竜との対話_06
「そして、奴ら武具の作成なら間違いなく一級品だったよ。女神の神器程ではないがいい武器を何本も造った。だからこそかな。戦争が終わった後、三国に連れていかれた。今は音にも聞かんが、さてどうなっていることやら。まあ良くて奴隷扱いだろうな、くはは。亜人の扱いはろくでもないらしい」
「……」
「そうなることさえ覚悟はしていた。悔しくはあるが、それだけだ。その後の連中については……悪いとは思っているが」
ウルシュは胸を張って言い放った。そういうものさ。悲哀は無く、辛そうでもない。ただ口調には悔しさがあった。あの時勝利できなかったことを未だに引きずっている。
亜人については既に聞いていた。帝国含む三国ではエルフを含む、人間ではないものをそう総称しているとのことだった。
その扱いは酷ければ奴隷と言って差し支えない。三国では首輪や足環、あるいは刺青などを入れて『所有権』を誇示するらしい。その話を最初に聞いた時ゼルクは絶句した。家畜と同等の扱いか、それ以下だ。
家畜の扱いについて、ゼルクに疑問はない。そのために育てたのだから。だがれらの命に敬意を持たなかったことはない。その命全てが村を生かす為に使われていた。軽々に扱っていいものではない。
だが亜人と呼ばれる者たちの命は軽い。それはセリオンの姿からも解る。彼女は公国で産まれ、育ち、弄ばれたエルフだった。命を弄ぶ楽しさ、人の娯楽というものについてはゼルクは理解が薄い。
「少しそれたな。次は……空を飛ぶ風渡り――アヴィアーンだ。我ら最大の戦力。俺や魔皇、後は女神を除くとほぼ唯一空を制圧できた集団だった。勇者たちも苦戦していたが……空を支配できる利点は解るか? 勇者共は制空権なんて呼んでいた。非力な力でも上空から矢を打ち下ろすだけで深く突き刺さる」
「害鳥や害虫の厄介さは解るつもりです」
「流石にそれより的は大きいがな! 攻撃は勿論、情報の伝達、物資の運搬――様々な面で役に立ったよ。魔皇と俺と共に飛翔し、敵の軍を打ち砕いた。俺たちの戦いは、まぁ基本的に嫌がらせに特化していたが、正面から戦う時は必ず誇り高く飛ぶ翼があった」
ウルシュが空を見上げる。いつの日か飛んだ空を思っているのかもしれなかった。痛々しく切られた翼の傷は未だに残っている。
「さて、アヴィアーンどもは今はどうしているのやらな。三国でどのように扱われているか、想像には難くないが」
「……」
「そうだ、予め言っておかねばな。ゼルク、俺はお前に今や亜人と呼ばれる者たちを解放することを期待などしていない」
ゼルクは少しだけ驚愕した。
魔皇の腕、ゼルクにはそれを受け継ぐことができる。それを受け継いで、果たして何をしてほしいのかと考えていた。その一つが亜人の解放ならば、それをするべきなのだろうかとも悩んでいた。
「エルフたちは解らん。ドリュアード……は我関せずだな。だが俺は、黒竜は決してそれを期待していない。どのみち、魔皇自身であろうが今すぐには不可能だしな。三国の支配ははっきりと盤石だ。恐らく五十年――否、三十年だな。三十年の内には、こんな北方にまで支配が及ぶだろうさ。そうして人の栄光が始まる。そんな支配を今から打ち砕くにはどれほど才覚があろうと、力があろうと、簡単ではないのだ」
「……」
「魔皇が今すぐここに蘇ったとて俺が奴に言う言葉は決まっている。力を蓄えろ! 五年でも十年でも、必要とされる力が手に入るまで。つまり、そういうことだ。今から十年でも二十年でも掛けて解放することはできるだろうが、この腕を継いだ時からお前は女神の敵だ。そんなお前に、何事かを成せ、などと、そんなことは言わんよ」
「女神の、敵」
ゼルクはこれまで考えもしなかった。だが当然の話だ。魔皇は女神の敵であった。
こうして腕が残っている以上、それは今も変わるはずがない。女神の敵であるという事は、当然、殺される危険性が常にある。火に焼かれた村を思い出す。無惨に死んだ大人たち。蹴られたネガト。殴られたアエリア。そして落とされた自らの腕。あんなものより、もっと酷いことが起きるかもしれない。
そしてきっと、その時逃げ場はない。盤石なる支配の主、女神の敵となるとはそういうことだった。腕を持つとはそういうことなのだ。今更ながらその責任の重さに押しつぶされそうになる。希望になるなど、どのようにすればいいのか。
「右足を継いだものはそれを覚悟していた。今は東で戦っているそうだ。直接は見ていないが、今も戦っているんだろう」
「……」
「奴は力が欲しいと言っていた。だがエルフたちを巻き込むことはできないと、足だけをもって去って行った。『憎いわけではないのだから』と言っていたよ」
「……憎いわけではない、というのは」
「個人的は話だから奴の事情は話せんなぁ、ふはは。気になるのならば自らの足で東に赴け。『腐火纏い』と名乗る組織の長になると言っていたよ。名はフィル。フィル=オール=ノラグと言っていた――ああ、ただ、奴は壊れていたな。酷いものだった。何をどう失えば、あるいは得ればあのようになるのか……」
少しだけ憂うように目を伏せるウルシュ。すぐに顔を上げて
「あいつが足をもっていって既に三年になる。だが目立った戦果は聞こえてこない。奴は初めから『腐火纏い』という組織に属していて……まあ、その前は知らんのだが……なんだ、既にまとまった戦力も持っていた状態でこれだ。少なくとも女神の敵になるという、果たしてお前にその重圧が受け入れられるかも解らん。だから俺はお前に期待などはしていない。ただし」
いったんそこで言葉を切って、ウルシュは器用に祠を指さした。
「俺はお前に好感を抱いている。だから腕は持っていきたければ持っていけ。それを持ってお前が女神に降るとも思わんからな」
「……他人の大事なものを勝手に持っていくことなんてできませんから」
「それが解っているお前は、善く育っているよ。さてさて話がそれたが魔皇に仕えた最後の種族、海のクラゲども、ジェルフィス。こいつらはどう語ったものかな……海を根城にしているんだが……俺は苦手だ……」
嫌いではなく苦手、という評価を初めて聞いた気がした。
「まあ基本は海をふよふよ漂うクラゲなんだが、一応いろんな生物に擬態できる。後触腕に毒がある。麻痺毒だが他にもいろいろ毒を扱えるらしい。ナーガと違い致命毒を得意としていてな。クラゲはこう、透明な傘のような形状をしているんだが、ここに無数の触腕が生えてる。その全てが毒を持っている。しかも夜行性だ。海辺で夜戦うと無数の透明な触腕が敵を突き刺し、即座に麻痺させた。だがまぁ海辺意外だとほぼ無力だった」
ゼルクは必死にイメージをするが、どう考えても透明な傘に無数の腕が生えている巨大な化け物以外に想像できなかった。
しかしその恐ろしさは解る。毒をもつ生物は村にもいたからだ。致命的な毒というものについては聞いたことしかないが、その恐ろしさは想像しやすかった。
「海辺以外だと擬態して動き回るのが精々でな。水が枯れると即座に動けなくなるし、でもその状態で海に投げると暫くして復活するし……殺すには焼き払う以外になかったよ。真っ二つに切断されても生きてたからな。一日一回は海水か、それに似た風呂に入らないと活動はできないという弱点こそ存在するが、戦闘面では……非常に強い」
「……聞く限りは頼りになりそうですが」
「ああ、俺が苦手というだけだ。海を漂ったからな、俺。リーンに助けられたのも不甲斐ないし……」
「リーン?」
「ああ、海に住まう竜だ。竜の中では最もデカい。アイツに伝えたのがジェルフィスらしくてなぁ……しかも俺の周りをふよふよ漂って時々毒手でちくちく刺してきやがる。殺すつもりとか全くなくてどうにか助けようとしたらしい。毒は激痛が走るものばかりをくれたぞ。意識を失わないのと痛い痛いと叫ぶだけとどっちがいいんだろうな」
ゼルクには当然答えられない問いかけだった。どちらも味わったことが無いのだった。
苦手になろうというものだった。ただ命を救われた恩もあるし、決して嫌ってはいないのだろう。
「まあ今頃も変わらず海でふわふわしているだろう。そもそも亜人として扱うにも問題あるだろうしな。ただ、奴等にも魔皇に従うだけの理想があった。それがなんなのかは解らなかったが、魔皇は別に奴らを不要だとは言わなかったな。だからこそ俺達も同等に扱ったが……奴ら言葉を話すのも面倒そうだったぞ。擬態してもあんまり喋らなかったし……慣習とかは見ていたから解るもんは解るんだが、何を考えていたまでかはよく解らん」
ウルシュはそこで話を終え、軽く欠伸をした。話しが終わる合図だった。
ゼルクは立ち上がり、頭を下げる。ウルシュはおう、と軽く唸った。
「今日も面白い話をありがとうございました」
「ああ。お前が何をするにせよ、どうするにせよ、まずは一つ、自分で何かを判断してみることだな。責任の重たさというのは背負ってみなければわからん、そういうものだ」
ウルシュは笑い、そして目を閉じた。話し終わると少し眠るらしい。色々なことを思い出すのに少し眠る必要がある、とのことだった。
他の理由があるのかもしれない。だが当然ゼルクは聞かなかった。ウルシュがそういうのならば、恐らくはそれ以上話すことはないだろう。彼との付き合いは短いが、そういう相手なのだという事は理解できた。
セリオンに向き直る。彼女は当然無言のままに立ち上がり、ゆっくりと歩き出した。
こういう時声をかけるべきだろうか。ウルシュに聞こうとしたが既に寝息が聞こえてきていた。怒号が飛びそうになり、ギリギリで堪えた。どのみち助けなど得られないのは解っている。少し肩を落とし、素直にセリオンの後をついて歩て行った。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
どんな世界にも無数の種族があり、無数の命があるものと思っております。




