竜との対話_01
さて、どこから話したものやらな。
そうだな、ならばまずは俺か。俺は確かにそうだ。かつて魔皇と共に戦った、黒竜。黒竜ウルシュ、確か刻裂竜とも呼ばれているんだとか。女神のやり口が嫌いでな。
ああ、そうだ。嫌いだ。よく覚えておくがいい、ゼルク。世の中に善悪などない。だが好嫌は存在する。えり好み、選り好みと言ってもいいだろう。
俺は女神が気に入らなかった。だからこそ魔皇の傍に立ち、女神と戦った。
いや、奴のやり口は別段間違っているわけじゃない。嘗て人は壊滅寸前だった。僅か三百年前当時、人類は僅か三万という数にまで追い込まれていた。弱小種だからな、人間。人間の強みは只一つ、群れであるという事だけだ。分断され、寸断され、各個撃破され、お前たちは徐々にその数をすり減らしていった。
弱小種族に救いの手は差し伸べられた。結構な演出だよ。魔皇なんて脅威もいたことだしな。都合が良すぎる、と思わなくもないが……どちらかと言えば魔皇の方が女神に執着していたし、女神側は……どうなんだろうな。よく知らんのだ。結局、女神と相まみえる栄誉に俗したのは一度きりだったしな。
うん、なぜ魔皇についたのか気になるか? そうだな。……くく、これを話すのは実は初めてかもしれんな。
嘗て俺が根城にしていた場所、その周辺が戦場になったことがあった。
魔皇はまだ単独だったよ。いや、好き好んで一人で動いていたのかもしれん。だがとにかく奇襲だった。勇者陣営は壊乱状態に陥ってな、そこで杖の勇者は死亡した。そして杖は魔皇に奪われ、奴はそこから逃げ出した。まあ、以降奇襲は成功していないんだがな。
その時見えた勇者の表情がどうにも忘れられん。安堵の笑顔だった。それがどうしようもなく気に入らなかった。
そんな笑顔を浮かべた勇者も、浮かべさせた女神も。俺は魔皇を問い詰めに行った。魔皇は質問には答えなかったな。ただ勇者たちには悪いことをしている、とだけ応じた。それでも殺さぬわけにはいかない、その理由があるという事だ。
俺はそれを聞いて魔皇についた。
ん? いや本当にそれだけだ。何が正しいか、何が間違っているかなど知らん。ああ、俺は人類を滅ぼすことに手を貸したのかもしれん。
だが魔皇の解答が気に入った。本当にそれだけ、それだけなのだ。
何より魔皇を背に乗せて飛ぶのは楽しかったよ。奴が全力で踏み切るとなぁ、俺でも落ちそうになった。その感覚は未だ忘れられん。
というかだな、魔皇は別に人間を滅ぼそうとしていたわけじゃない。あいつ自身は何もすることはなかった。兵だって集めようとすらしていなかった。
だがなんというか、強い力ってのはそれだけで脅威だし、奴は無駄な殺戮などしなかった。向かってくる相手には容赦が無かったが、余分なことはしない。
そのうち色んな種族が奴の足元に跪いていてな。自然と集まったんだ。庇護を求めて、力に憧れて、理由は様々だがな。
空を裂く風渡り、鱗の記憶持つ我らの枝葉、水辺のクラゲども、鉱山の酒飲み、歌う蛇……竜は俺だけだったな。秩序も統治なんてものもなく、ただ魔皇の傍に集うだけの俺たちはいつかの人間と同じだったな。つまり分断され、寸断され、各個で戦い――ずるずると追いつめられていったわけだ。
その上、魔皇は女神にだけは敵対的だった。
女神もそれを受けてなのか、魔皇を敵とし、魔皇に傅くものどもを敵として人類をまとめ上げた。
俺は進言したがね、軍を束ねるべきだと。魔皇はギリギリまで頷かなかったよ。理由は知らん。だが女神の神器は奴にとっても脅威だった。だからこそ何度目かの交戦の後、奴はとうとう軍を束ねた。
いや束ねると奴の手腕は恐ろしいほどに正確だったよ。軍規、軍律を整え、たったの数日で『魔皇の軍』は完成した。元々奴の力は知れ渡っていたわけだしな。
神器、特に武器としての神器が二本もあると魔皇が劣勢になるほどの武装だ。厄介なことに連中は全員が達人だったしな。
おまけに女神に近づくと奴の力は弱くなった。魔皇が戦う時、女神は積極的に魔皇の傍に現れることがあったくらいだ。ああ、女神の気配が濃くなると実際に奴の跳躍は弱くなっていたし、動きは鈍くなっていたな。神器に隠された機能でもあったのかもしれんが、詳しくは知らんな。
だが状況は一変した。魔皇は軍を率い、作戦を整え、結果として四つもの神器を破壊し、六人の勇者を殺した。
ああ、いや、破壊ってのは適当じゃないな。奴は四つの神器を奪い取ったんだ。そしてそれを適当に放り投げた。いや、マジで適当だった。とにかく二度と誰にも触らせないようにって海の中めがけて捨ててた。常に鎧着こんでじゃねぇぞクソがって言ってたな。
女神も焦ったんだろうな。二つ目の神器、斧を破棄された時点で動きが変わった。その後は知っての通りだ。黒竜を撃破した――つまり、俺が倒された。伝承にも残る戦いだよ。ああ、本当に死んだと思ったんだがどうにか生き残っちまってなぁ……サンに助けられたのは屈辱だったが。
だからそこから先は知らんのだ。黒霧の軍の戦いは伝聞で聞いただけだ。奴が危険視していた三つの神器の内、琴を破棄したと言われる戦い。どうやったのかは、想像でしかない。
うむ。奴が危険視していた神器は3つ。斧、琴、盃だ。重要視していたのは剣と鏡だった。
そして奴は敗北し――たった三万しかいなかった人類は奇跡を起こした。
いや、死んではいない。それは確実だ。なぜならここに『魔皇の腕』は確かに存在する。
奴が敗北する直前だったかに左腕と右足がすっ飛んできた。思わず変な悲鳴が出たぞ。なんだったか、『魔皇の手足が天と共に切り裂かれ、虚空の牢獄に閉じ込められた』だったか? 詩として間違っちゃいないがな、実際には文字通りに腕と足が吹っ飛んできただけだぞ。想像してみてくれ、目の前に空から友人の手足が落ちてくるのを。ビビるだろ。
今はこの祠に腕が保管されている。ん? ああ、腕だけだ。足はちょいと事情があってな。
これを得れば、お前は力を得られる。そのはずだ。お前に見える『黒い糸』は、魔皇が特定の人間にだけ見えるよう放った信号のようなものだ。女神にさえ気づかれないような微弱な波長。それを見れるものなんて、それこそ数百、数千年に一人、二人現れればいい。そんな微弱な波長。
奴にとってはただの賭けだ。別段負けようとかまわないという意図すら透けて見える程度の賭けだ。
お前にはこの腕を得る、その資格がある。ここまで来れたというのはそういうことだ。絶大なる力、魔皇の銀腕。我が友は腕一本になっても力は衰えん。
力を得てどうするかは誰もが抱く疑問だ。それが天から与えられたものとなれば猶更に。調子に乗るか、それとも怯えて竦むか。どちらにしても結果はろくなものにならんがな。
だから、それはお前が考えろ。俺は何も知らないままは選べないだろうと、選択肢を与えているだけだ。
例えばお前が帝国に走り、ここに腕があると知らせるのだって自由だよ。俺はそれに対して何もしようとは思わん。まあ出られるかどうかは別問題だがね。
老婆心ながら忠告するのなら、力には常に責任が付きまとう。それはお前の責任で選ぶべきだ。誰かに選ばされるのではなく、状況に流されるのではなく、お前の意志で。
その結果、何が起きようとも、お前はお前の責任と選択で力を受け入れるべきだ。勿論、受け入れないという選択肢もあるとも。それが選ぶという事なのだ。
ああ――いや、今日はここまでにしよう。
神器についてはまた今度、しっかりと話してやる。どのみち、今のお前には時間が必要だ。おい、明日はエスターに頼んで何かツマミでも持って来てくれ。酒……はやめとこうか。エルフの酒は旨すぎる。こういう話は飲みながらしたくないからな。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
力は一種の魅力に他なりません。




