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村での日々_01

それでは本編を始めていきます。

「年相応なところもあるが、あの年で随分と現実を見ている。この寒村で終わるには惜しい逸材だ」

「ファウラの家も今年の雪まつりが終わり、月末には引っ越す。本当にこの村も終わるかもな」

「知っていたか」

「誰だと思ってる」

 ゼルクが出て行った後の集会所で、クラウとオットーは笑いあっていた。

 オットーは軽く体を伸ばしてから立ち上がり、壁に立てかけてあった木戸に手をかけた。冬季の日の暮れは早い。西日が傾けば、すぐに陽が落ちる。そろそろ戸締りをせねばならない。水晶板を使った窓のようなものは高価であり、このような寒村には一つもない。大体は木戸であった。

「しかしクラウは、村がなくなってもここに住まうのか?」

「ん、まぁ……そうだな。それもしょうがない。私は行商したいという訳でもないし、この辺りで薬草の研究でも続けるよ」

「ガリラルとオーラは」

「行商についていくんじゃないかな。エルフは仲間意識も強い。ここからなら都市にも近いしな」

「……新しい家、森の奥に建てるか? 必要なら人手出すぞ」

「おいおい」

「俺が生きているうちにやっておきたいのさ、クラウ」

 オットーはすっとぼけた表情に笑顔を浮かべ、だが目だけは真剣そのものでクラウを見ている。それを見て、クラウは少しだけ笑った。嘗ての出会いを思い出している。

 オットーがこの村に流れ着いたのは二十年ほど前になる。嘗ての事を、彼は殆ど語らない。だがクラウを見て、亜人、と驚愕と共に呼んだことから大体の素性は察していた。そういえば山を越えた先には公国があったな、とだけ当時のクラウは考えていた。

 だが当時の村人の誰もが亜人呼ばわりを許すことはなかった。当然の帰結として、彼の扱いについては村で論議になった。しかし彼が医学書を持ち、医者としての経験を持つことが解ると彼は監視付きで受け入れられた。村には殆どいないのだから無理もない。無論のこと、オットー自身の人の好さもその理由になる。

「当時、暫くは亜人と呼ばれていたっけな」

「悪かったよ。まあ……あれから一度も行っちゃいないが、三国での扱いは変わってないんだろうな」

 オットーは木戸をはめ込みながら嘆息し、遠くを見やる。

 亜人。人に近い姿をしており、知恵のある者たちの総称であった。帝国が三百年前、新暦を打ち出した時同時に指定した呼称である。

 魔皇を打ち倒した際、女神が祝福したのは人間のみであった。これには歴然とした理由がある。

 三百年前、魔皇はその力を振るい、軍勢を率いて大陸の半分を支配下に置いていた。当時の人類の立場は弱かった。特に魔皇が率いる、無数の種族が交わる軍勢の中での立場は奴隷そのものであった。力は弱く、自ら考える力を持ち、命令にも忠実。更には寿命も短くないとなれば、奴隷としてはうってつけであった。

 そのような状況で女神より十二人の勇者と十二の神器を与えられ、人類は立ち上がった。この時、当然誰もが人類に味方などしなかった。中立を貫いたものが精々である。大半はその抵抗を喜んだ程だった。自由に振るう事の出来る正義と暴力の快感はあらゆる種族共通であるらしい。

 人類など風前の灯火であり、最後の抵抗に過ぎないと誰もが高を括っていた。

 しかし歴史の通り、奇跡は起きた。数多の軍勢を打ち破り、奴隷を開放し、魔皇を封印した。

 人類が有利になるにつれて恭順するものは増えて行った。だが人類はそれらを何一つ受け入れることはなかった(これは中立であった者たちも含める)。中には人を弄んで殺した者たちも居た以上、寛容に受け入れるのも難しかった。旗色が悪くなったからといって恭順してくる者たちを信用できないという当然の理由も付随する。

 魔皇を倒した際、そこにいたのは、結局人間だけだった。

 魔皇が打ち倒されてから亜人という総称が与えられたのはこういう歴史がある。残った種族たちには生き残りを認める代わりに、人類の支配を受け入れさせる。魔皇と変わりはしないと思う者たちも居たが、必要な措置であった。魔皇を打ち倒したとはいえ、変わらず人類は弱小種族に過ぎない。

 当時の勇者たちは全てを許さぬと言ったわけではなかった。むしろその倫理観は非常に高く、当時の人類の暴虐に歯止めをかけた程だった。魔皇が打ち倒された後、当然のように大虐殺が始まったが、その犠牲は驚く程少なかったとされている。

 かといって野放しにするには危険な者たちも存在していた。戦争で種族としての数を激減させている者たちも居たため、彼らを亜人と括り管理下に置くことに異論は出なかった。エルフ、ドワーフ、ドラゴニア、ドリュアード、フェリン、ルプス、ナーガーー他多数無数の種族は、今なお亜人として三国の管理下に置かれており、その数もある程度保たれていた。

 既に当時のことを知るものは殆どいない。歴史に書かれた正史こそが全てとなっていた。その歴史についても、書いたのは女神と人間であった。

「人の変化は早い。今はどうか解らないだろう」

「……どうかね。少なくとも俺が来るまで、公国では亜人呼ばわりは当然だったし……」

 オットーは呆れた風に呟いた。冬季の冷たい風が吹き、白衣を揺らす。

「俺は、俺の家族をタウリンに助けられてな。事故だったんだが」

「うん?」

「まあ……家内は触れられて嫌がっていたし、助けられたというのを否定していたが……そのタウリンたち全員が燃やされたのは、流石にどうかと思った」

「……」

 クラウは何も言わずただ目を細めた。凄惨だとだけ考えている。オットーがそんなことを言うのも初めてだった。

 ただ、オットーがこの村を訪れた時、既に四十過ぎであったのに独り身であったのを不思議には思っていた。彼が公国からやってきたと知った時、家族については答えなかった。

 思えば、彼から家族の話を聞いたことは――いや、それどころか、彼から身の上話に近いものさえ殆ど聞いたことがない。以前に聞いた街や村について尋ねても、公国に住んでいた、以上の情報はなかった。

 だが医療の技術は確かだった。だからこそ村では受け入れられており、今では村長さえやっている。何より、オットーは自分の技術や知識を遍く伝えるのに一切の躊躇が無かった。前に住まわっていた場所ではできなかったことだよ、と彼は自嘲気味に笑っただけだった。

「それで離婚を? その後単独で山を越えるというのは、無謀以外の言葉がないな」

「公国の検閲が思ったより厳しくてなぁ。山越えについては噂話程度だったんだが。……子供にオークへのお礼を言わせたのが決定機だったな、あれは。いや、医者としてな、感謝は忘れてはならないと常々思っているんだ、俺は」

「急に話す気になったのは?」

「ふとした寂寥感だな。それに、俺もいつ死ぬか解らん。セルコに色々教えちゃいるし、医者に関して不足はないと思うが、もう六十過ぎだぞ。帝国じゃ王族なんか三十代での逝去も珍しくないってのに」

「そうか」

 クラウは静かに頷いた。ただ一言、それのみであった。それ以上に言葉を重ねる必要性を感じていなかった。


ここまで読んでいただきありがとうございました。

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