任務失敗
巡検第101大隊は任務に失敗した。その事実にソイル=L=イツマ=グリーンは頭痛を覚える。
フラメアから魔皇に逃げられた、と報告を受けた時は思わず唸ってしまった。
彼自身も全身が汚れており、周辺では消火活動が進められている。辺りに河があるのは幸いだった。とはいえ消せない火も多く、ジオが『剣』を振るい消し飛ばしたものも多くある。参謀と幕僚は現状の把握に奔走させていた。
「指揮官、お待たせいたしました」
参謀が戻り、ソイルに敬礼を行う。返礼を行い、ソイルは嘆息した。更に頭の痛い話が始まるのだった。参謀は取り合わず淡々と報告を行う。何を言っても慰めに等ならないと解っている。
被害は甚大であった。
101大隊、五百名からなる者たちの中で無傷のものは殆どいない。第一部隊百五十名の内、死亡が五十九名、重篤が三十三名、残りは重傷軽傷問わず負傷となる。更に第一部隊は軍曹が死亡している。第二部隊も似たようなもので、死亡は三十三名とやや少ないものの、重篤の危機に瀕している者が五十名を超えていた。部隊長と軍曹は顔面に大怪我をしているものの、意識ははっきりとしているのが幸いだった。
第三部隊はその中で唯一戦力を維持している。死亡は僅か7名、重篤の危機に瀕しているものもいない。だが誰もが重軽傷問わず怪我はしている。
僅か五十名からなるソムニア部隊は二十名が重軽傷問わず負傷、五名が重篤の危機、七名が死亡していた。インソムニアの二人も武具が酷く破損している。特にフラメアの持つ剣は半ばから折れており、当然破片は見つかっていない。
長耳の亜人は二百名近くを捕縛して転がしているものの、敗北といって差し支えない被害だった。二千名を超える都市ではあったが、長耳の亜人の死体は数えるのも馬鹿らしい数が転がっている。少なくとも致命傷や重篤の危機に瀕しているものはいない。
「部隊の再編だ、参謀。重篤者のうち、助かりそうにないものは殺してやれ。重症者も外して、二部隊は作れるか」
「第三部隊がほぼ無傷ですので、ソムニア部隊を含めて二部隊程度ですな。糧食、装具にも問題はありませんので長期戦も行けます」
「森の中で長耳と戦ってその程度で済んで行幸だったな。各部隊に工兵、衛生兵はつけてやれ。輜重も余っている分は存分に配れ。日が落ちるまで森の探索、残った長耳を捕縛する」
この森で行われた虐殺だが、時間はそれほど経過していない。僅か二時間程度であり、まだ日も高かった。
捕縛した長耳の亜人が厳しい瞳を向けてくる。余りに喧しい十数名には猿轡を噛ませていた。
「未だ森は無事な箇所も多く、非戦闘員回りであっても護衛がいる可能性も考えられます。死者は増えますが」
参謀は弱腰とも取れる常識的意見を述べる。参謀として当然の役割であった。ソイルは笑いもせず淡々と告げた。
「だからどうした。魔皇の遺骸を持つ者の情報を集められる貴重な機会だ」
「承知しました」
参謀が敬意に溢れた敬礼を行い、少しだけ口元に笑いを称え、囁くように言う。
「森の中で迷ったものは野営準備をするように言っておきます」
「――そうしろ」
ソイルは口元に笑いを称えて応じた。懐かしい話を思い出していた。
ソイルがまだ右も左も解らなかった若い頃、森での演習中に深い場所に迷い込み、野営準備をさせたのを思い出したのだった。尚、一時間後に発見され野営準備は無駄となった。それほど深い森でもなかったのに、勝手にパニックになったのだった。暫くの間笑い話となったが、同時にソイルにとっては良い経験になった。
「指揮官、報告を」
声を掛けられ、微かな思い出の中から戻る。現実の方がよほど重要だとソイルは姿勢を正した。声をかけてきたのはフラメアだった。厳しい表情をしている。辺りには誰もおらず、どうやら見計らっていたらしい。聞かれては不味い事柄であるのだろう。自然、声を潜めることとなった。
「どうした」
「御子息についてです」
「……何をやらかした?」
「制限解除を」
ソイルは僅かに眉を潜めた。その程度ならば問題ない。
制限解除自体は剣を持つ者が手順を踏めば誰でも行えることだ。剣の制限を解除するにつれて、威力と精度が増していく。最初の勇者たちは女神と協同し、制限の解除を行うことで魔皇さえ虚空の牢獄に閉じ込めた。
「段階は」
「五です」
「……規模は」
「竜を殺し、辺りの木々を消し飛ばし、隠れ潜んでいた亜人共を全滅させました。何十、何百かは数えられません」
「五で?」
「はい」
ソイルは唸ることさえできなかった。
制限は全部で七段階ある。全てを解除しても、剣への適性が低ければそれほどの力は引き出せない。ソイル自身は剣への適性が低く、制限を七段階――最後まで解除してようやく五百名という兵を運べる、つまり何も制限を解除していないジオと同等程度の力しか引き出せないのであった。
「正確に述べます」
「ん」
「魔皇と竜、更に無数の亜人を相手にして、その五回の解除だけで終わらせました」
「――……そうか。次代当主は決まったな」
「グリーン家は安泰に御座いますね」
「喜んでばかりもいられない。何せ魔皇に逃げられた、とはあっては制限の全解除もありうる。どこかで確認を行わねばなるまい」
ソイルは軽く指先を弄び、それから兵士を一人呼ぶ。ジオを探して呼ぶよう伝達し、フラメアにもソムニアたちの下へと戻るよう伝えようと口を開きかけ、ふと疑問が出た。
「フラメア殿も……魔皇にはそこまでやって逃げられたのか?」
「竜に逃がされました」
「あのブレスか。巻き込まれて死んでいてくれればありがたいが」
「可能性は低いでしょう」
フラメアが忌々し気に吐き捨てる。その気になればフラメアの剣が放つ炎は竜の吐息にさえ匹敵するものだ。焼き切るその一撃は鉄の鎧を溶かし、大木さえ容易く焼き切る代物だ。
それでさえ魔皇を殺すことは叶わなかった。最初に折られていなければもう少し善戦できたかもしれない。魔皇は伝説に謳われる権能を使ってもいなかった。恐らくまだ使えなかったのだ。それを逃したのは、余りに手痛い失敗と言える。次に会う時、今日以上の脅威となるのは間違いない。
「当主様」
「おう、ジオ。早かったな。終わったのだしもう少しのんびりしていてもバチは当たらんが。今は指揮官だ」
「失礼いたしました、指揮官。何事も迅速に、です。何かご用事でしょうか」
ジオが現れ、敬礼を行う。指揮官と部隊長としてではなく親子の笑顔を交わしてから、互いに顔を引き締めた。
「制限の解除について聞いた」
「はい。竜、魔皇、亜人たちの共同戦線が行われました。全滅の恐れがありましたので解除を実行しました」
「……」
色々と言いたことはあったが、ソイルはとりあえず全部を飲み込んだ。
「ああ、グリーン家当主としても、親としても叱っているわけではない。指揮官としてはむしろ迅速な判断だったと褒めてやりたいくらいだ。魔皇を殺せなかったことについて聞きたい」
「防がれました」
「つまり、伝承は本当か」
「そういうことになります」
伝承に曰く、魔皇は神器でさえ砕けず、女神が剣を振るい虚空に封じるのが精一杯だったという。
空間を切断するその一撃でさえ魔皇は弾く。ジオ程の適性があり、尚そうなるのならば、そもそも通じないと思った方がいいのだろう。
「ここで殺せなかったのは痛手だったな」
ソイルの言葉に、ジオとフラメアは沈痛そうに黙り込んだ。
「女神様にご報告し、次の判断を仰ぐこととしよう。お前の適性で通じないとなれば、真っ向から戦うことは難しいだろう」
「はい」
「では戻ってよし。お前も捜索隊の隊長としておく。リェンを連れて行って構わん。見逃すなよ。フラメア殿は武装の心配があれば」
「まだ剣は使えますので、予備を一本だけ頂ければ」
その後二点、三点確認を行いジオとフラメアは隊へと戻っていく。
誰もいなくなった瞬間に、ソイルは大仰にため息をついて肩を落としたくなった。当然指揮官の見栄としてそんなことはできない。軽く嘆息して空を見上げるにとどめておく。
そこへ参謀が戻ってくる。隣に誰かを連れていた。長耳の亜人だった。彼女はハーラと名乗っていた。その右の手首に金色の鎖の腕輪が付いていた。見覚えのある意匠を見て、ソイルは今度こそ顔を歪めた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
備えはどこにでもあります。




