村での日々_03
寒々とした月が沈み、静かに陽が昇る。変わらぬ朝がきた。
明り取りの窓にはめ込んだ板の隙間から僅かに漏れて入ってくる日光が、朝の到来を告げている。
大抵の木造の家屋にある明り取りの窓に水晶板はなく、木枠に板をはめ込んだだけの簡素なものだ。ゼルクは軽く体を伸ばし、窓の板を取り外す。幸いにして晴天であった。
だが世界は銀色に染まっている。三日前に降り始めた雪は昨夜にようやく降りやみ、世界を銀一色に染めていた。
当然、雪が降っている間は何もできない。精々雪かきを行い、家屋や畜産に被害が及ばないようにすることくらいだ。だが子供たちにとっては楽しい催事の一つでもある。家周りの雪かきは、子供たちにとって多めのお小遣いを貰えるチャンスでもあるからだ。
風が強く吹かなかったのが幸いだったが、雪は多く振り、驚く程に積もった。雪かきがなされていない場所はゼルクの腰ほどまで雪が積もっている。
街道も綺麗に埋まっているが、例年通りに降り注いだ雪程度では行商の足は止まらないだろう。今日の夜には到着するはずだ。祭りは明日に迫っている。
昨晩に積もった雪を改めて除雪する。そして祭りの準備だ。
今日の仕事はそれで終わりそうだった。慣れていても全身が痛くなるほどの重労働だが、怠ると怪我に繋がる。重要な仕事だった。ゼルクよりも幼い子供たちには雪玉を投げあったり、あるいは雪だるまでも作って遊ぶ時間くらいは作れるだろう。
寒々とした空気の中、水がめ――木の器――に溜めておいた水を救い上げて顔を濡らす。目元周りは洗っておいた方がいい、というのはオットーの言葉だった。
汚れが溜まると、目の周りから病に罹ることもあるらしい。こんな寒村においては、只の風邪でさえ死活問題になりかねない。医者の忠告となれば素直に聞くのは至極当然であった。
簡素な木造の家には隙間風がよく入ってくる。ゼルクは薄い布団で丸まり、藁の詰まったベッドの上で寒さを凌いでいた。
剥き出しの土間へと降り、毛皮の靴を履く。靴の中にはボロ切れ等の詰め物がありったけ詰め込まれていた。家の中ならば紐は縛らない。
竈や水がめ、簡素な料理台、食事をするための机や椅子が置いてある部屋に出る。他の部屋も似たようなもので、寝台や箪笥が置かれているだけだった。複数の家具など望むべくもないし、床板がしっかりと貼られている家は殆どない。
「ああもう、氷張ってるわ」
毛皮で作った靴を履いて台所へと出ると、母のぼやき声が聞こえた。
「おはよう、アリガ母さん」
「ああ、ゼルク。おはよう」
水がめの表面に張った氷を割りながら母、アリガは応じてくれる。氷っているのは表面だけだった。
「火、炊く?」
「いいえ、昼前には私がやっておくわ。それよりも食事をしたら雪かきをお願い」
ゆっくりで大丈夫だけどね、と母は笑いながら振り向いた。
美人という訳ではないが穏やかな顔をした女性であった。髪の毛は殆ど切られておらず、伸び放題になっているものを纏めていた。
少しばかり線が細く見えるのは冬の為、殆ど食事をとっていないからだ。冬季には狩りの頻度も低くなり、基本的には保存食を細々と食べていくのが一般的な過ごし方となる。これは田舎の村であるのならば一般的な生活であった。
かといって冬場は決して暇なわけではない。雪が降れば勿論雪かきをせねばならないし、日々の寒さを凌ぐための薪も必要だ。当然冬季に入る前に貯蔵はするものの、それだけで足りるはずもなく、乾燥したものを作らねばならない。それも雨や雪でだめになってしまうこともある。その他、内職であってもやるべきことは多くある。
とにかく田舎の村の冬は命懸けだ。春の風が吹き、雪解けが訪れるまでは静かに過ごすしかない。北西のこの村では雪解けは遅く、弓の月か、遅ければ槌の月ほどまでに雪が残る。雪自体はそれほど水分を含まず、空気はからっと乾いているのが救いといえばそうだった。
雪祭りはそんな静かな時期に入る前の、この村での最後の楽しみだった。槍の月、最初の日――この辺りは行商の予定にもよる。自由連邦国家で行われる新年の祭り時に打ち合わせていた――に行われるこの催事を、ゼルクを含めた子供たちは楽しみにしていた。
「解ってる。でも昨晩はそれほど積もってないみたいだし……ああ、広場の雪かきはやってくるよ」
「よろしくね。あたたかい飲み物を作っておくから、お昼には帰ってきてちょうだい」
昼ね。正確な時間など解らないので、そういわれても太陽が一番高いときに昇った時に戻ってくる程度のものだった。日が落ちるのも早い為、動き出しは更に早い。冬はそういった意味でもやることが多くなる。
「水汲みくらいやってこようか?」
「いいわよ。良い運動になるんだから」
はい、と返事をしながらゼルクは食事を終えて外套を羽織り、外へと出る。行ってきますの声は忘れなかった。
雪かき用の道具は軒先にある。どれも木製の粗末なものだが、手入れは為されていた。壊れても容易く替えが利くというのも楽でいい。
ゼルクの家は村の端にある。すぐ近くに村と外を隔てる柵があった。
木造の家は隣にもある。間隔はそれほど狭くない。向かいには厩舎が広く造られていた。
最も、厩舎と言ったところで雨よけの屋根や木製の柵が粗雑に作られているだけである。カンノリ鶏やフワユラ羊、ハシグモ牛といった動物たちが適当にわけられているが、彼らが動き回れる牧場は大きなものが一つあるだけだった。それらの数も決して多いわけではない。牧羊犬用の、やや広いが粗末な四阿には数頭の犬がいる。寒さを凌ぐため、大量の藁と温められた湯が毎日届けられていた。
当然畜産の健康管理も村人たちの仕事だった。既に村人の一部は働き始めている。食事や糞尿の世話、敷いてある藁の取り換え。特に冬季は霜や動物たちの体調確認等、やることは多い。雪が降った際には屋根や周辺の雪かきも仕事の内となり、それだけでも午前一杯かかることさえある。
「おはよぉーございます!」
「おう、ゼルク! 広場の雪かきか?」
「そぉー! 何か手伝えることあったら言ってね!」
「ああ、大丈夫だ! こっちも手伝いいるからな! まあなんかあったらマイトを向かわせるわ!」
ゼルクは手を振って応じる。働いていた男性も元気よく笑った。手伝うだけの余裕があるかどうかは不明であった。
道にも雪は積もっていたので、最低限除雪をしながら歩いていく。道中、当然のように他に雪かきをしている子供や大人と出会う。挨拶をすると元気よく返事をしてくれた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
田舎は大変です。




