開戦_02
「さて、もう一度聞こう。魔皇の腕はどこだ」
「同じ質問である限りは同じ解答となりますよ。魔皇の腕はここにはありません。お引き取りを」
「なるほど」
ソイルは笑った。次の瞬間にはジオが剣を振っていた。
何が起きたのかエルフたちには理解ができないままに、森が揺れた。
まとめて、五本。
突然樹に斜めの亀裂が入り、滑り落ち、倒れ、他の樹々に引っかかる。悲鳴が上がり、樹上から投げ出されるエルフたちも居る。幸いにして大木は倒れずに済んでいる。潰されたエルフはいなかっただろう。
「……馬鹿な」
エスターは呆然と只呟いた。この里には二千名以上のエルフが存在する。それは彼らにとっては決して無視できない話であるはずだった。
女神協約。女神が三百年前に定めたこの法律は彼らにとっては絶対である。少なくとも女神を信仰する者たちにとっては。魔皇の遺骸があるからといって易々と武力を振るっていいはずがない。
「何を――何をお考えか!」
「二千名では少ない。知らなかったか」
冷笑を浴びせたのは紅い瞳をした少女だった。被った帽子を支えながら顎を上げ、エスターを見下す。
「本年より協約は一部改訂されており、戦闘行為を禁止する都市の下限は三千名となっている。特に公国ではこの条約を盾に取る者も多かったための措置だ。三百年前では千五百名でも十分に多かったが、人も貴様ら亜人も増えた。千五百名を超えていれば迂闊な手出しはできない為、都市で違法薬物を堂々と育てる者が後を絶たなくてな。貧富の差は本当によろしくないものだ」
まあ、と少女は腰から細身の剣を抜き出しながら告げる。
「このような地に引きこもっていたのならば、知らぬのも無理はない」
「ば、バカな! ここが僻地であろうと情報は問題なく入ってくる! そのような話!」
「女神さまが正しい」
紅い瞳の隣にいた、黄色の瞳をした少女が笑いながら背中に背負っていた、刃に大量の飾りが付いた剣を下ろす。
「つまりここに魔皇の遺骸はある。お前たち、害虫どもがその言葉を否定していいなどと言ったか?」
「――ああもう解っちゃいたが話が通じねぇな! やるぞ爺!」
「ここまで傲慢とは思わなんだ!」
エナムが言うや否や背中から折り畳み式の弓を取り出し、手早く天に向かって矢を放つ。
鏃に空洞の木の実を加工してとりつけた特性の矢は、殺傷能力は皆無に等しい。だが放てば甲高い音を立てる。それが合図となり、残った樹々から無数の矢が放たれた。羽虫が一斉に飛び立ったような不快な音が森を満たす。
狙いは戦闘にいる四名ばかりではない。鏃は磨かれた黒曜石。刺されば骨など容易く貫通する。
だがジオは再度剣を振るう。それだけで全ての矢はジオら四名と後ろの兵に当たることなく、遠くへと飛んで行く。くっ、と紅い瞳の女性が嗜虐的な笑みを浮かべた。それからすぐに柔らかい笑顔でジオへと振り向く。
「流石は次期勇者ですね、ジオ様」
「御誉めの言葉を頂くのはこの駆除が終わってからにしましょう、フラメア殿」
「承知いたしました。ボルト、貴方は」
「最悪は竜がいるんじゃなかったっけ?」
「……そうでした。はぁ、全く――」
紅い瞳のフラメアと呼ばれた女性は剣を構えて冷徹なままに言い放つ。
「――害虫駆除を始めます。良いですか、我が妹たち」
エルフたちは害虫と呼ばれたことに腹さえ立たなかった。もう相手がどういうつもりなのかも解っているからだった。
「我らが女神様より賜りし命は、このような無駄なことに費やしていいものではありません。傷を負うのを避けるようになさい」
静かな言葉は、全くの本気だった。後ろにいた兵の間に、声なきどよめきが走る。
感激している様子だった。妹と呼ばれたのは女性兵士たちだろうか。彼女らの中には涙ぐむものまでいる。
「……あー、理解できないんだけど、今のいい話か? 爺さん」
「うむ、拍手の一つでもしてやるといい。お前は逃げられるものを逃がせ。当然彼も含めてだ」
「最初から逃げとくべきだったな、これなら!」
エナムは言いながら駆け出した。入れ替わりにエルフたちが数名やってくる。全員が武装をしていた。本格的な戦闘の開始だと考えているのだった。
矢は次々放たれている。兵士たちも準備を整えているが、動きはしない。命令が無いのであった。ソイルを筆頭とする四名は呑気に突っ立っている。
「まあ大した手間でもないか。ジオ様、よろしくお願いします」
「ええ、俺の部隊の軍曹が考えた作戦ですが――面白い発想だったでしょう?」
「流石はグリーン家と感心致しました」
ジオの言葉に、フラメアは優しく笑った。
ジオが再び剣を構える。同時にフラメアの剣が炎を噴き出す。
尋常な炎ではなかった。刃を伝い、炎は瞬きの前に燃え広がる。それを一振りすると、はるか遠くにまで炎は刃となって広がった。
「炎剣フラメア、最大火力!」
「回路形成――まずは十」
ジオが剣を振るう。同時にフラメアが炎を振るった。
被害は最初、目に全く見えなかった。振るわれた炎が空間に消え、一切の被害が無いとさえ錯覚した。矢を番え、またも放たんとする。気の早い者は既に放っていた。
異常はすぐに起きた。エルフの乗る樹のいくつかが唐突に燃え始めた。当然、火種等どこにもなかった。いや、火種が幾らかあろうとも大樹はそう簡単に燃えはしない。エルフたちはそう高を括っていた。燃やすにしてもそう簡単ではないのだと。
内側に大量の水を抱えているというのもそうだが、そもそも樹は燃えることで炭化し、火を遮断する役割を持つ。表面が燃えても内側は燃えないのが大樹であった。燃やし尽くすにはそれこそ雷のような火力が必要になる。エルフたちは経験でそれを解っていた。だからこそ生きた樹の周りで暮らしている。
だからこそありえない。一斉に十本もの樹が内側から発火するなどと。燃え始めた樹は隙間から炎を噴き出し、燃えやすい木の葉に伝わり辺りを火の海へと変えていく。当然、樹に昇っていたエルフたちがいの一番にその被害にあった。矢や弓など、細いものは火に飲まれ、使い物にならなくなった。
「な――なんだ!?」
エスターの混乱は一瞬で頂点に達した。いや、多くのエルフがそうだった。
当然その間にも状況は進む。誰かの鳴き声や悲鳴が響き、無理やり放たれた矢がどこかへと消えて行った。
それでも燃えていない樹の方がまだ多く、エルフの大半は樹上に位置している。矢は放たれ続けた。ジオが数度剣を振るうだけで全ての矢は無力化される。ソイルが後ろを振り向き、部隊長たちを呼び寄せていた。時間を無駄にするような趣味は持っていなかった。
「まだ飛んでくるか。優秀。もう十――いや、二十行けますか、フラメア殿」
「女神様より賜りし炎剣フラメア、この程度ではまだ参りませぬ」
ジオとフラメアが笑いあい、再び別の樹が燃え始める。
信じがたいことに、フラメアの持つ炎を吹く剣は、それこそ雷のような火力を持っているらしい。森はほんの数分の間に炎の地獄へと変貌していた。そのどれも、帝国兵士たちがいる側にまでは広がっていなかった。
「なんだ、あの剣は! 火を吹く剣!」
「撃て! まずは奴らを!」
それが地上にいた数名のエルフたち、エスターも含めた彼らの最後の言葉となった。ジオが一度剣を振るうだけで、彼等の体は両断された。切断されたのが首や頭であれば幸運であった。そうでなければ炎に巻かれる里を見ながら、最後まで苦しむこととなった。
最後の指示はどこにも伝わることはなかった。エナムの絶叫が上がった。
第二幕は、虐殺であった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
開戦ならぬ虐殺の始まり。




