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里の日々_03

「おはようございます」

 ゼルクが挨拶をした相手は驚愕した顔をしていた。朝の食事を置きに来たエルフだった。

 両側に取っ手のついた大きな盆には目の細かい布の覆いが被せられており、中が見えないようになっていた。それとは別たっぷりのお茶が入っている木製の茶器――丸い薬缶がある。朝は軽いものが多く、持ち運べるものも持って来てくれる。気を利かせてくれている人がいるのだろう。

「お――はようございます、ゼルク様」

「ゼルクでいいですよ。今日も食事、ありがとうございます。今日は何でしょう?」

 ゼルクは朗らかに挨拶をしながら相手の顔をしっかりと見やる。

 五体は満足なエルフであった。ゼルクを見る目には好奇の色と、憎々し気な色が混ざっている。僅かに片目が細まっていた。

 とはいえゼルクのやることは変わらない。そう決めていた。個人の事を理解してもらおうというのならば、まずは歩み寄ることだ。

「は……あ、ああ。はい。今日は風苔パンと、月華蒸しになります」

「普段のパンですね。月華蒸しというのは――あ、重たいですか? 受け……取れない……中にどうぞ」

 ゼルクは言いながら家の扉を開く。扉と言っても乾燥した草を編んで連ねたもので、エルフたちはブラインドと呼んでいた。風通しは良く、軽い。風が強い日には下の方に紐をかけなければ煽られることもあるらしい。

 家自体は木造のものだったが、森を傷つけない為だろうか、建てる際にも刃物がほぼ使われていないという。切り出す際にも使われるのは鋭利な石であり、それを使う場所も厳密に定められていた。

 建物そのものにも鉄は使われていない。建物自体は複雑な形を組み合わせることで簡単には崩れない構造を作っている。家具も大半がそのように作られており、鉄というものはこの里全体で見てもほとんど使われていなかった。

「あ、いえ、大丈夫ですが……ここに置かせていただきます」

「そうですか。今日もありがとうございます」

 ゼルクは素直に頭を下げた。相手は僅かに眉を潜め、無言でその場から去って行った。

「先は長いな」

「そうだね」

 扉の横からクラウが顔を出した。その言葉には素直に頷くほかない。

 クラウが外に出て盆を持ち上げる。片手ではどうしても持てないのが悔やまれた。

 ゼルクが住まう家屋は広い。部屋は三つあり、家具も備え付けられていた。家から入るとすぐに部屋が広がっており、そこには大きな机と、その周りに4つのいすが置かれている。各部屋に1つずつ窓が備え付けられているものの、どれにも水晶板のようなものは嵌っていない。木が格子のように並べられている。

 奥の部屋はそれぞれ個室となっており、ベッドも置いてあった。幸いにしてか片方の部屋にはベッドが2つ置いてあった。もう片方の部屋にもベッドが1つあり、人数分のものは揃えられている。ゼルクとクラウが同室で寝泊まりをしていて、ハーラはもう片方の部屋に住まわっていた。自然とそうなった。

 既にハーラは座っていた。ぼんやりとした顔で本を開いている。里には多くの本がある為、暇つぶしには事欠かないと笑っていた。食卓には既にそれぞれのコップが並べられている。

「おはようございます、ハーラさん」

「おはよう、ハーラ。朝から読書とは勉強熱心だ」

「おはよぉーございます。面白い本が多いんですよぉ」

 挨拶をしながら食卓に盆を乗せ、覆いを外した。

 中には風苔パンが三つと、綺麗な花が数輪咲いていた。いい香りがする。

「月華蒸しだって。どんな料理なの、クラウ兄さん」

「見ての通りだ。月華と呼ばれる花を夜間の間に積んで、朝までゆっくりと低温で蒸す料理だよ」

「お腹には溜まらないんですけど朝にはいいんですよ。行商でもあるならよく食べます」

 三人でいただきます、と唱和しクラウとハーラは花を一輪ずつ取る。花びらを千切り、口に含んだ。

 ゼルクはその間にそれぞれのコップに茶を注いでいた。食べ方が解らなかった為、まずは見ていようと思ったのだった。

「ありがと」

「花びらを食べるんだ」

「うん。美味しいよ」

 ゼルクも同じように食事を始める。

 風苔パンは表面がカリカリとしていて中は柔らかい。食用の苔を風に晒して乾燥させ、穀物と共に練ったものであった。緑の風味が素晴らしい。村で食べていた黒パンよりはよほど食べやすく、お腹にも溜まる。

 月華蒸しは瑞々しい食感ですこしだけ甘い。パンと共に食べると妙に合う。よく噛まないと中々千切れず、噛む度に花の香りが口に広がった。

「うん。香り高い月華だ。良い環境で育ったのだね」

「これ、行商で旅をしている間には夜に採取して、眠っている間に蒸しておくの。味はまぁその日によるけどね」

「夜間の間って見張り番とか立てないの?」

「立てるよ。人によっては月華蒸しの方に見向きもしないのがいてね。あんまり高温で蒸すと香りが全部飛んじゃって美味しくないんだよ。これだけいい香りがする月華蒸しは貴重品だよ」

 会話は気心の知れた相手との、和やかなものだった。

 やがてパンと花弁がなくなり、茶を飲んで今日の予定を話し合う。クラウとハーラはいつも通り、エルフの皆と交流する。仕事もあり、クラウは薬草の知識で生活に貢献しており、ハーラは行商の経験を活かして知識、技術を里のエルフたちに分け与えていた。

「洗い物は俺がやるから」

「片手じゃ大変じゃない? 一緒に行くよ?」

「昨晩の宣言のことを考えるに、一人で行動したいんだろう」

 クラウが苦笑した。昨晩帰宅して、ゼルクは里の皆に認められるために行動すると宣言した。

 そのためにまずは単独での行動を多くするのだという。時間帯にもよるが洗い場の周りには数名のエルフがいる為、交流の開始としては悪いものではない。

「いや、それはいいんだよ。ゼルク君が一人で行動するのは悪くないと思う。皆も人間嫌いだし。いやびっくりだけどね……こんなに嫌われてるとは思わなかった。だから人間じゃなくて、ゼルクくん単独で見てもらう、というのは悪くないと思う。保護者がいないほうがいいだろうし」

「三国からきたエルフさん、多いみたいだから。ハーラさんが以前言ってた通りだね。公国は厳しい」

「話には聞いていたが、そんなにひどいのか」

「ウルシュさんが言うには、相当に。……時間はかかるかもだけど、ウルシュさんとの話もまだ当分終わりそうにないし、大丈夫。そういえばクラウ兄さんとハーラさんは部族名みたいなのあるの?」

「オーラ爺さんに倣うなら、クラウ=ゼナ=ソルエン=タリヤだな。根無しのエルフは皆ゼナという名を名乗るらしい。オーラ爺さんはソルエン=タリヤの部族で、弓の扱いと薬草の扱いに掛けては随一の部族だったらしい。一応その血は流れているらしいが、私は親の顔も知らんな」

「あ、私もゼナだね。ハーラ=ゼナ。ラドさんたち隊商も皆この名前。他の部族名は今のところないかな。まあそれはいいとして、単純に洗い物片手では辛くないかなって」

「水で流して拭くだけだから大丈夫だよ」

 適当に話をして、三人はそれぞれ行動を開始した。パンと月華蒸しの入った器と三つのコップを重ねて片手で持っていく。薬缶は左腕に引っ掛けた。木製であり、重たくは無いのがありがたい。拭く為の布は右肩に掛けている。バランスを崩しそうになるが、慎重に持っていくほかになかった。

 周りのエルフたちから好奇の視線が突き刺さる。流石に少し量が多かったかもしれない。昨日も1人で洗ってはいたが、その時は自分の使った食器を洗っただけだった。

「おはようございます」

 視線を向けてくるエルフたちのなか、近くにいた者たちには挨拶をしながら洗い場へと向かう。洗い場に辿り着き、荷物を置いてようやく一息付けた。

 次回以降、持って来てもらうところまではクラウたちに手伝ってもらおう。そう決めた。行きか帰りだけならともかく、往復で持っていくのは避けたい。片腕の不便さは十二分に味わってきたつもりだったが、旅と生活は全く別物だと実感していた。

 洗い場には当然他のエルフたちがいる。ゼルクが一人で食器を持ってきたことに驚いている者たちがいた。そんなエルフたちに笑いかけて挨拶をし、左腕を軽く振って洗い物を始める。

 水を汲み、適当に流す。しっかりと中を洗えるわけではない。とはいえ然程汚れているわけでもない為、それで十分だ。例えば薬草粥や肉の吸い物などがあった場合は流石に今のゼルクには洗えない。

 器を引き上げて水を流し、水滴を掃う。最後にお茶を入れた薬缶をゆっくりと洗い、地面に置いて布で丁寧に拭いていく。布は右の上腕に引っ掛け、引っ張って水を軽く絞って終わりだった。肘から先が無いのが不便でならないが、嘆いてもしょうがない。

 薬缶を左手に引っ掛け、地面に置いた重ねた皿を家に戻る。挨拶をしても返事はなかった。だが一緒に来ている子供たちはじっとゼルクを見ていた。手を振ろうとして、右の肘から先の服をパタパタと揺らした。いい加減、慣れたいものだった。


時々忘れそうになるけどゼルク君今片腕。なんか描写間違ってたら指摘ください。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

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