感情的な言葉
「こんにちは。初めまして、ゼルクです」
「……知ってるよ、人間」
エナムは露骨に不機嫌そうにそう言う。明白に悪意を向けてきていた。人間である、というだけでは無い気がした。
おかしなもので、エナムの後ろにいる2人はそれほど敵意を向けてきていない。ゼルクよりもエナムになんというか、心配そうな視線を向けている。
「……何かご用事でしょうか」
一向に口を開かないエナムを相手に、ゼルクは不思議そうに尋ねた。だがエナムは益々視線を強めるだけで口を開こうとしない。
改めてみると、やはり美形だ。ところどころ顔にも傷が残っているが、それもエルフの持つ美しさというものを引き立てている。
鮮やかな銀髪は丁寧に整えられており、後ろで一つに纏められていた。長さは肩より少し長い程度だろうか。顔の模様も装飾が少ない。つり上がり気味の目は鋭い眼光を有しており、ゼルクよりも高い背も相まって中々威圧的だった。エルフ特有の通気性の良い服装を着ているが、装飾など余分なものはつけていない。
「あの、クラウ兄さん……」
「ああ、すまないが私も何の用事かは全く知らない。異邦のエルフというだけで、ゼルクの事を知らないかと声をかけられてね」
「あ、ひょっとして俺じゃなくてセリオンさんに用事? 一緒にウルシュさんのところ行ってたから……」
セリオンの名前を出すと、エナムの表情が少し緩み、ウルシュの名前を出すと少し歪んだ。
とりあえずは後ろにいるセリオンを呼ぶことにする。彼女は珍しい表情をしていた。白け切っている
「セリオ――」
「ち、違う! お前に用事がある!」
「――ン、さん……じゃないみたいです」
ゼルクはエナムに向き直り、セリオンは軽く肩を竦めた。
「それで、あの……」
「……お前、魔皇の――いや、どうやってこの森まで来た」
「空中に黒い糸が見えます。ウルシュさんの話では――」
「ウルシュ様だ。敬意を忘れるな」
「――はい。どうにも魔皇様の放つ波長や信号のようなもので、それが見える人間は限られるそうと、ウルシュ様は仰っていました」
ゼルクは素直に頷いた。以前ハーラに言われたことを思い出していた。身近にもいらっしゃるんですね、ハーラさん。
だがウルシュは確かに彼に様などと敬称を点けるなと言った。理由を尋ねたら、友に態々敬称を点けて呼ぶ奴がいるのか、と実に詰まらなさそうに言われてしまった。
「で、黒い糸? 魔皇様の波長だか信号だが、それが見えてるってのか?」
「はい。森の中も迷わず歩けました。人間以外にも見えるそうですが、今のところは俺を含めて二人だけということですね」
「ああ、フィルだな。はっ、里長は嫌ってたが、俺としてはお前より信用できそうだね」
「どういう方だったのですか?」
ゼルクは思わず距離を詰めて尋ねてしまった。エナムは思わず一歩引いた。ウルシュから聞けなかった事だった。
「……戦える奴だ。人間を全員殺すとまで言っていたそうだ。俺は又聞きに聞いただけだが、正直会ってみたかったね」
「――」
ゼルクとしては呆れた気持ちだった。同時に衝撃も受ける。そんなことを考えられる者が居るというのが驚きだった。
全員殺す。だがフィル自身も人間の筈だ。最後には自らの命も投げ出すというのだろうか。だとするのならば、一度会ってみたいと思う。
「……本当にそう言っていたんですか?」
「俺は会った事が無いって言ってるだろ……! だがあの言葉に勇気づけられたエルフ達だっている。嘘じゃない」
ゼルクが口を開こうとして、後ろから肩を叩かれた。セリオンだった。
振り向くと、ノートの頁が開かれている。ゼルクが受け取り、内容を読む。
『皆死ぬのです。であれば私が殺して何の問題があるのでしょう? 銅の腐敗はいずれ世界を滅ぼす病です
ですが病とは常にそうあるよう、再生の為の過程に他なりません。違いますか? 竜はそれを知るからこそただ見守っている。勿論その先にどう再生するか、何が再生するかなどはあなた方にも解っていない。
私の家族はその先駆けだったのです――そう、そうに違いない。そうであるからこそ――(ここは聞き取れなかった。けれど喜んでいた? あの子は、と言っていた気がする。詳細不明)』
『私は私の復讐だけを考えていいのだと、そう言われた。完成した全てに委ねてよいのです。(ウルシュ様大笑い、暫く何も聞き取れない)』
『そうですな。まあ人間は殺すでしょう。私が殺さずとも死ぬしかありませんから。ええ、弱いので。
その中に私が殺したいものも混じります。それだけの話です』
『差し出せるのはそうですな、私の全てを。無論のこと命も含めて。(ウルシュ様がまた笑い、銀色の左足を差し出した)』
「……フィルさんの会話? 途中からっぽいけど……記録してたんですか?」
セリオンは静かに頷く。会話は全てではない。そもそも暫く聞き取れないと書いてある。
だが途中からであっても、フィルという男を知る手がかりの一端にはなりそうだった。
「な、セリオン――お前、そんな奴にその手帳を――!」
「……人間を殺すと言っていますけど、これ、この言い方だと多分エルフとかも全部じゃないかなぁ……」
エナムの言葉には取り合わず、ゼルクはぼやいた。銅の腐敗については知っている。同時に思い出した恥ずかしい思い出をとりあえずは棚にしまい込んだ。
エナムが不機嫌そうに舌打ちを一つする。
「銅の腐敗について何も知らねぇだろが」
「ウルシュ様に聞きました。彼――あの方も直接見たことはないそうです。それをどうにかするつもりもないことも、聞きました」
「……ふん」
エナムはやはり不機嫌そうに鼻を鳴らした。ゼルクは手帳を閉じてセリオンに返却する。当然、他の頁を捲るような無礼な真似はしない。
女性の気持ちというのは解らないが、少なくとも勝手に手帳を読まれていい気はしないだろう。以前のように殴られては溜まったものではない。
「……それで、その、フィルさんを信じられるので……?」
「お前よりはなっ!」
「……なぜでしょう?」
素朴な疑問だった。ゼルクは静かに、だがまっすぐにエナムを見据えて尋ねる。エナムは少し怯んだ様子だった。
だがエナムはすぐに応じる。何かに負けじと踏ん張っていた。
「お前と違って、少なくとも人間を殺してくれるつもりだからだよ」
解ってはいたが、人間が嫌いであるらしい。
だがそれも当然だ。少なくともウルシュから聞いた話では納得しかない。亜人と呼び、奴隷のように扱っているのは、行商隊である彼等の方がよく知っているだろう。
「解ってましたが人間、嫌いなんですね」
「当たり前だ。お前らは――」
エナムがゼルクに掴みかかろう一歩前に出る。だが腕を伸ばしかけたところで、止めた。後ろでクラウとハーラが厳しい目で見ているのだった。流石に手出しすれば止めるだろう。
「――お前らが、俺らにどれだけのことをしでかしたか知ってるか。どれだけ俺達から奪ったか……」
「……」
里に来てから様々なエルフに会った。
右手の歪んだナッシュとは気軽に会話をする仲になった。左足のなくなったフィオレンは不自由そうに行動をしているが、それに不平不満を言ったことはない。セリオンも喉を潰され、声も出せない。目を潰されたり、悪戯に刃物痕が残っていたり、顔を半分焼かれたりされた者たちも大勢いる。エルフの中には未だに口をきいてくれない者たちも居た。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
やべー奴の思想って難しいです。




