世の中色々
エルフたちがどう扱われているかはここを見ただけで解る。
だがゼルクはそれを聞いて薄く笑った。自虐的な笑みだった。奪われただと。そういうあなたは五体満足じゃないか。
「なら、貴方は」
「あ?」
「――貴方は村が焼かれ、共に暮らしてきた家族や友を殺され、腕を落とされた人間の気持ちが解るとでもいうんですか」
蘇るのは炎の記憶。助けられなかった者たち、逃げ出した自分。思い出すだけで吐き気がする。
エナムが表情を歪めた。彼の後ろにいる二人も少しばかり表情を歪めた。それでもエナムが口を開こうとしたとき、ゼルクの後ろから驚愕の声が飛んだ。
「これは驚いた」
クラウだった。言葉はゼルクに向いている。彼が振り向く前に、続く言葉は紡がれた。
「ゼルク、君に自分の不幸を自慢する癖があるとは知らなかった」
「――っ!」
クラウに言われ、急に気恥しくなり、外套で顔の下半分を覆ってしまう。自分が何を言ったのか理解したのだった。
それも、自らの不幸なんぞ霞むほどの人生を送って来た者たちが大勢いるであろうこの場所でだ。不幸の度合いは測れるものではないが、自らの不幸と相手の不幸を比べてどうしようというのか。自らの方が不幸だというのならば、どうして欲しいというのか。
「ご――ごめんなさい。皆さんの事は聞いていたのに、そんな風に言ってしまって。ああ、もう……」
「あ……いや」
「うん。自らの不幸を自慢して他人の同情を買おうだなんて、君の格を下げるだけだ。やめておくといい」
「……はい」
クラウに窘められ、ゼルクは素直に頷いた。それからもう一度頭を下げる。
「それで、その。すいません。あなた方がやられたことは……聞いてはいますが、解りかねます」
「……」
「けれど俺はそういったことをしない人間であると、約束します」
正面からいうと、エナムは少し顔を顰めた。
憎しみを抱くのは簡単だ。ゼルクにも強く嫌悪の感情を抱く相手はいる。村を襲った者たちはどうあっても許せそうにない。
けれどもゼルクが許せないのは『襲ってきた相手』でありそれ以外の盗賊や山賊といったものたちの全てではない。無論のこと強盗、山賊自体が許せないというのも間違いはない。だがそうなった経緯や事情があると、その話を聞くことはしたい。
もちろん、すべての事情に付き合うほど余裕はないし、耳を傾けたところで勘案できるかはまた別の話だ。それでも、ただ一括りにして敵と決めつけるのは、やはり違うと思いたかった。
エナムとて人間全部が許せない相手だと思っているのが楽なのは間違いないだろう。だが幸いにしてゼルクには時間的余裕も、こうして話し合うだけの余地もある。そうであるのならば。そう思いたい。それはあの夜、火に巻かれてすべてを奪われた少年にとっては重大な選択だった。
「特にエルフの方々には。できれば――こうして話し合いで解決、できないでしょうか。まだ皆に認めてもらっているわけではありませんが」
「……」
エナムが苦々しい表情をした。自分よりも遥かに若い少年の決断について思うところがある。
ただしそこからの展開はエナムにとっては完全に予想外だった。エナムが自分の髪をかき上げ、大きく嘆息したところでセリオンがゼルクの頭を軽く叩いたのだった。全員の視線がセリオンに集まる。ゼルクは当然軽く頭を抑えていた。ノートの頁が開かれている。
『あなたは悪くありません』
「……ん?」
『喧嘩を売られたのなら殴ったところで問題はないかと思います』
「……あの、セリオンさん?」
「何々なんて書かれてんの?」
ハーラが興味深そうに覗いて、眉を潜めた。ゼルクと似たような反応だった。
ゼルクもいつの間にか顔から熱が引いている。恐らくは書いてあることに衝撃を受けたのだろう。妙に冷静な考えが頭の片隅にあった。
『ゼルクさんはまだ子供なのですから責め立てること自体が間違っています。見た目、年齢以上に頭は回りますが、それはあなたが子供でないという話にはなりません』
『寄って集って子供一人いじめて行商どころかエルフとしての誇りは無いのですか』
最後の頁はエナムに突き付けられた。エナムが完全に言葉を失っていた。
ゼルクの頭には疑問が浮かんでいた。既に手帳に書き連ねられている以上、これらの文章は既に書かれていたという事になる。少なくとも、先ほど書いていた様子はない。
「あの、セリオンさん、これっていつ書いたんです……?」
セリオンが片方の眉を跳ね上げ、頁を捲った。
『絶対にいるだろうと思っていましたので、彼』
「……予想で書いた?」
セリオンは頷いた。彼女の頭の良さは知っていたが状況と展開まで読んでいたというのだろうか。
ゼルクは頭を抱えそうになった。ハーラが左手で口元を覆い、無言で笑っていた。クラウが驚愕と呆れをない交ぜにしたような表情を浮かべていた。もっと言ってしまえば達観しているようだった。
「あ、いや、その、セリオン……」
エナムは完全に気おされていた。向けられていた悪意や威圧感は、ゼルクがしっかりと目を見据えて言葉を紡いだ頃から薄れており、今や完全に霧散しきっている。
「い、いや、だがな、そいつは結局――」
「もういいだろエナム。人間だって全部が全部俺らを奴隷扱いするわけじゃねぇーって」
「まあ我々の商売ってそういう連中の伝手も使わないとやってられないからな……」
エナムの後ろにいた2人が呆れの声を上げた。それから少し前に出て、頭を下げる。
「ヨルドだ、ゼルクさん。初めまして。貴方のことについては少し聞いている。――ま、里長も悪意が全く無いわけではなさそうだったが」
「はん、長は夢を見過ぎだろ。ああ、パルウェルだ。どうぞよろしく。人間だからって色眼鏡で見る余裕なんぞないっての。なぁハーラさん、ぶち殺――ぶちのめしたくなるのって別に人間に限らねぇよなぁ?」
「あー解ります解ります。値切り交渉してくるバカとか、原材料費が幾らとか言うバカとか、最初の交渉と全く違う条件を提示するバカとか。目玉を抉って耳を貫きたくなりますよね!」
「だろ? なぁエナムよ。種族単位で見てたら、俺ら多分同胞も時々蹴り飛ばすことになるぞ。そう思わねぇ? そりゃここはドリュアードだって豊富だが、苔だって無限にあるわけじゃないし、それを貰うのに神経を使うっての解ってない同胞もいるわけだ」
「ぐっ……お前ら……」
「あの、クラウ兄さん」
「ゼルク、世の中いろいろだ」
クラウがゼルクの肩を叩き、軽く頷いた。何もかもを諦めた表情だった。似たような経験をしているに違いなかった。なぜか深く聞こうとは思わなかった。
「つーか俺らお前の色恋沙汰に巻き込まれたくねぇんだよ。後前も言っただろ、他の価値が下がってもお前の価値は上がってないんだっての」
「バッ、お前、パルウェル! 言うな!」
「……色恋沙汰?」
ゼルクが眉を潜めた。色恋沙汰。何の話なのか。
ゼルクには全くもって縁のない話であった。少なくとも本人はそう思っており、嘗ての村人たちの苦労が偲ばれる。だがなんとなく思い出すのはアエリアの顔であった。当然のように鼻の奥に火の匂いが思い出され、微かな吐き気を覚えた。
セリオンが大仰にため息をつく気配があった。そちらを向くと、手帳の別のページが開かれていた。
『以前求婚されました。断っております』
「――えっ? そうなの?」
色恋沙汰のことさえよく解らないゼルクには、当然求婚について解るはずもない。夫婦の理解さえ怪しかった。何せゼルクの父は彼が今より幼い頃に死んでいる。
だが漠然としたものはある。動物の番については理解できたからだ。好きあった者同士が契りを結び、子を成す。尚方法については当然知らない。虫が固まって飛んでいるのを見たことはあるが、動物の交尾などは大体大人の世話だった。
「ん、あれ、断られたってことは……」
『何度も言いますが、断ったのだから諦めてください』
ゼルクが無垢に視線を向けるのと、セリオンが手帳の別の頁を開くのとはほぼ同時だった。
「そうだよ。お前が悪いよ、エナム」
「人間と仲良くしてるからってその人間に悪意を向けるのはどうなんだ、本当に」
「うっ――うるせぇえええええええええ! ちくしょおおおおおおお!」
ヨルドとパルウェルにさえ責め立てられ、エナムは叫びながらその場を去って行った。残された者たちには暫く沈黙が落ちた。
暫くして沈黙を破ったのはゼルクだった。ヨルドとパルウェルを見ている。
「あの、なんだったのでしょう」
状況を要約すると、要するにエナムはゼルクに嫉妬して突っかかってきたということになる。
無論のこと人間に対する悪意は本物だろう。彼は行商として様々な場所を廻っている。三国での亜人の扱いは聞くだけでも胸が締め付けられるものだった。
そんな中、自分が惚れた相手が人間と仲良くしているともなれば少しくらい突っかかりたくもなるのだろう。当然ゼルクには一切の悪意が無い。エナムの空回りにしかなっていなかった。
「はぁ、全くもって若いものだ。成人は認められているんだが、まだ百三十だし、致し方ないか。実力はあるんだが」
「寛大に許して頂けると我ら行商隊は実にありがたいところだ」
「ええ……まぁ特に実害も無かったので構いはしないんですが」
「実害、なかったそうだ、パルウェル」
「いや、凄いな。見知らぬ因縁をつけられたのだし、正直なところ二度と口を利かないでくれと言われてもおかしかなかったぜ。ま、全部エナムが悪い。全部な」
ヨルドとパルウェルが苦笑いを浮かべる。セリオンが手帳を閉じた。書いてあるものは終わりであるらしかった。
そんなセリオンを見て、ゼルクは何となく笑い、呟く。湧いたのは悪戯心のようなものだった。
「……セリオンさんは素敵な人ですから」
「ああ、人を見る目もある。今日のところはエナムの完敗だ、これは」
パルウェルが呵々大笑する。そっと手帳をしまい込んでいたセリオンが一瞬だけ体を硬直させたのは、恐らく傍にいたクラウとハーラ以外は気が付かなかった。
ヨルドが話題を広げた。彼らも森に来たゼルクという人間に興味があるのだった。
「へぇ……聞きたいんだが、どういうところを見てそう思った? 口利けないだろ、セリオンは。正直なところ、対話には困るはずだ」
「え、ああ。森を歩くとき、必ず歩きやすい道を歩いてくれたので。腕のない、よく解らない見知らぬ人間を相手にです。俺が転んだのは一回だけで、それもセリオンさんから目をそらしていたからです。対処法も教えていただきました。それだけで十分です」
「ああ、セリオンはそのあたり気が利くからな。口が利けないだけ、行動と表情で示す。彼女の美点だ、よく解ってんじゃないか」
ヨルドが笑いながらゼルクの頭を気安く撫でた。それから気が付いたようにすぐに手を引っ込める。
頭を撫でられるのは嫌いではなかった。もう気軽に頭を撫でてくれる相手もそういない。ゼルクは照れたように笑う。
「すまん、つい里の子にやるように」
「いえ、嫌な気分ではありません」
「――そうかい」
ヨルドが優し気な笑みを浮かべる。パルウェルが一つ頷き、そっと膝を折り、ゼルクと視線を合わせる。
「君がどれほど苦しんだか我々には解らない。だが先ほど君が言った通り、我々もまた苦しんだ。互いに助け合える部分を助け合っていこう。君が歩み寄ってくれるなら、我々から手を差し伸べない理由はない」
「ありがとうございます、パルウェルさん」
「さっきのセリオンのいい点はエナムにも伝えておくよ」
パルウェルは笑い、立ち上がった。お願いします、とゼルクも笑って軽く頭を下げた。
2人は手を振ってその場を立ち去って行った。ゼルクが振り返ると3人がそれぞれ笑っている。
「よく頑張ったな」
「流石に疲れた顔してるね」
クラウがそういって頭を撫でた。ハーラが軽く肩を叩いた。
ゼルクは頷いた。流石に疲れていた。笑っているセリオンの顔が少しだけ赤くなっているようだった。理由は思い至らなかった。ゼルクは他人の美点を見つけ、それを褒めるという行為を全く特別だと思っていないのだった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
世の中色々です。




