プロローグ_03
「そういえば村長、一週間後に予定通り祭りするの? 今年は雪が降ってないけど」
「ん、ああ、そうだな。雪まつり……の名にふさわしくないのは残念だが、まあやろうじゃないか。行商の予定は変えられんしな……ゼルクも明日からは準備にまい進するように」
「うん、はい」
ゼルクは嬉しそうに微笑む。
田舎の村での行事や祭事はそれほど多くない。そもそも大規模な祭りなど望むべくもなかった。
祭りの準備といっても、中央広場の井戸周りに簡素な高台や飾りつけといったものを施す程度だ。それでも他の祭りに比べて、年の初めの祭りは盛大に行われている。
また、当日は行商もやってくる。二月に一度、自由連邦国家の北部都市から態々片道二週間以上をかけてやってきてくる行商は、この小さな村の楽しみの一つだった。年に一度は大道芸もやってきてくれる。こんな小さな村には不釣り合いな興業だが、無論の事理由はあった。
行商の多くはエルフであり、自由連邦国家を南から北――すなわち、大陸西をゆったりと旅している。エルフたちは仲間意識が非常に強く、この村に住まう数少ない同胞たちの為に態々行商を率いてくれていた。そしてその伝手から興業も行ってくれた。
行商や大道芸が来るときに何も買えないでは、少し寂しい。寒村全体にそれほどの金があるわけでもないが、各家庭には僅かに配布されている。それらの使い道は自由だが、大抵は子供たちへの小遣いや、行商で生活必需品を買うことに使われていた。
子供たちは村の辛い仕事に耐えながらお小遣いを貯め、僅かな楽しみを待っている。田舎ではどうせ他に使い道もない。だからこそ僅かな金銭を村人たちで分け合っている。
「クラウさんはどうするんだ? いや、クラウさんっつーか、エルフたち重鎮は」
「私は祭りが好きだからね。普通に楽しませてもらおうかな。そうだな、また薬草粥でも振舞おう。麦が少し倉庫に残っていたよな」
「やった! あれ大好きなんだよね!」
クラウの言葉に、ゼルクは素直に喜ぶ。麦は村でも貴重品であるため、こういう時にしか振舞われない。特にクラウの作る粥は誰もが好んで食べられるように味付けもよく考えられていた。
エルフは長寿であり、クラウもこう見えて百二十年以上を生きていた。エルフの平均寿命は五百年ほどであり、まだ若造である。
長寿である彼らは薬草や毒の知識に長けており、森の中での静かな生活を好んでいた。食生活については人とほぼ変わらない。だが人では食べられない毒草も食べることができた。当然、逆の場合もある。それらの知識を利用し、薬草粥や薬湯を作ることも多かった。特に病の折にはオットーと協力し、薬をよく作るのもエルフたちの仕事である。
また、他にも農耕の知識も多く蓄えており、村の安定には大きく貢献している。とはいえ天候についてはどうしようもない。それらを天の意志として、エルフは何もせずに受け取った。その際に出る被害について、彼らは天からの、あるいは天への贈り物とした。どちらの意味であっても同じであった。寿命が長いエルフは、死生観についても人とは違い、死への忌避が薄い。寿命が尽きて死ぬという事が少ないためであった。
クラウは幼少の折から人と暮らしてきたためか、死への忌避感含め、様々な感覚が他のエルフよりも人に近い。だが『死とは突然訪れた友人を迎え入れるようなものだ』という教えは、彼の中にしっかりと根付いていた。村人たちの死に涙することはあっても、他の人よりは容易く立ち直る。それを冷たいとみるか、優しさの一つと見るかは意見の分かれるところであった。
「そうだな、ゼルク。今年は薬草粥の作り方を覚えてみるか?」
「え、いいの?」
「別に秘伝というわけでもないしな。美味しく食べられる薬草を粥に入れるだけだ。そう難しいことじゃない」
ゼルクは二年前からクラウに薬草について教えてもらっている。簡単なものに限るが、これは村民の誰もが教えられていた。その中でもゼルクは特に興味があったのか、毎年雨季から夏季にかけては共に薬草採取に赴いている。
「えっと、村長」
「いいんじゃないか。食えないものを作るわけでもないだろ」
他のエルフと違って、という言葉をオットーは飲み込んだ。有体に言って食えるものしか作れないのがエルフという種族であった。野菜などはほぼそのまま、肉があれば塩も振らず焼くだけというのは珍しくない。素材の味と言えば聞こえはいいが、手抜きと言われても致し方ない。
ゼルクは素直に喜び、クラウにお願いと礼を言う。クラウもそれを素直に受け取り、今日はもう遅いからとゼルクを帰らせた。
ゼルクは挨拶をし、ゆっくりと集会所を出て行った。心なしか足取りが軽い。
彼は現実を知っている、素直な子供だった。この寒村で母と共に住まい、いつか死ぬのだろうと思っている。無垢な少年らしかぬことに、それを不満に思ったことはない。クラウから教えてもらった薬草の知識が都市でどれほど武器になるか、等を考えたこともなかった。理由は単純であった。彼の関わりはこの村と、そしてその大半が同じ知識を持つエルフだからであった。
住む場所があり、村の皆とは家族のように付き合っている。食事には困ることがあり、命の危機もある寒村だが、それはどこへ行っても同じことだろうと思っている。つまり村を出ることなど考えもしないのは、この村の居心地がいいからに他ならなかった。
これにてプロローグは終わりです。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。




