辿り着いた先に
金の女神と銀の魔皇の戦いは、最終的に女神が魔皇を虚空の牢獄に封じ込めることで決着している。
「……その詩だと、詠われているのは魔皇の方なんだな」
「ああ、そうなんですよね。女神様じゃないんですよ。――まあ亜人呼びに不満があったんでしょう。一括りにされた上に、今もその呼び方ですからね」
「亜人……」
ゼルクがぼんやりと繰り返した。帝国や公国、共和国といった三国でのエルフたちの蔑称であることは知っている。
自由連邦では亜人呼ばわりはそれほど一般的ではない。むしろ亜人の方が多い以上当然と言えた。蔑称として使うことはあるが、そこまで浸透はしていない。
「……あの人たち、亜人って呼んでた」
「そうだな。とはいえそれがどこに住まわっているか、という決め手にはならんよ、ゼルク……ただ、自由連邦ではないだろうとは私も思うが」
「それは、解ってるけど」
ゼルクは拗ねたように口を尖らせる。別に本当に拗ねているわけではない。クラウと同じ結論には早々に至っていたというだけだ。
自由連邦らしかぬ言動が目立っていたというのもそうだが、自由連邦において『亜人』と総称される彼らは良き隣人に他ならない。都市部での祭りのときに、ゼルクは様々な種族と出会っていた。誰一人分け隔てなく接してくれるし、そこに種族の垣根は薄い。
無論のこと、無いわけではない。時折人が食えないものを販売している店もある。泥が抜かれていない魚、明らかな毒の花を漬けたもの、骨しかないような肉、度数の高すぎる酒は傍を通るだけで酔いそうになったのを覚えている。それらを喜んで食している者たちを見て、ゼルクとしては感心を覚えた。世の中、色々な人がいる。
「この手の伝承や詩は私たち、エルフだけではなく長命種なら色々残っているみたいですよ。特に変わったドリュアードなんかはそういった伝承を集めて回っているみたいです。それこそ何百年もかかって」
「噂だぞ。余り真に受けるな」
「でも、そういう話って聞いてると面白いよね」
クラウが嗜め、ゼルクが笑う。余り信じられていないことに対して、ハーラは気にする様子もなかった。そもそも自分も余り信じていない様子だ。
ゼルク自身は法螺話を好む性質はしていない。クラウやオットーといった純朴な村人たちと過ごしてきたその結果だった。余り過剰に誇張された話がそもそも村にない。だが他人の話を聞く分には楽しかった。
「エルフにこの黒い糸の話が伝わってるってことは、とりあえずこの糸を辿れば……大丈夫なんだよね?」
「少なくとも無碍にされることはないんじゃないかと。それに安全な場所だとも思いますよ」
ハーラは何時であっても明るく応じてくれる。ありがたい話だった。
それにしても足が進まない。昨日よりも確実に短い距離しか歩けていない。泥濘と化した森は酷く歩き難く、歩みは遅々としたものになった。そもそも歩けていた時間も一時間か、二時間か。疲労の色も濃い。
幸いにして食事には困らなかった。森の中だけあって木の実が豊富だったのだが、そのまま食べられるものが多いのは実にありがたい。特に紫色のルフ果は甘く、食感も楽しい。ゼルクのお気に入りだった。
水は近場に川が流れていた。白水仙も生えているが、色々と流れているのが見える。綺麗なのはそうかもしれないが様々なものが棲んでいるな、とクラウは疲れ気味に笑った。ここは森であり、様々な生物が住んでいる。当然そんな川の水はそのまま飲めばどうなるかは想像に難くない。火を炊くのも簡単ではない為、川の水は洗い物に限定することとした。枯れ木や枯れ草も簡単に手に入らないのだった。
自然、ハルミルに頼ることになったが、それも結構な頻度で見つかるのはありがたい。二時間ほど歩き、ハルミルの樹を目印に暫く休む。そんなサイクルが自然と身についていった。
「――また道変わったな」
そして起きるとまた道が変わっている。不思議なことに、休むとすぐに眠気に襲われた。おそらくはドリュアードが眠らせている、とはクラウの推測だった。
これで何度目だったか。何日歩いているかも解らない。そしてまた木の実が落ちていて、ハルミルだけは変わらずにそこにある。
「……そろそろ火を放ちたくなってきたな」
「クラウ兄さん疲れ切ってる?」
「うわ、ものすごい葉擦れの音がする」
頭を抑えながら起き上がり、クラウが怒りを滲ませながら呟いた。途端に葉擦れの音が響き渡る。ドリュアードたちが慌てて何かを言い合っているようだった。
「日の感覚も無くなってきたが、行ったり来たり、少なくとも十日以上は歩きまわされているんだぞ……流石に苛立ってくる……」
「気持ちはわかりますが安全は安全ですよ。虫にも襲われていませんし、獣もいない。毒のない木の実ばかりくれています」
「それは解っているんだが」
「クラウ兄さんがここまで苛々してるの初めて見たかも」
ゼルクとしては新鮮な気持ちだった。普段は頼れる兄だったクラウが相当に頭に来ている。村にいた時は全く見れなかった姿だった。
とはいえクラウも本気ではない。生木や生えている葉は燃えづらかった。かといって燃えないわけではないし、火種も造れる。このまま延々と迷わせられれば本気で火を放ちかねない、とは思っていた。
「まあ……でも近づいてはいるよ。そう感じる」
空に見える黒い糸はいつの間にかその本数を増やしている。それら全てが一つの方向に向かっていた。
いや、逆だ。黒い糸は中心から放たれているのだ。ゼルクはそのうち一本を辿ってきたにすぎない。
ゼルクは迷わず歩き出す。クラウとハーラは疲れた様子でそれに続いた。
その日は半時間も歩かないうちに、開けた場所に出た。辺りは花で埋め尽くされており、陽の光が燦々と降り注いでいる。広場の中心には木製の祠があり、それを覆うように黒い巨体が存在していた。
「……え」
「は?」
「――うわ、本物?」
三人がそれぞれ目を丸くする。
祠を囲うように横たわっていたその巨体は、竜だった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
竜が大好きです。




