女神たちの会議_02
「グリーン家当主、ソイル=イツマ=L=グリーン。女神より緊急命にて参上。お取次ぎを願います」
「女神直属騎士、インソムニア=ボルト。女神より緊急命にて参上。お取次ぎを願います!」
やりとりを続けていると、グリーン家当主、ソイルが入ってくる。最後に遅れて入ってきたのはボルトだった。
ソイル=イツマ=L=グリーンは軍服のままであった。外套も羽織っていない。彼自身も演習を行うという贅沢を味わっている最中なのであった。グリーン家の付き人達からは呆れの視線を向けられていた。当然彼は努めて気にしなかった。
体格はこの部屋の中で最も大きい。口ひげも髪の毛もきちんと整えられており、不潔感はない。やや砂埃で汚れていたが、ここに来るまでに可能な限り叩いてきたのだけは解る。腰元にはやはり剣を差していた。帝国の正規兵に与えられている剣であった。戦場ではほぼ役に立たないが、身を守る最低限の武器として機能している。
ボルトはフラメアよりも頭一つ低い女性であった。フラメアと同じ服装をしているが、色だけは明るい中黄色であった。髪の毛は後ろで一つに纏められている。瞳の色は、鮮やかな黄色。金色に近いが輝きは薄い。笑顔も相まって太陽のような明るい印象がある。
背中に背負っている巨大な剣だけが異様である。剣は柄と鍔の部分が巨大になっており、刃の部分には無数の飾りが付いている。更には鍔の部分にも取っ手がついていた。これでは何も斬れそうにないが、戦闘時、彼女はこの雷斧ボルトを振るい自在に戦場を駆ける。
「あ、フラメア姉さま!」
ボルトはフラメアの姿を認めるとぱっと笑顔を花咲かせて駆け寄る。走るボルトを見てフラメアは困ったように笑った。
「ボルト、陛下と女神さまの御前ですよ」
「あ、はっ! 失礼いたしました、国王陛下、女神様! インソムニア=ボルト、御身の前に!」
フラメアに窘められ、棒を飲んだような姿勢で声を張り上げる。
その姿を見てメグリは思わず吹き出す。ソイルも同じように笑った様子だった。ソイルは軽く咳払いをしてから、敬礼を行う。
「ソイル=イツマ=L=グリーン、御身の前に。それで――陛下、女神様、本日は何用に御座いますか」
「よろしいでしょうか、陛下」
「女神さまの御心のままに」
女神から態々許可を頂けるかと尋ねられ、メグリは困ったように返答した。
女神は満足げに頷き、静かにその指を地図へと伸ばす。細く、白磁のような指先が触れた先は、地図の西端、迷いの森と呼ばれる領域であった。
「魔皇の波長を感じました、場所はこちらです」
その一言でメグリ以外の三人の顔に緊張が走った。
「剣の力を使い、この場所へ精鋭軍を送ります。森の中であり、正式名称で呼びますが、エルフの抵抗が予想されます。魔皇の力に汚染されていることでしょう」
「魔皇が率いている耳長の亜人と森の中で交戦、ですか……ぞっとしませんな」
ソイルが真剣そのものの表情で曇らせる。森で耳長に対抗するの愚策であると知っていた。
耳長の亜人、エルフたちは森の種族であった。平地であるのならば一対一でも十分に勝ち目があるのだが、耳長たちは全員弓の名手であり、更に森に隠れるのが上手だ。森の中で彼らに勝利しようと思うのならば、最低でも相手一人に対して十人以上――兵種によっては三十人以上の戦力が必要となると考えていた。精鋭と言えどそれは変わらない。
「申し訳ございません、確認ですが――亜人どもは皆殺しでよろしいでしょうか? 魔皇の影響下にあるとすれば、早急に排除する必要があります」
「勿論です」
フラメアの疑問に応じたのはメグリだった。彼女は少し不思議そうに彼を見やった。
メグリは国王として頼りないところもあるが、効率という観点においてはこれまでの国王の追随を許さない。文章の簡略化、物流作業の単純化等、功績は多かった。敬語が多いのは不満ではあったが、会話も本質を素早く話して時間の無駄を出さないことを目的としている。亜人の人的資源というものへの計算が働かないとは思わない。増してや相手は耳長、エルフである。
「ただ彼らも魔皇の思想に汚染されているだけの可能性は十分にあります。無抵抗で投降するものは捕縛してください。悔い改めるのならば、女神様の恩寵を受けられはしませんが、その威光に触れる栄誉は与えてよいでしょう」
「陛下はお優しくあられる。可能な限り、でよろしいでしょうか」
「無論、最も重要なのは皆様の命です。無抵抗で投降する者に限ってよろしい。残りはできる限り」
フラメアは一つ敬礼をした。敬意に溢れたものであった。
「ソイルさ――殿、兵の数はどれほど運べますか。また、時刻はどれほど必要でしょうか」
「まずは陛下、女神様へ賞賛を送らせていただきます。私の代は皆、勇者としての素質は然程高くはなく、私も精々一度に百人程度しか運べないのですが――」
ソイルは少しだけ眉を潜めた。自らの不甲斐なさを嘆いていた。
「今日は次代当主の候補として、三男のジオを共にしております」
「ああ、三男の。ついこの間まで小さな子供でしたが、立派に成長されましたか」
女神が手を打った。勇者の家系に子供が産まれた場合、その子は女神に直接会わせる名誉を与えられるため知っているのだった。
「まだ十六ですので子供は子供ですが、強く育っております。長男指導のもと、匪賊討伐ですが実戦経験も積みました。何より長男、次男よりも遥かに『剣』への素質が優れております。儀式の際には大岩ばかりでなく、その後ろにある湖まで裂きました」
グリーン家、剣の勇者には十歳になると同時に儀式を行う。剣の適性を調べるものであった。尚、グリーン家では剣への適性が高いものが次代の当主となる。
家には大きな湖があり、そこに大きな岩を置く。その岩に向かって女神の神器である剣を振るうという儀式であった。岩をどれほど切れるかで適性を決める。
ソイルはその岩を切ることはできたが、割ることはできなかった。それほど適性が高くないという証明であったが、兄弟では最も優れていたため、現在当主となっている。彼の三男であるジオはそこで溢れるほどの適性を見せた。
「素晴らしい。初代の勇者様と同等の素質ですね」
「彼ならば一度に五百か六百までは運べるでしょう。距離も稼げます。発想も柔軟で面白いものが多い。次男とよく盤面遊戯をしているのですが、砲で砲を叩くというのは私には思いつきませんでしたな。時刻は三時間――いえ、二時間いただければグリーン家は準備を整えられます。帝国軍に関しては」
「二時間ですね。承知しました。ではそれで準備をさせます」
メグリは即応した。自ら守衛に伝えに行こうとしたところをフラメアに止められ、最も扉に近いボルトに指示を出させた。
「演習は即時中止、遠征準備を行うよう指示を。一時間――では厳しいか。一時間半後までに兵站準備を軍務へ通達。第二種を二割増しで適用すること。武装含める物資に関しては一時間後までに手当する。遠征開始は二時間後。以上、即時伝達!」
「復唱します。演習は即時中止、遠征準備開始。軍務へは二時間後までに第二種兵站、二割増しで適用。武装は一時間後までに手当。以上!」
ボルトが復唱し、それを守衛に伝達する。メグリとしては二度手間のように感じた。執務室は広いが、歩くのがそれほどの手間になるとも思えなかった。口には出さない。
守衛は再び二人、伝達の為に去っていく。当然城内を走ることはないが、足はやや急いていた。
「ソイル殿、グリーン家の皆さまの準備を。集合場所は演習場でよろしいでしょう。すぐに食事と医者を手配します」
「承知いたしました」
演習と言えど真剣に戦う為怪我人は出ることは珍しくない。無論医者は常駐しているが、二時間の間に休息と食事を済ませるとなると、猶予はほぼなかった。人数を増やして対応するほかない。
身綺麗にしたいものもいるだろうし、洗い場も解放せねばならない。手配ばかりではなく自分の体も動かした方が早いな、と考えていると、フラメアとボルトがじっと見ていることに気が付いた。気が付かぬふりをした。
「ああ、そういえば会食がありました。ブルー家当主様に謝罪の連絡を……」
「私もご同席しますよ、国王陛下」
「女神さまのお手を煩わせるほどでは……」
「魔皇の波長を感じたのは私ですから、説明の義務が御座います。それに、グリーン家の皆さまに重傷者がいたら聖水をいただかねばなりません」
「それは確かにそうですが……」
メグリも考えてはいたが、厚かましい御願いをすることになるなと暗澹たる気持ちにはなっていた。
だが女神が共についてきてくれるというのならば心強い。
「フラメア殿、物資手配を頼みます。森での戦闘でしょうから槍は少数で。相手は矢が中心ですので鎧よりも盾を中心に、鎧の類は大鎧を五十名ほどで。最悪火を使って森を焼き払っていただきます。火力はフラメア様の剣を頼りますが、携行品に松明と――」
「は、承知しました」
「ボルト殿は食事と医者の手配を。食事の方は必要なら街から買い付けて貰っても構いません。薬草類も足りていませんので、こちらもあれば」
「承知しました」
てきぱきと指示を出し、メグリ自身も動き出す。通路を行く間、守衛たちに次々指示を出していく。
二時間という時間は瞬く間に過ぎ去っていった。
それはすなわち、戦いの始まりを意味していた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
苦労の多そうなメグリ陛下。
誰にとっても、命の価値は等価ではありません。




