銀の魔皇_02
「ま、どのみちこれだけ強固な繋がりとなってはもうどうしようもないな」
「……?」
「数時間のうちに女神の軍が攻めてくるぞ。恐らくこの周辺は全滅するな。俺の腕を得るために」
「はぁ!?」
ゼルクの絶叫が虚空に消える。なぜ、どうしてという疑問が頭の中を空回りした。
「お前と俺の相性が良かった、と言えばいいか。正直なところ、体格と骨の歪み程度とはいえ……順当に成長すれば92%俺と一致するなど、奇跡と言っていい一致だ。生物の体格が完全一致するだけでも相当の確立だというのに。だがその偶然が今回は悪い方向に働いた。女神に俺の力の覚醒を知られ、俺の腕がある場所も見つけられたか」
「……アンタを、殺しに……いや、腕を壊しに来るってのか!?」
「大差はないが、目的は回収だろうな」
「そこにいるエルフの皆は!?」
「皆殺しだ。奴は人間以外には容赦も慈愛もない」
魔皇の断定に容赦はなかった。一切の虚偽なく、彼はそうなる未来を予見していた。
「とはいえ女神本人が来る可能性は低いだろうな。奴が来るなら俺は嫌がらせに徹し、人間数千名までは殺すからだ。その犠牲を女神は容認できない。それは奴の明白な弱点だ。だから俺はそれを徹底してつく。俺の腕を使い、お前の体を乗っ取れる限り乗っ取り、行えるだけ行う」
「……の、乗っ取るって……」
「お前に解りやすく言うのならば、寄生虫だな。見たことがあるだろう?」
ある。魔皇にそう答える前に、魔皇が虫を出した。カタツムリと呼ばれていたそれは、雨季に村でもよく見かけた。見かける度に取り除き、村を綺麗にして回ったものだ。
だが半透明の体には色鮮やかな角が生えている。村の外壁にいたものにはない特徴だった。森の中で偶に見かけたが、クラウやオーラからは、他の虫が寄生しているのだと教えられた覚えがある。そうすると角が生え、自ら何もできなくなるのだと。
人間に寄生するものもいるから、食べ物はよく火を通さねばならないよという冗句を真に受けて、暫くゼルクは果物や野菜が食べられなくなった。
「似たようなことなら俺もできるからな。ああ、安心しろ。必要が無ければやらない」
「必要があればやる……のか」
「もうどうしようもない状態という事だからな。女神軍だけならば――この里一つが地図からなくなる、その程度で済むだろう」
「……なく、なる」
ゼルクの脳裏に燃えた村が蘇る。なくなる、ということはああいうことだ。いや、きっともっと酷いことになる。
「ど、どうすればいい!? 皆を……皆を、逃がさないと」
「それは心配いらない」
言いながら魔皇は右腕を振るった。虚空に窓ができ、そこには眠る黒竜ウルシュが映っていた。
辺りには他に誰もいない。窓が勝手に移動するが、少なくとも目に見える範囲には。
「ウルシュが既に手を打っている。奴の軍略は的確だ。少しばかり私情が混ざるが、基本は論理の権化だからな、この世の竜という奴は。俺の腕さえ手に入れば、後は周囲のエルフだけ殺して終わりの筈だ。最も遠い避難所にいるエルフは生き残るだろう」
「こ、殺してって……なんで……」
「疫病に感染した者は焼却処分が妥当だろう」
「――」
淡々と述べる魔皇に、ゼルクは絶句した。魔皇は自らの体がどうなるかに興味などなく、結果として巻き起こる破壊にさえ興味が無い。
だがそんな超越者の話など今はどうでもいい。ゼルクは即座に意識を切り替えた。燃やされた村の二の舞だけは起こしてはならない。それが避けられないものだとするのならば、どうすれば被害を最小限に抑えられるのかを考えねばならない。
「――どうすれば、いい? どうすれば皆、死なないで済む?」
「思ったよりも衝撃に慣れてる。論理、合理、感情、人間はこの辺りが読めんのだ。――さて、どうすればいいのか、だったか。この相手はお前の村を襲ってきた連中とは全く練度が違う。向かってくるのは間違いなく精鋭中の精鋭たちだ。それであっても森の中のエルフが相手ならば苦戦を強いられるだろう。お前ならばどうする?」
「そんなこと……いや……森を、無くす、無くせるなら」
ゼルクは必死で考え、数秒で答えを出した。彼の経験値ならば難しいことではなかった。
魔皇は少しだけ黙った。驚いている様子だった。それから右手を振り、窓の向こうに燃えた村を映し出して納得したように頷いた。窓が消える。
「よく見たな。戦いとは常に相手の思考を読むところから始まる。そうだ。火力に関しては、さて、奴がどんな兵器を造ったか、となるな。森を全焼させる程度の火力は出せるはずだが……」
「……生きてる木なんて簡単に燃やせないだろ。雷みたいな火力が無いと」
「俺にもできんことはない。奴ならできる。そう考えろ。奴らは絶対にエルフ相手に対等に戦うような真似はしない。間違いなく勇者も出てくるだろうし、切り倒すというのも考えられるが余分が残るからな。やはり、燃やすだろう。ウルシュも戦うだろうが、勇者が相手では分が悪い」
「勇者――」
嘗て、勇者という言葉がこれほど忌々しく響いたことはなかった。
だがゼルクの脳裏にはまず疑問が浮かんだ。勇者たちがいる場所を思い出したのだった。
「え、あ、いや、待ってくれ……帝国の勇者様……勇者が出てくる……のなら、時間……数時間で、なんて、ここは帝国じゃない」
「ああ、そうだな。剣の勇者は空間を裂くことで、軍をどこにでも運べる。限度こそあるが、最大で五、六百人なら問題なく運ぶだろうな。いいか、精鋭が最大で六百人だ。そして奴らに容赦はない。戦いにおけるもっとも重要な要素を兼ね備えた連中がな」
「……重要な、要素」
「鉄の量、そして容赦のなさ。相手の嫌がることを徹底的に行うのが戦いというものだ。正々堂々等とくだらん真似をしてくる連中じゃない。一切の感情を排した合理、論理、狂気の集合体が来ると思え。殺せるときには殺し、より多くを殺せる瞬間があればより多くを殺す。誰かを生かして捕えるなんてのは最後の最後に余裕があれば行うにすぎん。そういう精鋭が来ると思え。物事は常に最悪を想定しろ。この状況でどうすればいい、とお前は問うた。逆に問うぞ。どうすればより多くを生かせると思うのだ?」
ゼルクは答えられなかった。彼は村から逃げ延びたが、戦略眼などというものは持ち合わせていなかった。
顔を覆い、嗚咽を堪えながら必死に考える。どうすればいい。相手は絶対にこちらを逃がしてくれない。
絶対に殺す。全てを燃やし、情け容赦なく殺し、何もかもを滅ぼす炎が来る。そんな状況で、どうすればいいか――。
「少数を犠牲にして大勢を生かす、これがウルシュの基本戦略になる」
「……え」
「要は奴らが戦果を挙げればいいのだからな。ウルシュはそのために自分の命さえ犠牲にするだろう。エルフが……そうだな、千人も死に、黒竜が死に、俺という腕を回収するか、逃げられるかすれば――軍は引き上げるだろうな」
「だっ――だめ、だ、そんなの! 全員で――全員で逃げれば!」
「追いかけてくるだろうな。数時間でどこまで逃げる? この周辺だけでなく、全ての森を燃やせば、それこそ誰も助からず、何も生き残ることはない。どちらを選ぶ。全員で死ぬか、少なくとも未来につながる人数を生かすか」
魔皇の問いかけには容赦がない。一切の感情を排した声に、ゼルクは気圧されていた。
けれども彼の問いかけは紛れもなく何もかもが正しい想定だ。そうなるだろうという未来予想図に他ならない。ゼルクはとうとう涙を零しながら、途切れ途切れに声を上げた。
「……じゃあ――俺が、腕を……腕を、渡せば……それで全部終わるのか? 皆、助かるのか?」
「無理だろうな」
「なぜ!?」
「知性ある生き者の最大の娯楽は、他者への攻撃にあるからだ。亜人というカテゴリを態々造り、奴らは攻撃してもいい他者をつくった」
魔皇は淡々と語る。ゼルクは息を荒げてそれを聞いていた。
「命は救われるが支配に変わる、それだけだ。名目など幾らでも作れる。誰がどれほど傷つこうが、女神の庇護下、許された狩りを行うだけだ。この地に魔皇の腕が長くあったというのなら、俺の影響がどう出ているか解らない、というのが解りやすいな。そしてこの地を橋頭保とし、南への進軍を開始する。数は少ないが挟み撃ちにできれば、帝国の支配は恐らく十年は早まる。エルフたちを得られるのならもっと早い」
「……じゃあ」
じゃあ、どうしようもないじゃないか。ゼルクは顔を覆って思考を停止しそうになった。
ダメだ。頭を振り、顔を上げる。だめだ、それはダメだ。あの日、何もかもが燃えた日に、思考を停止してネガトを追いかけたから結果はもっとひどくなったんじゃないか。あの時、せめてネガトを見捨てられていれば。訓練通りに逃げていれば。
それこそありえないが、もしかしたらもっと大勢とここにまで来られていたかもしれない。
畜生。
またも奪われる光景を目にするのか。なぜ、なぜだ。何が悪かった。いいや、違う。そんなことは後でいい。今はどうするかを考えねば。
「そ――そ、っいつら、を。そいつ、らを、全員、倒してしまえば、それでいいのか?」
「一番速いな。まあ、逃げられるだろうが、時間は稼げる」
「できるのか!?」
「不可能に近い。精鋭軍に勇者。俺がいるならばともかく、俺の腕を得たばかりのお前とエルフ、それに傷ついた竜ではな」
「っ――いや、いや、不可能ではない!?」
「お前がこの牢獄から出るまで、残りは半時間程度だ。要は眠っているだけだからな」
魔王の話は明後日の方向に跳んだ。ゼルクは眉を潜め、続きを待つ。
「その時間で可能な限り力の使い方を伝授しよう。その力でどれほど守れるかやってみろ」
「……力……」
「力なければ奪われるだけだぞ。これは当然だ。逃げて得られるのはお前の命だけだ。他の命を守りたいなら――侵略に対抗したいなら、力をつけろ。力がなければ、誰も話など聞かない」
「力が、あれば、守れるのか」
「世を制すのは暴力に他ならん。相手が弱いなら奪ってしまうほうが早い。時間は常に有限だからな。そして、いつかその暴力が必要なくなる日が一日でもできるのなら、それこそが新たな時代の幕開けだ。それはあらゆる生命が分け合うことができるという事に他ならない。つまるところ、暴力とは、正しさすら代行できる便利な装置に過ぎない」
ゼルクは涙を流したままに立ち上がった。乱暴に涙を拭い、魔皇を見据える。
その眼には、今までにない力が宿っていた。
「頼む、魔皇。銀の魔皇。侵略に対抗する力をくれ」
「付け焼刃だ、無理はするなよ」
魔皇は言葉を放ち、虚空を蹴る。ゼルクは自らの体が吹き飛ばされるまで、蹴られたことすら分からなかった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
どんな状況であれ、忘れてはならないこと。『他人がいる』ということです。実は結構忘れられます。




