竜との対話_05
「うわっはっはっはっはっはっは! そんな愉快な騒ぎになったのか! はーはっはっは! 見たかったな! エスターの怒号とかそうそう聞けるもんでもない。それで、セリオンはまだ怒ってるのか?」
「謝ったんですけど、今日は話しかけても……全部無視されてます。どうしたらいいですか?」
「……ぅンむ、俺に聞く勇気は賞賛したいところだがな……尋ねる相手を間違えてるぞ」
ウルシュが少しだけ目をそらした。その反応を見てふと、真剣に考えた。竜の生態について詳しく誰かに聞けないだろうか。本人に聞ける話題かどうかは測りかねている。
後ろにはセリオンが座っている。今日は珍しく来るときから一緒に来たのだ。だが口は利けていない。ゼルクが案内係だったが、何度か話しかけても基本は無視された。
「ま、命を粗末に扱ったお前が悪い。なんであれ、命は雑に扱うもんじゃないからな。暫くは怒られておけ! さて、今日は何の話をするか……」
「……そうですね。命は、粗末に扱うものじゃない」
「解っているのならば実践することだ。おお、では今日はそのあたりの話をするか。は、命を粗末にするなとは言ったがな、いざとなりゃ馬鹿どもは喜んで地獄に向かうもんだ」
ウルシュは笑った。彼の言葉はどれも体験してきたもので、含蓄がある。腕の事を抜きにしても、ゼルクとしては話を聞き続けたいと思っていた。
「魔皇と共に戦った五種族。今は何と呼ばれているか、どれほど生きているかはほぼ知らん。伝聞だけだ。まずは我らの枝葉、ドラゴニア。最も、見眼姿が似ているだけで実のところ全く違う生物だがな。これは殆どの生物がそうかもしれんが、綺麗な水の傍で生活することが多い。奴らは自らの体で水を浄化できるんでな。鱗に秘密があるらしい。泳いでいるだけで湖を綺麗にしてくれる、なんてのも見せてくれたな」
水を。ゼルクは思わず唸った。それがどれだけ重要なことか知っていた。
大雨が降り、増水した後は河の水を使うことができない。水に多くの泥が混じる為だ。それを綺麗にするため様々な手段を講じた。
「奴らは強かったぞ。水を素早く泳ぎ、その両手で巨大な剣を使った。後でいうが、ドワーフの造る武器は素晴らしい出来のものが多くてな。それを持ちながら、あるいは鎧を着こみながら泳ぐなんて離れ業、奴ら以外にはできなかったな。その上鱗は頑丈で、鎧が破壊されても生半可な刃物なんぞ通らなかったもんだ」
重たいものを持ちながら泳ぐのは難しい。ゼルクにはそもそも不可能だ。足がつくほどの深さだったというのに、河に落ちただけで慌てたふためいた。
「続けては、くははっ、ナーガだ。歌う蛇でこいつらは湿地帯が好きなんだが、好むのは泥で濁った沼等だな。おかげでドラゴニアとは最悪の相性だったよ」
「……ドラゴニアが泳ぐだけで沼も綺麗になる?」
「よくぞ見た。良いことばかりじゃない。泥水でしか生息できないような魚も存在する。これをまたナーガが好むんだ。なもんでまぁ互いに嫌いあっていたよ」
ウルシュは楽しそうに笑った。ゼルクとしては余り笑える話でもないだろうと思う。彼は未だ思い出の価値を知らない。
「だが歌う蛇ども、戦略的には我らの枝葉との相性が実によかった。何せ水中をほぼ自在に泳ぐ怪物だ。そして奴らは地下水を好んだ。水脈を読むことができたんだ。地上の河はドラゴニアが、地下の水脈はナーガがそれぞれ制圧を可能としたわけだ」
水の重要さは殊更語る間でもない。1日水を1滴も飲まないだけで動けなくなる自信がある。
ドラゴニアが水を清浄にできるというだけでも驚愕だったが、更に地下の水まで発見できるとなればその相性は非常に良い。
「戦争だ。酷い時は飲料用とした湖に毒を投げ込まれたこともある。奴らはそれを躊躇わなかった。しかしまぁナーガには毒が効果が無い。それどころか浄化する術さえある。大抵は泥まみれの湖になっていたな。そして毒が無くなった後に、ドラゴニアが泳ぎ清水とすることができた。我らの軍は飲料水に困ったことはないな」
「無毒化……ですか」
「そうだ。毒の種類の違いはあるが、海辺のクラゲどもと同様、非常に詳しかったな。あの当時、人間軍には蛇の呪い師なんて呼ばれていたぞ。エルフも薬草と毒に詳しかったというのに、なんでかナーガだけな。見眼姿で判断したのかな。水で使える毒においてナーガに適うものはおらず、ドラゴニアは河を自在に泳ぐ。水の『流れ』を見る、という力においてドラゴニアに適う連中はいなかった。つまり井戸や湖に毒を投げ込まれた我らは、もっと効率的に毒を流すことができた。ああ、連中に神器、盃なんてものが無ければ大半を戦闘不能にできていただろうよ」
忌々し気に呟いて、いったん言葉を斬るウルシュ。
毒というものについてゼルクは全く詳しくない。精々がクラウと共に教えられた幾らかの薬草だ。だがそれらの毒草には全て治療薬というものが存在していた。
それらの効能は飽く迄毒を打ち消す――治療効果で鎮静化させるものであり、決して無毒化するわけではない。無毒化というのがどれほど難しいか、ゼルクにはどうしても解らなかった。
「井戸も数カ所掘ると全部違う水脈から掘ってたりしてな、枯れるということを知らなかったぞ」
「うわ。それは本当に意味が解らない」
ゼルクの村にも井戸があったが、その水源は近場の河である。当然違う箇所に井戸を掘ったところで、近場であるのならば水源は変わらないだろう。
極端な話、近場に無数の井戸を掘ってしまえば、水が枯れる可能性もあった。その可能性を起こさないよう井戸を掘るなど、果たしてどのような技術なのか見当もつかない。
「それが解れば十分だ。ナーガもドラゴニアも水に強い種族だからな。そしてその恩恵を強く受けていたのがドワーフだった」
「ドワーフ。余り聞いたこともありません」
「だろうな。今は女神旗下のもと、様々な鉱山で働かされている筈だ。魔皇に与した種族は扱いが酷いもんさ。当然と言えばそうだがね。鉱山の民、ドワーフ。奴らは水を欲しがった。飲み水や汚れを取る為じゃない、より効率的に掘る為にだ」
鉱山を掘る、というのがゼルクには当然新しい話であった。彼の住まわっている地域にはそんなものは無かったから無理もない。掘られた鉱石がどういう働きをするのかも全く解らない。彼は鉄がどのように錬成されるか知らず、ただ頑丈で危険なものとだけ認識していた。
「何せ体を洗う為なら奴ら、鉱山に熱湯の噴き出る温泉を掘り当てることもあったからな! ナーガならば火傷するような温度の湯であっても、奴らは平然と入れる。産まれ付き頑強なんだ。矮躯だが力も強い。泳ぐことはできんが、力だけならばドラゴニアにも勝った。技術は杜撰、速度はないんで戦場では前線に出ることなどほぼなかったがな」
「わいく……ってなんでしょう」
「ああー……背が低い、ということで認識しておけ。とはいえ手足が短い分とても太くてな、自分の体格ほどもある斧や大剣を自在に操ることができたよ」
ゼルクは目を輝かせる。凄い人たちだったというのが伝わって来た。
軽い木製の農具であっても、子供には触らせぬほどに重たい。ゼルクであっても雪かきの際に大きなスコップを渡されるのが精々であった。それを自在に扱えるようになるには積み重ねた年月と、それに伴う経験が必要になる。
「……でも、弱かった?」
「ああ、まぁなんていうか……重たい武器をぶん回すだけで勝てるもんだから、技術がな……何より奴ら後方で鉱山を掘り、鉄を打ち、武具や道具を作ることに心血を注いでいた。とりあえず暴れさせるというには向いていたが、それよりも武具の作成や道具の作成の方がより優先度が高かったな。今現在にも伝わる大砲の原型を作ったことが大きい」
「たいほう?」
「ぅぉぉお……解っちゃいた、解っちゃいたがドワーフどもの道具については結構な解説が必要だな……! 石弓は解るな? 弓を誰にでも扱えるようにした兵器。あれを巨大にして人が入れるほどの筒を使い、そこから同じ大きさの球を撃ち出す。攻城兵器としても活躍するが、これを敵の集団に打ち込むだけでどんな敵も倒れた。石弓なんかの量産も難しくなかったし、それを巨大にした弩と呼ばれるものもあったな。こちらは大砲より遠くまで飛ぶ」
なぜだろうか。尋ねようかと思ったがやめておいた。恐らく一つ一つ確認していては話が終わらなくなる。
ウルシュの話はどれも面白いが、時間は有限だ。そして活力というものも。何もかも話してもらい、時間や活力を奪うのが目的という訳ではなかった。多少の罪悪感もある。
だからいずれ聞くことにしよう。
幸いにして、ゼルクには多少時間があった。何一つ譲歩するつもりが無い。棚に上げられた他人の時間を奪うという罪悪感を、マダラリスが超えて走って行った。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
黒竜大爆笑なんてそうそう見られる光景じゃない。




