取り戻したもの
ゼルクは目を覚まし、のっそりと身を起こす。体は怠くないが、気分は酷く落ち込んでいた。
隣ではウルシュが眠っている。これから何が起きるかは解っていた。隣で何かがどさりと落ちる音が聞こえる。そちらを見やればセリオンとナッシュがいた。
何かを運んでいる様子だった。食事だろうか。肉も混ざっている。セリオンがわたわたと慌てふためいていた。
「おーゼルク、起きたか! 無事か?」
「セリオンさんに、ナッシュさん。はい、体調は万全です」
ゼルクは重たい息を吐く。
体感としてはほんの半時――もっと短かったかもしれないし、ゼルクは正確に測れているわけではないが――魔皇に苛め抜かれた。殴られ、蹴飛ばされ、引きずり回され叩きつけられた。相手は隻腕隻脚だというのに、全く手も足も出なかった。これまで戦闘経験等が全くないにしても、一方的に叩きのめされた。
大きくため息をつき、立ち上がる。それを見てようやくセリオンが動き出した。わちゃわちゃと動き出し辺りから枝を拾い上げ、地面に素早く文字を書く。
『大丈夫ですか』
「はい、大丈夫です。でも、セリオンさんは逃げないんですか?」
ゼルクが笑って応じるとセリオンは同じように笑い、また地面に文字を書く。
『これが終わり次第逃げます。ご安心を』
これ、というのは置いてある大量の食材の事だろうか。生肉まである。ウルシュの食事だというのはすぐに解った。
時間をかけてこれらを運んでいたのだろう。
「ゼルク、お前をどうするかってのを里で今決めてるところだ。すぐに軍が攻めてくるらしいってことだが……」
「何が起きているかは把握しています。魔皇も言っていました、すぐに軍は動くと。一度里に戻ります」
ゼルクは断じて、立ち上がる。魔皇のいう事が正しいのならば、最早猶予はないはずだった。
「俺の処遇をどうするか、というのは?」
「お前をどう逃がすか、逃がすための人員をどうするか」
「……ありがたいですけど……それ、エルフの皆さんはどうなると思いますか?」
ゼルクは困ったように笑った。ナッシュは何も言わず笑って自分の歪んだ右手を晒した。何よりも雄弁な結果であった。
名目など幾らでも作れる。魔皇の言葉が蘇る。彼の腕がここにあったというのならば。
「だったら、俺も皆さんと戦いますよ」
「!」
「お、エナムが正にその案を出してたぜ」
セリオンが驚愕に目を見開き、ナッシュはにやりと笑った。
「結局腕とゼルクを逃がしたところでここが滅んじゃどうにもならんだろうが! ってな。戦って、勝つしかないってよ」
「……エナムさんは果敢ですね」
無謀である、とも思う。敵の兵力は絶大だ。魔皇は散々にそれを語った。
そうであるのならば勇気の使いどころとは確かにここなのかもしれない。何もかも奪われんとする今この時に、交渉等意味をなさないのだから。
「森の中なら矢玉さえ尽きなけりゃ勝ち目はあるだろうからな。そう分の悪い話でもない」
「……多分、燃やしてきますよ」
「ドリュアードの森だ。そう簡単には燃えないから安心しろ」
ナッシュは自信があるようだった。だが相手は女神が送り込んでくる軍だ。脅威の度合いが全く違う、というのは伝わりそうにない。ゼルクは少しだけ頭を抱えた。
その時に気が付く。自らの意図通りに動く右腕の存在に。手を握って開いてを繰り返していると、なぜだか涙が零れそうになった。あの日、無くしたものを少しだけ取り戻した気がした。どれだけ願っても戻らなかった右手が今動いている。
同時に思い出す苦い記憶。右手首を掴み、顔を上げた。ここでボケっとしている暇などない。炎に飲まれるその前に動く必要がある。
「ああ、ところで」
「?」
「俺を売るって案は出なかったんですか?」
「出ねぇよバカ、このバカ。お前はともかく魔皇様の腕を失ったらもう終わりだろ、俺ら。後お前を売るってなったら俺達はお前を逃がすぞ。魔皇様の腕以前の話として、誰かを売ってまで生き延びるなんざ御免被る。十人くらいで全力で逃げりゃ、まあ里はダメになってもどうにか逃げ切れるだろ」
「――ありがとうございます」
ナッシュの隣ではセリオンも頷いていた。それから彼女はすっと歩き出した。いつもの如くに案内をしてくれるらしい。
ゼルクは笑っていつも通りに礼を伝えた。セリオンがいつも通りに前を歩き、里へと戻った。流石に少しばかり足は急いていた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
また短い。うむ……申し訳ない……。




