贈り物
「あの、セリオンさん、まだ怒って……?」
帰り道に、ゼルクは意を決して話しかけた。セリオンはぴたりと足を止めて、辺りを見渡す。
そしてから軽く咳ばらいをし(当然強い息が出ただけだった。)、懐を探る。
懐から取り出したのは折りたたまれた紙と、小さな箱だった。綺麗な細工が施されている。それをゼルクへと差し出してくる。
「……?」
疑問符を浮かべながらゼルクはそれを受け取る。
まずは紙。四つ折りにされた紙は、開くとそこそこに大きい。中に文字が敷き詰められている、手紙のようだった。
『それほど怒ってはいません。でも、もう命を投げ出すようなことはしないでください』
「……気をつけます」
最初の文章を読んで、ゼルクは困ったように笑い、そう言った。セリオンは頷いた。
続けての文章を読んでいく。セリオンの文字は、相変わらず綺麗だった。村ではこれほど綺麗に文字を書く人物はいなかった。
『私は家族の顔を知りません』
「……」
その文章を読んだとき、ゼルクは僅かに顔を曇らせた。
ゼルクは愛情を受け取った。両親は多くのものをゼルクに残した。だがセリオンはそれさえ知らないという。
今こうして笑っているのがどれほどの奇跡の上に成り立っているのか、想像さえつかない。
『なのでこういった贈り物は皆さまから受け取りました。家も好意で住まわせてもらっております』
『声の出ない私と共に暮らすのは苦労も大きいでしょうに、皆さまそれを悪し様に語ることなどありません』
『私にもできることを探してくださり、私が一人でも生きていけるようにと色々と教えてくださいました』
『当時の私はそれこそ何もかもに投げやりでしたが、それでも根気強く』
ゼルクは文章を読みながら、優し気に笑う。
セリオンは顔をそらして樹に触れていた。すこし考えた後に軽く樹を二度叩き、頭を下げる。懐から刃物と器を取り出し、苔の採取を始めていた。
『その中に一つ、憧れる慣習がありました』
『エルフは子が成人したとき、親が箱を送る慣習があります』
『私は親がおりませんでしたが、成人を里長のエスター様に認められたとき、育ててくれている方から一つ贈られました』
『誰からも貰えないと思っていただけにとても嬉しかったです』
『その後、お願いして造り方を教わりました。実際の箱を参考に造ったものです。どうぞ、お受け取りください』
「……この箱のこと、かな?」
精緻な模様の施された箱を見る。ゼルクの独り言に反応したのか、セリオンがこちらを向いた。
『寄木細工の封印箱、エルフ語でミルディエール』
『手順を踏めば開けることができます』
『拙いもので、順序通りに10手ほどで開けられる簡単なものです。私が貰ったものは手数だけ教えてもらいましたが、63手掛かるそうなので、これはとても簡単なものですね』
「……?」
ゼルクは眉を潜める。聞いたことのない箱だった。
手順を踏めば開けることができると書いてあるが、どういうことだろう。箱とはそもそも開けられるように作られているのではないのだろうか。
試しに箱を矯めつ眇めつ眺めてみるが、おかしなことに開けられるような箇所が見当たらない。手紙の続きを読んでいく。
『ただ、封印箱の名前の通り、外から見ても開け口は解りません』
『鍵穴も継ぎ目もなく、決まった順序で箱の部位を動かすことでしか開かない構造となっています』
『決まった順序で木片を動かしていけば、箱は自然と開かれます。順序の中には引っ掛け(この箱にはありませんが)もありまして、長い時間をかけて解いていくものです』
「――えーっと、セリオンさん、これは……」
「……」
セリオンが道具をしまってゼルクに近寄る。それからゼルクの手に握られた寄木細工箱に触れ、一部に触れるとそっと動かして見せた。木がずれて、模様が動く。
ゼルクが眉を潜めるのと同時に指を一本立てる。
「……一手?」
セリオンは笑って頷いた。
「え、っと……あの、ひょっとしてですが、他にもこうやって動く箇所が10カ所くらいあるってことですか?」
セリオンは笑って再度頷いた。
ゼルクは自らの手に残った箱を見る。当然、ヒントなどはない。セリオンも一つ動かした後は触れようとしなかった。
そして、手紙の最後には。
『中にもう一通手紙が入っておりますので』
そう締め括られていた。
「――難しくないですか?」
ゼルクが顔をひきつらせた。
寄木細工の箱に使われている木は一つ一つが色味が違い、どれも丁寧に磨かれている。
精緻に編まれた箱の木、そのどれが動くかなど当然見当もつかない。
丁寧に一つ一つ見ていくのに、どれほど時間がかかるだろう。
セリオンは笑って軽く手を振った。大丈夫と言っているようだった。
「だ、大丈夫かなぁ……」
とりあえずは箱と手紙を外套にしまい込む。外套には内側に大きめのポケットが複数ついており、幾らかの道具をしまい込めるようになっている。その他にも紐が数本ついており、道具を括れるようになっていた。
ゼルクの貰った服装はどれも風通しが良いが非常に頑丈だ。そのまま旅にも出られるくらいのものである。エルフにとってはそれが当たり前のものでもあった。長年着られるものが好まれている。エルフはこれらを着て当たり前に旅に出ることもあった。
それから里に行くまで普段通りだった。森の中にいる様々な生命に、やはり興味を惹かれる。時折聞こえてくる鳥の声は不気味なものも、綺麗なものもあった。それらの鳥や見たことのない植物についてセリオンに尋ね、彼女がそれに応じながら里へと戻っていく。
「来たか」
里に戻った時、最初に聞こえたのは低い声だった。
以前にもヴァリスたちが待っていたな、とゼルクは思った。あの日からはそこそこ交流が増えている。
食事の作り方や村での話をしたり、洗い物を手伝ったりと色々してくれていたし、全員ではないが人間を毛嫌いしている者たちとの交流も少しずつ増えていた。
そこにいたのは五人だった。クラウとハーラがいるのが意外と言えばそうだった。残った三人のうち、エナムだけは顔を知っていた。
「こんにちは。……クラウ兄さんとハーラさんはどうしたの?」
「聞いてよゼルクくん! 朗報だよ!」
「おわ――っと」
ハーラがゼルクに遠慮なく抱き着いてくる。ここまで嬉しそうなハーラはこれまで見たことが無い。
「行商さんたち、ラドさんたちのこと知っててね! 今度行商隊が出発する時、一緒に連れて行ってくれることになったの!」
「あ、そうなんだ! よかったねハーラさん、家に帰れるんだ」
「そうです! 本隊の街までだけどね。まあ勿論色々条件はあるんだけど」
ハーラは嬉しそうに声を上げる。ゼルクにとっても嬉しい話であった。
ハーラはもともとゼルクの村に住んでいたわけではない。ラドたちの好意によって村にいてくれたに過ぎないのだ。帰れる方法はあるのかと尋ねたことはなかったが(そんな余裕がある状況でさえなかったのは確かだが)、どうにかしたいとは思っていた。
勿論寂しくはある。短い間とはいえ共に過ごし、この里まで共に来た相手だ。だがハーラにはハーラのやるべきことがあるということも理解している。
「あー、ハーラ。感極まるのは解るんだが、エナムさんが話したいことがあるそうだし、そろそろゼルクを離してやってくれ」
「あ、ごめんごめん。ゼルクくんも」
「俺は大丈夫。ハーラさんにはお礼しか言えないけど、本当にここまで一緒に来てくれてありがとう」
「正直なところ、私もゼルクくんには助けられてたからいいよ。クラウと二人だとここまでも来れなかったし、本隊の村に戻れたかも怪しかったし……」
ハーラは悲しそうに呟き、ゼルクから離れる。
クラウとハーラならばそれでも何れは辿り着けたかもしれないが、どれほどかかるかも解らなかった。その間に襲われて死ぬ可能性もあると考えれば、目的地がはっきりしていたゼルクとの旅路はそれほど悪くなかったと言える。
それからゼルクは一歩前に出る。エナムが気まずそうに待っていた。少しばかり悪いことをしてしまったと思う。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
寄木細工は一度触ったことありますがマジで壊しかねないと思っています。




