里での日々_04
ウルシュとの会話が終わり、再びセリオンの案内で里へと戻る。
「セリオンさん、いつもありがとうございます」
名前を呼ぶと、セリオンはいつも通りにゆっくりと頭を下げた。
ここに来るのも既に何度目になるだろうか。ウルシュの話はどれも聞いていて面白い。彼は時に笑い、時に悲し気に全ての物語を自らの視点から語ってくれる。
あくまで『黒竜ウルシュ』の視点であることを彼自身が強調していた。自らの事は、自らで判断しなければならないぞ。彼は常々ゼルクにそう語りかけている。
森から里へと戻る道は毎回変化する。相変わらずこの森はドリュアードたちが道を常に変化させていた。
だがその森に住まう生物たちに大きな変化はない。ゼルクがふと足を止める。太い枝に止まっている色鮮やかな二匹の小動物が、こちらを見ていた。緑と茶色が混ざった斑模様の毛皮が美しいが、森の中では酷く見辛い。
軽く肩を叩かれる。セリオンだった。懐から手帳を取り出し、特定の頁を示した。綺麗な文字が並んでいた。
『マダラリス』
『二匹以上を同時に見かけたら、例え逃げられても絶対についていかないこと』
『一匹なら逃げた後を追いかけてもいいけれど、すぐに見失う。※マダラリスの模様が森の景色とよく溶けあう為』
『もしも追いかけられるのならばフォレストワーカーとして働ける素質あり。目標の一つとしても良い。マダラリスの毛皮は装飾として美しいものを作れる』
「へぇ、マダラリス」
ゼルクが見上げた枝の上では、二匹のマダラリスがそっとした動作で逃げ出していった。
当然追いかけるような真似はしない。教わったばかりの忠告を、わざわざ無視する程の愚者ではなかった。
「何か怖いことが起きる――ってことでいい?」
ゼルクの疑問に、セリオンは少し躊躇した後頷いた。どう怖いのかは解らない。
再びセリオンの案内で森を歩いていく。里へは然程の時間もかからずに到着した。
当然、その間に会話などない。だがセリオンは少しだけ嬉しそうにしている。彼女の足取りが軽いことには気が付いていたし、ゼルクが話しかけたり、足を止めると一緒に足を止めて、解るのならば先ほどのように何事かを書きつけた紙を見せてくれるのだ。
今まで住んでいなかった森には、新鮮な発見が多々あった。
ドリュアードたちは自らの生息域をある程度自在に変化させる。
動物たちはともかく、植物はそれに合わせて変化ができない。従ってこの森の植物は、その大半がドリュアードと共生をしていた。ドリュアードの根や幹に生えたり、絡まったりとしているのだった。お洒落に聞かざる色とりどりの苔も植物も、どれも見たことが無く、見ていて飽きない。
森林の様相が変化すれば、当然見えるものも変わる。今日までマダラリスを見たことはなく、また別の生き物を見たこともあった。全身白と黒の縞模様の巨大な生物を見かけた時、セリオンが挨拶をするように頭を下げたのを見て驚愕したものである。特に襲われることもなく、その獣はのっそりと去っていった。
森を抜け、里へと戻る。広場の様子が違っていた。中央にあった木製の机は片付けられ、その場所に代って一頭の巨大な獣がいた。
太い四肢に青と黄色の鮮やかな毛並み。毛が生えていない場所は頑丈そうな、美しい青の鱗で覆われている。四肢の一本でさえゼルクを上回る大きさだった。長く伸びた尾も似合いの太さであり、尾の先端まで鱗がびっしりと覆っている。単純な大きさならばゼルクの何十倍というところだ。質量はどれほどか、想像するのも馬鹿らしくなる。
だがそれらの躯体に似合わず顔つきは穏やかなものだった。頭に一本だけ生えた角を足で軽く撫でている。そしてその巨大な獣には紐と首当てがついていた。その背後には巨大な荷車が2つも連なっていた。周りには大勢のエルフが集まって騒いでいる。
「あれは?」
『行商:帝国とかで色々取引してくれる人たち』
『この村で手に入らないものを手に入れてきてくれる、凄い人たち。1月の間ここで過ごして、5~6月もの間各国を渡る大変な仕事』
ゼルクが呟くと、セリオンが既に開いていた頁を見せてくれる。ラドたちのようなものか。
それにしてもあんな巨大な獣は見たことが無い。穏やかな顔をしているが、暴れればどうなるものか。
『アルバセラス』
『巨大な肉食獣。暴れるととても強いのだけど、子供のころから育てるとよくなついてくれる』
「……強いだろうねえ……」
ゼルクは思わず笑った。セリオンもつられて笑う。
ゼルクの知る一番大きな獣がこの旅で見たパロウ牛だが、それよりも遥かに大きい。
セリオンが行商の方を指さす。行こう、という意思表示だった。ゼルクは頷き、彼女の後に続く。
「ん、セリオン! ――と?」
近づくと、セリオンはすぐに気づかれた。その後ろにいるゼルクの姿を見て、行商のエルフの顔が険しくなる。
ああ、まあそれはそうだ。ゼルクは当然としてそれを受け入れた。見たところ、彼等は今帰ってきた所だった。ゼルクのことなど知りもしない以上は、人間と見るのだろう。
「――人、間か? 人間がいるぞ!」
ゼルクは一瞬、耳鳴りがしたような感覚に囚われる。明確な悪意を叩きつけられたのは、随分と久しぶりな気がした。
無論のこと逃げることなど考えもしない。異物は自分だ。時間と共に里のエルフ達には受け入れられつつあるが、それでもまだ『人間』として扱われることもある。
行商のエルフの声は大きかった。あっという間に回りに伝わる。行商の中には弓を取り出し、構えるものまでいた。
吹き付ける悪意にゼルクは身構えなかった。全てが燃えたあの夜に感じた殺意や悪意に比べればなんということはない。何より撃たれてしまえばもうどうしようもないことは解っている。エルフは誰もが狙撃の達人だった。
有体に言って諦めていた。だがセリオンが驚いた顔をしてゼルクの前に立ち、手を広げる。
「セリオン、何やってる、どけ!」
「セリオンさん、ありがとう。でも離れて大丈夫」
「……? !?」
セリオンはむしろゼルクの声に驚愕して首を全力で横に振った。
「いや、彼らの反応は正しいよ。そりゃぁ撃たれたくはないけれど――貴方まで巻き込まれるよ」
ゼルクの言葉にセリオンは困惑した表情で首を振っていた。
思えばディアゴ達行商がやって来た日、ゼルクは彼らのことを警戒していた。何もしなかったのは大人たちに窘められたのと、何よりゼルク自身には何の力も無かったからに過ぎない。
見知らぬ相手に対するエルフたちの反応はむしろこちらが正しい。だが行商ではないエルフたちは、その多くがその狙撃を止めさせようとしている。既に半数が弓を下ろしていた。ナッシュやフィオレンも説得する側に回っているのが見えた。それを見てゼルクは酷く喜んだ。
「ッ、おい――」
「何の騒ぎだ。よさんか、エナム」
エスターの声が響き渡り、辺りに充満していた悪意が霧散していく。里の奥からゆっくりと現れた彼の傍らにはクラウとハーラがいた。
ただ一人、エナムと呼ばれた彼だけは未だに弓に矢を番えていた。エスターを憎々し気に睨みつけて声を荒げる。その後ろにいるクラウとハーラにも同様に。
「里長!」
「彼は自らの力でここに辿り着いた。ドリュアードの森を超え、ここまでな。どういう意味か解るか」
「ぁあ!? ――未だあんな伝説を信じてんのか!?」
「我らエルフは一度たりとて、あの方への感謝を忘れたことは、無い! 何より、魔皇様の腕は実物があり、ウルシュ殿は実際におられる。弓を下げよ! この方は我らの希望となられる可能性があるのだぞ!」
あまり期待されても困る、とゼルクは言わなかった。状況を考えるのならば泣き言に等しい。
「何より彼は同胞を2人、ここまで導いてくれた。我らが歓迎するには十分な理由だ。もう一度言う、弓を下ろせ!」
エスターの怒号は鋭かった。火に巻かれた時のオーラと同じ鋭さだとゼルクは思った。エナム以外の全員、その言葉に即座に弓を下ろす。
エナムはゼルクを睨みつける。思い切り歯を食いしばった後に、ようやく矢をしまい込み、弓を下ろした。
「あんな貧弱そうなガキに何ができる!」
吐き捨てて、エナムは荷車の中へと戻っていった。
それから行商のエルフたちは皆してゼルクを睨むようにしながら、作業に戻っていく。少しばかりぎこちないが日常が戻って来た。
途端、胸元を叩かれる。結構強く、思わず咳込みそうになる。当然セリオンだった。何やら肩を震わせている。
「けほっ――え、あの、セリオン、さん? なに怒って――痛っ! 痛い! 思ったより強い!」
頬を膨らませながらセリオンは次々に殴打を繰り出す。思わず身を守った。悪意は無さそうなのだが殴打の手は全く止まらない。
その様子を見ながらエスターたち3人が近づいてくる。3人とも笑っていた。何やら微笑ましいものを見る目をしていた。遠くでナッシュとフィオレンが同じように笑っていた。
「ふはは、怒られているなゼルク。いいぞ、もっとやってくれ。何せ先ほどのはいただけない」
「命を粗末にしろって教わったのかなー? ゼルクくーん?」
クラウとハーラに言われ、ようやくどういうことか気が付いた。
確かにそうだ。命を粗末にした。あの場で撃ち殺されてもおかしくなかったのだから、そういうことになる。自分の立場でならばともかく、もしも自分の知り合いが同じことをしていれば怒るだろう。
「あ、ああ、そういう。そっか、ごめんなさい」
「……」
セリオンは未だに頬を膨らませているが、とりあえず殴打の雨は止んだ。
それから懐から紙を取り出し、指さす。色々と書かれていたが、最後に『二度とやらないこと』と書かれている。
「……うん、はい。あの、ところで毒草を飲んだの? なん――」
「!」
最後にもう一度叩かれた。そしてからセリオンはエスターに頭を下げ、その場を去っていく。
「……最後のは俺悪かった?」
「ゼルクくんが悪いよ」
「ハーラがそういうなら、まあお前が悪いんだろう。女心というのは解らんからな。そのうち解る日が来るさ」
「永遠に解らないという事が、ですな。まずはゼルク殿、申し訳ありませんでした」
エスターが頭を下げる。ゼルクは慌てた。頭を下げてもらうようなことはない。
「貴方が魔皇様の腕を継ぐ、その資格がある、というのを抜きとしてもですな――客人に弓を向けるなど、許される話ではございません。貴方様はここに五体満足な同胞を二人も導いてくださった」
当然と言えば当然の話であった。思わず言葉を失ってしまう。
ゼルク達とて、ディアゴに対して警戒はしてもいきなり武力行使を行わなかった。当然だ。客人相手に武器を向けるような蛮族であったつもりはない。
最も、蛮族であった方が良かったのかもしれない。自嘲気味にそう思う。そうであれば、あのようなことには。
エスターが頭を下げ、申し訳なさそうに言葉を続ける。
「今日はお休みください。エナムたちにはよく言って聞かせておきます。お詫び、という訳でもありませんが、何か好物があればおつくりさせていただきましょう。行商も戻ってきましたので、暫く物資には困りませんから」
「ああ、ありがとうございます。それじゃあ……あの、薬草粥とか、お願いできますか?」
「勿論でございます」
エスターはもう一度頭を下げ、その場を去っていく。
それからはなんとなく手持無沙汰になり、ぼんやりと口にしたのは先ほどの疑問だった。
「……なんで毒草飲んだんだろう」
「食って色々と病状を確かめたんだろう。薬草に転用できる可能性もある。私も似たようなことはしたぞ。若い時分にはよくやるんだ」
「あ、そうなんだ……」
「クラウさんまだ若いけどね。ね?」
「ゼルク。こういう時は絶対に女性の意見を否定するな、年齢を言うのはもっと厳禁だ」
「解った。気をつけるよ」
話しながら歩き始める。道中エルフたちが挨拶をしてくれたので、当然ゼルクも丁寧に挨拶を返した。当然の礼儀だった。
家に戻る際中に穏やかな会話は途絶えなかった。自分たちが異物であったとしても、受け入れてくれるエルフたちにはずっと感謝していた。
その日届けられた薬草はクラウの造るものとはまた味が違ったが、とても美味しいものだった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
当然誰も彼も傷ついた誰かを優しく受け入れてくれるわけではないのです。




