村での日々_02
「二十年、人にとっては長いもんだ……産まれたての子供だって、学んで大人になるころだぞ」
そしてまた同じようなことが起きるのだろうか。オットーは言外にそう語るように、微かに目を伏せた。
環境によって人は変わる。それをオットーは嫌という程に知っていた。クラウがゆっくりと口を開く。
「亜人は奴隷扱いか?」
「ああ」
即答であった。クラウは軽く肩を竦める。自由国家連邦以外での、特に三国での亜人の扱いなど、そのようなものだ。クラウとて、話くらいには聞いている。だが実態を見たことはない。
だからこそ、亜人たちの一部は自由国家連邦に亡命しようとする。当然、逃げ出すことは許されていない。公国は東西にそれぞれ検問を敷いており、その厳しさは有名であった。場合によっては帝国からの輸入でさえ取り締まる。検問官の公私混同が確認された場合、任を解かれるだけで済めば幸運というのは有名な話であった。
そうでなくとも勝手に逃げ出した亜人たちに対して、三国は無制限の制裁を認めている。ましてや人から不興を買ったとなれば。オットーの妻であった女性は、そんな状況を当たり前と受け入れて生きてきたのだ。
「それが悪いとは言わないぞ。俺は人だからな。クラウ、アンタたちエルフがその気になって毒草を薬草と偽って渡せば、摂取してから一週間後に突然苦しんで死ぬような草だってありそうだ」
「ふむ。まあ、あるにはあるな。とはいえ流石に突然というのは難しい。少しずつ調子が悪くなっていくだろうから、バレバレだ」
「その気になれば調合でどうにでもできそうじゃないか」
楽しそうに笑いながら木戸を閉める。大半の明りがなくなり、小さな採光窓から僅かな西日が差し込んでいた。クラウが立ち上がり、オットーと共に集会所を出ようと歩き出す。
「俺たちは知識では遠くを生きるエルフに適わない。力ではマルダスやドラゴニアには当然勝てるわけもないし、ナーガやリザードマンのように荒れた環境にも適応は難しい。セイレンほど泳ぎが上手くなけりゃ、ドワーフたち程手先も器用じゃない。人間の強みはただ一つ、群れであるということだけだ。その群れ全体が、他の群れを奴隷として扱うのが醜い、と思うのは……やはり俺が不自然なんだろうな」
「個々人の感想と、群れの方針は当然別物だ。不自然ではないだろう」
「……序列をつけたがるのは人間の性だと思っていたが」
「自分の方が価値があると確かめるのは、誰にとっても魅力的だよ、オットー。我々エルフだって例外じゃない。つまり――我々が常に心穏やかに過ごせている最大の理由でもある」
クラウは困ったように笑った。オットーは少しだけ口を突き出し、それからあどけなく笑った。邪気のない笑みは、彼のいう事を理解している証左であった。
「寿命の長いエルフ様は気の長いことで。羨ましいねぇ」
「ふふふ、エルフ文字を読めるようになってみるか? 日記等記しているものは僅かだし、その日記の内容も代り映えしないものばかりだよ。長く生きるというのも良いことばかりじゃない。寿命の長さにかまけて、それこそ延々と怠惰に過ごす者もいる」
「お前さんはどうだ」
「人の生涯のなんと得難いことか、と毎日楽しんでいるよ」
楽しそうに笑いながら、二人は集会所の前で別れ各々の家へと戻っていく。
名もなき寒村では夜も暗い。外出は推奨されておらず、陽が落ちるのと共に就寝につく家も多かった。そしてまた朝陽が昇れば活動し始める。寒村の夜の明りは月と星しかなく、何事か活動するには向かないからだ。更に冬季の夜は厳しい冷え込みをみせる。
オットーも同様だった。急患が入ってくれば対応することはあるが、その際も態々火を起こす。エルフであるクラウは夜目も利くが、基本は人と同じ生活を心がけていた。
夜は更けていく。昨日と変わらないように。それでも時間が確かに過ぎていくのを、誰もが確かに感じていた。
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