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女神たちの会議_01

 十時五十分になると、メグリはようやく執務室へと戻ってこれた。

 グリーン家当主からは小隊長を一人の他、軍曹を一人つけるようにと言われた。小隊長は新人でも構いませんが、軍曹は歴戦を一人、おつけしてください。貴重な実戦経験の機会です。また、可能であれば人間も五人以上つけると良いでしょう。ソムニアの隊は素晴らしいですが、人間とは勝手が違っております為――。

 理由について詳しく説明され、思ったよりも戻ってくるのが遅くなった。本来ならば半になると同時に切り上げて戻ってくる予定だった。

 執務室には相変わらず女神が佇んでいた。だが普段通り机に座っておらず、掃き出し窓からテラスに出ている。

 珍しい。メグリは素直にそう思った。テラスからは演習場が眺められるし、軍事演習を眺めていたのだろうか。グリーン家の行う演習は普段の演習と違い、実戦に近いものとなる為迫力がある。

「――女神様?」

「グリーン家の御当主様、それにインソムニア=フラメアとボルトを、至急ここへ。ボルトは帝都警邏中ですが呼び出しを」

「何が御座いましたか」

 女神の言に逆らうようなことはしない。即座に扉の前の守衛に指示を出しに行くつもりではあった。

 だが女神の命令と言えど理由は必要である。特にグリーン家当主は実戦演習中だ。女神の呼び出しならば応じないわけがないが、確実に『女神の勅令である』と解るだけの理由が必要であった。

「魔皇の波長を感じました。所在も確認しております」

「即座に。守衛、女神様より重大な話があるとグリーン家当主をこちらに、仔細はこちらで話す。迂闊に話せない程重要な内容であるとお伝えを。フラメア様――ではないか、フラメア殿とボルト殿も同様に。ああ、フラメア殿は女神さまの直衛です、最上階に居られるはずです。ボルト様は帝都警邏なので、少し遅れても問題ございません」

「承知いたしました。……国王陛下、我々への敬語はご遠慮いただければと存じます」

「……」

 メグリは困った顔をした。守衛の2人は敬礼を行い、その場を去っていく。

 直後に近場の窓を守っていた守衛が2人、扉の前につく。伝令が出た場合は即座に守衛の補充が行われるようになっていた。戻ってきたらまた交代することとなる。執務室直属の守衛は順番で行われていたが、彼女らにとっては最も人気のある仕事であった。

「すぐに来られるはずです。それで女神様、場所は」

「方角は西、位置は北方――最も離れた地点でよいでしょう。森の波長です。山脈や海ではありません。……ここ、迷いの森と呼ばれる場所です」

「やはり、西ですか。東にないだけよいかもしれません。腐火纏いと手を組まれずに済みます」

「行幸でした。国王陛下、軍はどれほど動かせますか」

「すぐに動かせるのは近衛、精鋭軍のみです」

 メグリは軍事には疎い。だが王の当然の務めとして、軍隊については把握していた。奇々怪々の軍の世界については解らないが、どこに何が配置されているかは知っているのだった。

 現在の軍は都市の防衛や警邏に裂いている。だがそれとは別に近衛兵が存在している。僅か五千名と数が少ないが、近衛は帝国軍の中でも特に精強である。

 精鋭軍は文字通りの軍であり、人数は少ないが最も強靭な軍であった。帝都、特に聖堂や王城といった重要施設の防備を担当している。帝都においては現在犯罪もない為、精鋭軍であるのならばすぐに動かせた。

「精鋭、五千――流石に即座に動かすとしたら剣の力が必須です。運べて五百と言ったところでしょう。インソムニアの2人、王城と聖堂の防衛は最低限として、ソムニアを五十名出します」

「上層の防備以外を残った精鋭軍に任せましょう。問題はないかと。残った精鋭軍に都市の警邏を行わせます。ボルト様の代わりは務まる筈です」

「そのように」

「後は一つ、伺いたいのですが」

「なぜ私が直接出ないのか、ですね」

「はい」

 魔皇は強い。先の大戦の情報は正確に伝わっている。

 その中で女神の役割は大きかった。女神自身が出撃することで勝てる戦も多かったのである。いや、魔皇自身と正面切って戦う際には女神の助力無しで勝てた戦いは皆無と言ってよい。

「私が出れば、被害は制御できません。勝てぬと見た魔皇は、攻撃目標を私から人類全体へと切り替えるでしょう」

「……」

 メグリは難しい顔をした。それは考えられる。もしもそうなった場合、被害は数千で済めば少ないほうだろう。

「当然、勇者やソムニアの力を借りるにしても、人の営みが保てねば本末転倒です。単独での戦闘能力ならば魔皇は私を上回ります。腕一本と言えど、その脅威を無視するべきではありません」

 女神は断定した。全くその通りだった。逃げに徹されれば追うのは難しく、その上その後どれだけの虐殺が起きるか解らない。

 これはメグリと言えど同じことをする。勝てない戦いからは逃げ、逃げ切れないのならば嫌がらせ。不思議な話ではない。

 そこまで決めたところで、扉の前から誰何の声が上がった。

「女神直属騎士、インソムニア=フラメア。女神より緊急命にて参上。お取次ぎを願います」

「暫し待て!」

 声が終わると同時に扉が叩かれ、開かれた。守衛が入り、敬礼を行ってから声を放つ。

「フラメア殿、参上しております。入室の可否を」

「そのまま入れてくだ――通せ。ああ、武器もそのままで」

「承知いたしました!」

 声を張り上げ、再び敬礼を行い扉を出る。続けて入って来た女性は、やはり美しい見た目をしていた。

 インソムニア。女神直属の四人姉妹であり、それぞれが交代制で任務にあたっている。女神の直衛、帝都の警邏、さらには公国や共和国での実戦。特に共和国における銅の腐敗戦線では、彼女らの戦力は極めて重要とされていた。

 彼女らは人間よりも優れた能力を多く持っていた。一例として非常に高い戦闘能力があげられる。武器が無くとも、単独で十人以上の精鋭兵に匹敵すると言われていた。彼女らには専用の武具があり、その武具を持った際の戦闘能力は一個大隊に匹敵する。

 見眼麗しいその姿には、やはり装飾は殆どない。薄紅を基調とした服装をしているのが唯一のお洒落であった。背中に金で描かれた女神の文様がある。だが布の質感は明らかに戦闘用であった。関節の可動域を邪魔せず、装甲のような織りが織り交ぜられている。

 純白の髪の毛と真っ白な肌は女神と同じくくすみ一つない。腰まで伸びた髪の毛は頭の根元で二つに纏められている。瞳だけが真っ赤に染まっていた。腰元に差された剣こそが彼女専用の武装、炎剣フラメアであった。彼女自身と同じ名前の武装は、女神が直接造ったものである。

「インソムニア=フラメア、御身の前に」

「フラメア様、ご説明をさせていただきたいですが、他にもいらっしゃいますので――」

「……陛下。進言をお許しいただけますでしょうか」

 執務室へと入り、フラメアが敬礼を行うと、メグリが説明をしようとする。

 フラメアは困ったように息を吐き、メグリは自らの失態に気が付き頭を抱えた。だが、とりあえず何も応えていないことのほうが問題だと即座に切り替えた。

「……どうぞ」

「幾度も申し上げておりますが、どうか敬語はお控えください。陛下はこの帝国を導く王であり、勇者にして我らの上位たるお方なのです」

「そうは仰いますが、貴方方は帝都、そして女神さまの防衛を担っておられます。私よりも遥かに重要な任務を――」

「……下の者にも示しがつきかねます。重大であるのは当然ですが、陛下。陛下の御身の防衛も重大な任務であるとご認識いただければ」

「ぅぐ……」

 フラメアとメグリのやり取りを、女神は面白がるようににこにこと眺めていた。口を挟むつもりはないようだった。こういう時、女神に助けを求めても無駄だとメグリは良く知っていた。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

戦いなんて嫌がらせの上手いほうが勝ちますので、逃げに徹されるとどうしようもありません。

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