幕間_エルフの森、戦後
「こうして剣の勇者様とお見えできた栄光を、女神さまに感謝いたします。下賤な亜人の名前などお耳汚しに御座いますが、ハーラという名前を憶えていただければこの上ない喜びです。鏡の勇者様の下で行商をしております亜人のラド、その隊員の一人であります」
ハーラは両ひざをつき、両手を組みしっかりと頭を垂れて挨拶をした。挨拶を終えると微動だにせず、ただ沈黙する。
ソイルは一言も発しなかった。現在、その隣にはソムニアが二人と参謀がいた。当然最高責任者が言葉を発しない限り、彼等も言葉を放つことはなかった。捕まったエルフたちが全員驚愕と絶望に目を見開いている。
通常、亜人が勇者の前に連れて来られることはない。あらゆる情報を取り纏められて伝えられるのが当然であった。彼女は例外である。その所属が特殊なのだった。
自由連邦の情報を集める為に、鑑の勇者が直接指示を出す亜人の行商隊があることは知っていた。ハーラがその所属であるということは、彼女の左手首にかけられた金色の鎖の腕輪が証明する。更にソイル自身、ラドと直接の面識もあった。彼の左手首には同じ意匠の金色の鎖が掛けられていた。
ソイルは押し黙ったまま、思わず大仰にため息をつきそうになった。
鏡の勇者と不仲なわけではない。むしろ家ぐるみでの付き合いがあると言っていい。勇者直系の家系としては当然の話であった。だが家族ぐるみで付き合いがあるのと、その相手を好んでいるかは全くの別問題である。
「顔を上げよ。ああ、楽にしてよい」
「はい」
ハーラは言われるがままに顔を上げ、蕩けるような笑顔を見せた。手を広げ、そのまま正座に移行する。
流石にエルフは美しい、とソイルは思う。奴隷として価値が高いのも頷ける話であった。ハーラほどによく躾けられているともなれば、ルーナ金貨をどれほど積み上げようと手に入れるのは難しいだろう。
「若いようだが、年齢は」
「本年で二十七となります」
「帝国産まれか。道理でよく躾けられている。混血か?」
「いえ、父母ともに亜人に御座います」
「ミラー……そこまでやってたのか……」
ソイルは呆れたように呟く。ハーラは何も応じなかった。
帝国産まれのエルフ、というのはそれほど珍しい存在ではない。ただし大体は混血であり、人知れず捨てられる。その中で純血のエルフは珍しい。
まずエルフの奴隷は非常に価値が高い。寿命が長い為、長い間奉仕してくれる存在だからだ。その上で見眼麗しいとなれば、捨てるには惜しい存在となる。その為エルフを男女で揃えることがまず難しい。
しかしもしも子を成すことができれば、幼少期より教育が可能だ。エルフであろうと幼少期の経験が価値観に影響を与えるのは人間と同じである。ハーラほどしっかり教育された亜人であっても不思議はない。勇者の一家であるミラー家の管理下であるのならば、不可能ではないだろう。ソイルの脳裏に口元を三日月の形に歪めキシキシと笑うミラー家当主の笑顔が浮かんできた。即座に振り払った。
「まず、お前が報告することを聞こう」
「はい。これらの情報をお伝えできることを喜ばしく思います。魔皇の腕を所持した少年、それから他の亜人が逃げ延びた先をお伝えできます」
「参謀。書き留めろ。ソムニア、伝達を。二部隊の出発を遅らせろ。日が落ちるまでには大体終わりそうだ。ハーラ、まずは亜人どもが逃げた先を教えろ」
「目標が解るのはありがたい話ですな」
ハーラの話は簡単なものだった。逃げ延びた先は二か所。片方は近く、もう片方は遠い。
当然の備えと言えばそうだが、面倒な手を打ってくる。ハーラの情報が無ければ遠い避難所の亜人たちは捕まえられなかっただろう。参謀によって纏められた情報はすぐに伝達され、部隊は出発した。ソイルの周辺には僅かな手勢しか残っていないが、既に周辺にエルフたちはいない。それは確認されていた。
「それで、魔皇の話だが」
「はい。彼については少し長い話になります」
「構わん」
ハーラの話は長いが、詳細なものだった。ゼルクという灰白色の髪の毛をした少年の話である。
彼には魔皇の放つ波長、黒い糸のようなものが見えていたという。これは帝国では聞かない話であった。そして村が襲撃され、腕とあらゆる縁を失い、這う這うの体でこの里に辿り着いたのだという。
村が燃やされたのは業腹だが、よくある悲劇でしかない。ハーラがその場で人間を傷つけたのも問題はない。人が人を襲った場合、彼女がどちらを守るかは自由意志に委ねられる。それ以上に気になる点があった。
「聖水を持っていただと?」
「はい。間違いなく」
「報告だな。公国に贈られた聖水についての記録を確認せねばならん。まさか」
「仕事が増えましたな」
参謀が何でもないように言う。今更な話であった。そうでなくても仕事は基本的に山積みである。
「それで、確か、魔皇の腕を得た少年――ゼルク少年の腕も切り取られていたと?」
「はい」
「だがフラメア殿の話では両腕が揃っていたと聞く。ジオが見た限りでもそうだ。……腕が宿ったか。足と腕という違いはあるが、腐火纏いのリーダーと同じだな」
ソイルは冷静に考え、結論を出す。参謀も同意を示している。左腕が宿ったということは、その左腕は魔皇のものなのだろう。実際に戦ったフラメアやジオも同様の見解を報告している。魔皇の腕を宿した少年は左腕を中心に戦っていたと。
だが、誰も否定することはなかった。ハーラにとって、人間の言葉は絶対だった。少なくともそう育てられている。ゼルクが黒竜ウルシュと話に行くときはいつも一人だったし、それは今日、腕を宿した瞬間でさえそうだった。
何より大した問題では無いのだ。魔皇が人類の、ひいては女神の敵である以上、現時点でゼルクの運命は決まっていた。
「人相は描けるか」
「はい」
「では参謀と共に正確なものを描いておけ。帝国に戻る際、お前は鏡の勇者の家に預ける」
「共をさせていただいてよろしいのでしょうか」
「どのみち、ここにいる亜人共は運ぶからな」
ソイルはそうして会話を打ち切った。それから転がった亜人たちを見やる。ジオは複数回にわたって剣を振るう必要がありそうだが、彼ならば問題あるまい。今回の戦いで、溢れるほどの適性を見せてくれた。
最初によく喚いていたエルフが再び絶叫を漏らす。縛られた体と腕を必死になって動かし、涙まで流してハーラに対して何事かを叫んでいた。噛まされた猿轡でくぐもった音にしかならないが、その絶叫には確かな悲哀と絶望が込められていた。ソイルが冷めた目で彼らを見やって、言った。
「ああ、忘れていた。彼等の名前や立場について、解る情報もまとめておけ。お前の解る、重要度の高い相手だけで良い」
「承知いたしました。勇者様の寛大な御心に感謝いたします」
ハーラは深く頭を垂れた。彼女にとって、ここにいるエルフたちは殺されないだけでありがたい話であった。人間に対して刃を向けたのだ。致し方ない話ではあるが、同胞が殺されるのはそれほど気分の良い話ではないのだった。
話はそれでしまいであった。ハーラは立ち、参謀の傍で絵を描くことを許され、自分の能力が許す限り丁寧にゼルクの絵を描いた。
――そんな彼女の姿を、樹の陰に隠れて見ているエルフがいた。
本気で隠れたエルフを発見できるのはエルフだけである。ハーラは既に人間に魅了されていて、その姿を発見できなかった。木陰から見ていたのはセリオンだった。声の出ない彼女は絶叫をすることなく、ただ絶望的な表情をしたまま森の奥深くへと消えて行った。熟練のフォレストワーカーである彼女を追えるものは、それこそ一人もいなかった。
だが、彼女に他の同胞を助けられるだけの力も、時間も残されていなかった。既に巡検第101大隊はエルフたちを捕縛する為に出発していた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
キャラクターには色々な造形を与えることがありますが、その中で最初からその役割が決まっている、というキャラクターが結構います。
ハーラさんはその筆頭でした。




