いは魅力的だった。だが午後からの準備を抜けてもいいものか。アエリアとマイトの方を見やると、アエリアのほうが苦笑気味に頷いた。
ゼルクがクラウに懐いているのは村では周知の事実である。
何より、薬草の採取ができる村人は何人いても困ることはなかった。エルフの三人以外に詳しいは、村長のオットーと、現在彼から医療の手解きを受けている村人が一人だけだった。その村人にしても、既に年齢は三十を超えている。まだまだ働き盛りとはいえ、若いゼルクが採取できるようになるのは長い目で見ても村にとって有益であった。
「私はいいよ。マイトいるし、大丈夫」
「薪は……後でロッテおじさんや、父さんに頼むか、明日でもいい。鍋と石は一人でも運べる。こちらは問題ない」
「いいのか!? ありがとう! クラウ兄さん、お願いします!」
「ああ、今までは有益な薬草ばかりだったが、似ている毒草についても今日から教えて行こう」
二人からの許可を貰い、ゼルクは嬉しそうにクラウについていくことを約束する。昼食を食べたら広場に集まることを約束し、その場は解散した。
家へと帰るゼルクの足取りは軽い。食事はゆっくりととるつもりだったが、なるべく急いで食べてしまおう。森に入ることは許されているが、薬草採取は一人でやったことはない。毒草の中には触れるだけでかぶれるものもあり、ゼルクはそこまで詳しく見分けられるわけではない。知っている薬草とよく似たものがあるし、余り一人では触れないようにとさえ言われていた。
だが毒草について学べば一人でも採取をできるようになるかもしれない。勿論安全を考慮しての話になるので、獣の活動がおとなしくなる冬や雨季が中心になるだろう。
家に帰り、食事をとりながら母、アリガへと報告する。アリガも我がことのように喜んでくれた。寒村における立場などないも同然だが、それであってもわが子の幸せを望むが親というものだった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。




