里の日々_02
食事はいつも家の前に用意されている。声を掛けられることもあるが、大体はそっと置いていかれていた。
置かれているものは日々違う。調味液に長時間漬けた魚、木の実の密煮、肉の包み焼き、薬草粥や果実のパン。お茶は香りの高いものが大きな茶器に入れられていた。どれも時間をかけて作られている料理ばかりだった。歓迎されている証拠だよ、とクラウとハーラは同じように笑った。
特徴的なのは器だった。二つの木の椀に、一つの銀の椀。湯飲みも同様に木製のものと銀製のものとで分けられている。銀製のものはなんとなくゼルクが使っていたが、重たくて、少し使い辛かった。
当然、使い終わった食器は洗う。片腕でも食器を運ぶくらいはできたし、水で流すのも難しくない。服装に関してはクラウとハーラに洗ってもらっていた。片腕ではどうしても洗えなかった。替えは何着も持っていたが、上等なものであり何着も貰うのは忍びない。着替え以外はしまっておいた。
広場に沿うように流れる川はエルフの生活に欠かせない水源であった。場所の役割は決まっており、衣服や食器の選択は下流で行い、上流で水をくむ。その間では薬草を洗うようになっていた。それぞれの場所は解りやすいように橋で分断されている。さらに上流には石の祠が建てられていた。その祠がどういう場所なのかは解っていない。ただ大事な場所なのだろうと思い、ゼルクは近寄ることもなかった。
皆の作業は驚く程に洗練されている。服を石で優しく叩き、水で器を丁寧に洗っていく。傍には焚火もあり、湯も沸かされていた。雑談しながら作業している様は日常を強く感じさせてくれる。その中には子供の姿もあり、食器を楽しそうに洗っている。ただし子供だと言ってもエルフであり、実年齢がどの程度かは解らない。
「こんにちは」
ゼルクが挨拶をして、端に座り込んだ。挨拶の返事はない。皆一瞬動きを止め、軽く頭を下げるだけだった。それまで行っていた談笑さえなくなった。
彼は無言のままに作業をする。特別挨拶が無いことに不満はない。自分の立場を彼は理解しているつもりだった。所詮は異邦人に過ぎない。歓迎はされているが、好かれてはいない。それがどういう意味かも解っているつもりだった。彼はクラウとハーラが他のエルフたちと談笑している箇所も見ている。
自分の扱いに困っているわけだ。ゼルクは苦笑いを浮かべそうになった。好き嫌いというウルシュの言葉が蘇った。
ふと、上流から木製の食器が流れてくる。どうやら子供が洗っていたものが流れて来たらしい。左手でそれを拾うと、あの、と声をかけられた。隣にエルフの子供が来ていた。興味深そうな顔をしている。
「ああ、はい」
「あ、あり――」
食器を差し出すと、エルフの子供はそれを受け取りお礼を言おうとした。
だが慌てて近寄って来たエルフの女性が子供を引き寄せ、器をひったくるようにとっていく。そのエルフの女性は子供を抱きしめながら、ゼルクを責めるような瞳で見ていた。左目が抉られており、その周りに惨いと言えるほどの傷跡があるのが特徴的だった。
「――ありがとうございます、ゼルク様。その、無礼を働いてはいけませんので、失礼いたします」
「……」
ゼルクは何も言わず、少し頭を下げた。子供を連れて、恐らく親であろうエルフは慌ててその場を去っていく。
静かな空間は嫌いではない。
ただ静謐な空間には常に寂しさを伴う。それを実感していた。
食器を与えられた家屋に持ち帰り、クラウとハーラに了解をとってその日もウルシュの下へと行く。空中に浮かぶ黒い糸を辿り、川と反対へと歩き始めた。エルフたちその視線は感じていたが、とりあえずは目が合った相手と挨拶をする程度にとどめておいた。
ドリュアードの森は今日も姿が変わっている。枝を飛び移る小動物、色とりどりの苔、無数の虫、枝から垂れている実も様々な香りがする。時には果実が落ちていることもあり、虫が集っていたりもした。
辺りをきょろきょろと楽しそうに見回しながら、しかし糸を辿りまっすぐに進んでいく。ウルシュのところには他に誰もいなかった。相変わらず祠の周りで寝そべり、ゼルクの来訪にも気が付いていない様子だった。勿論そんなことはないだろう。ゼルクは足音すら殺していない。
「こんにちは、ウルシュさん」
少し離れたところで頭を下げて挨拶をすると、ウルシュはのっそりと起き上がり、ゼルクを見据える。
「おう、ゼルクか。よく休めたか。すこし顔色が良くなったな」
ウルシュはゼルクに顔を近づけ、笑いながら告げた。軽く欠伸をして、さてなんの話をするかと爪で頬をかく。先んじて、ゼルクは告げた。
「今日は聞きたいことがあって伺いました」
「ほう?」
「――いえ、里で嫌われているようでして。歓迎はされていても」
「ああ」
そりゃそうだろう、とウルシュは苦笑いを浮かべた。
「では今日はその話だな。つまりは、現在の三国……帝国と公国、共和国。銅の腐敗についてもそうだな……おう、暫くはこの話だな」
ウルシュは器用に顎に手を当てた。それから少しの間空を見上げる。
「現在の世界情勢……重要な話でしょうか」
「お前の立場を知りたいなら、知っておけ」
「解りました」
ゼルクは素直に頷いた。そういう素直さこそが彼の美徳、その一つであった。
ウルシュは笑う。だからこそだ。そう思っていた。だからこそ、彼には知識が必要なのだ。子供には不要なほどの知識が。
残酷なものだとウルシュは苦笑した。子供が子供の儘あれる。人間であれば、そんな贅沢が許される時代であるはずなのに。
「ところで現在の世界って、ウルシュさんは誰から聞いたんでしょうか」
「鳥が運んできてくれる」
なるほど。ゼルクは頷いた。竜の力だ。これ以上は解らずともしょうがない。
ウルシュの話の始まりは、昨日と同じようにゆったりとした語りで始まった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。




