旅路_03
作られた器は四角い筒のような形になった。それを三つ作り、並べて行った。糊なども無い為本当に只組み合わせただけだ。何枚か外壁にも張り合わせることで水漏れを防ぐつくりとなっていた。更に二つ、小さめの器を作る。片方で湖の水を掬い、もう片方に注いだ。その際に自らの服を使い簡単に濾過する。気休めでしかないが、クラウの着ている服装は目の細かいものであった。
「パロウ牛の糞はあるか?」
「勿論持ってきましたとも」
クラウの問いかけに、ハーラは胸を張って応じた。当然だが草に乗せられている。どうするのかと思ったが、糞に向かってペンと石をぶつけて火花を散らすと、簡単に火が点く。
たったそれだけでもゼルクは僅かに身を震わせた。火への恐怖が残っているのだった。それでも何の気なしに尋ねる。
「うわ、え、なんで?」
「パロウ牛やハシグモ牛の糞は火だねになるんだ。臭いがあるから家で使うのは推奨しない。……村では肥料に使うほうが良かったからな」
ついた火をハーラは手際よく大きくしていく。十分に大きくしてから、クラウとハーラは枝を組み、先ほど一緒に回収しておいた蔦を使ってサリの葉で作った器をつるす場所を作る。
葉など簡単に燃えるのではないか。ゼルクの想像は裏切られた。火は器を焦がしはするものの、その火は大きくは燃え広がらない。水が少しずつ温まり、やがて沸騰する。暫く沸騰させた後に火からおろし、葉の器に溜まった水を他の筒に移していく。
器は完全に水が漏れないわけではない、とクラウは語っていたが、簡単に漏れる様子もない。水を少しずつ沸騰させ、器に水をためていく。
「クラウ、暫くかかりますか?」
「うん。食事を頼むよ。まあ火はあるのだし、大抵のものなら食える」
「あ、ハーラさん。俺も手伝うよ」
「お。じゃあお願いしようかな。弓借りますね。ゼルクくん、矢筒をお願い」
片手でできることなどたかが知れている。それでも二人が何かをしているというのに、何もしないというのも悪い。瓢を洗うのも重要だが、どうせ夜は長いと知っている。村を離れてから、強くそう思うようになった。
それはあくまで気分の問題ではあったが、重傷者の気分がどれほど重要かハーラはよく知っていた。
「知らない場所だ。足元に気をつけろ」
クラウも止めない。何もせずにいたところでただ暗くなるだけだろうと思っているし、火から離れていたいだろう。
夜毎、ゼルクが悪夢とともに目覚めるのを知っていた。これからも炎の悪夢はゼルクを苛み続けることだろうことも解っていた。
クラウが普段通りに振舞っているのは、それだけが唯一友を癒す手段だと知っているからに過ぎない。それ以外にできない無力感を噛みしめている。
ゼルク達は日が落ちる前に戻って来た。僅かばかりの果実と、長い耳をした草食獣は体と頭を打ちぬかれていた。草食獣はキュラウサギというらしく、肉は少ないがとても美味しいのだという。煮れば内臓も食べられるが、今は鍋が無い。サリの葉の器は長時間煮込むのには向いているものではなかった。
「クラウ兄さんより弓が上手だったよ、ハーラさん」
「ま、私は苦手だからな」
クラウはゼルクの言葉に、何でもないように応じた。だが彼はエルフであった。苦手というが、生来弓は達人である。
「それにろくに練習もしていない。森で獣を捕まえるようなこともしなかったしな」
「行商隊だとこうして獣を捕ることもありますから。荒事にも慣れてないとなりませんので自然と鍛えられます。あ、クラウ、ナイフ返してください。肉捌いちゃいます」
「ああ、助かったよ」
クラウから小型のナイフを受け取り、ハーラは手際よく肉を捌いていく。そして肉は水辺に生える草に包み、穴を掘ってから埋めた。
そしてから薪をその上に移す。明日の朝には保存食になっています、と彼女は楽しそうに笑った。そしてから内臓は地面を深く掘り、その中に埋めて捨てた。血の臭いや肉が焼ける臭いは、他の獣を呼び寄せるものになる。それはパロウ牛がいようと問題なく機能してしまうだろう。
「……刃が限界ですねぇ」
「まあろくに手入れできてないしな。後は石を使うか。ゼルク、先の尖った石を見つけたら教えてくれ。森まで行ければハルミルもあるだろうが、刃物が使えないとろくにとれんのは問題だ」
これから先の旅は今までより過酷になる。クラウはそう言っていた。
これまでの旅でさえ水が潤沢という訳ではなかった。夜にハルミルの樹を傷つけ、管状になった植物を差し込み、水を溜める。この工程を経てようやく水をいただける。それでも一本の樹から、朝までに溜まっているのは僅か器半個分に過ぎなかった。ハルミルが潤沢に生えていた為どうにかなったに過ぎない。
周辺には河もない。湖は広大だが、ゼルクに見えている黒い糸は別の方向に伸びている。向かう先に湖があるか、河があるかどうかは賭けであるし、その水が飲めるかどうかも解らない。準備はしっかりとしておきたかった。少なくとも白水仙の生えているこの湖は綺麗な水が約束されている。
準備の時間は長くかかる。
夜の帳が降りて尚、クラウの手は止まらない。最も火も決して強くないので沸騰までの時間がかかる。のんびりとしたものだった。
ゼルクは瓢を洗い終えて、それをクラウに渡していた。それからは少し火から離れて目いっぱいの星空を見上げて、ぼんやりとしていた。他にやることもなかった。瓢は別途組まれた木枠逆さまに取り付けられている。燃えないように火からはかなりの距離がとられていた。
ハーラは手帳を弄んでおり、ペンで何事かを書きつけていた。書いたら消えない手帳だ。真剣に何を書くかを考えている様子だった。
「――みんな、無事かな」
ゼルクは思わずぽつりと呟いた。クラウは僅かに表情を沈ませた。ハーラは軽く手帳で自分の額を叩く。ややあってクラウが口を開く。
「……恐らく、一番重傷だったのはお前だ」
「――ああ、そうかも」
そういう解答が聞きたいのではなかった。だがゼルク自身もどんな解答が聞きたいか解っていない。何一つ夢ではない。それだけが解っている。
薪が音を立てて爆ぜる。
火は大事なものだ。それはよく知っている。冬など、火が無ければ死んでいることさえあっただろう。畜舎の動物が凍死していることもあった。
だが村を滅ぼしたのもまた火だった。村の全てを燃やした。子供たち以外何もかもを飲み込んで、未だ尚夜毎の悪夢を火が舐めている。
「……なんでこうなったのかな」
今度こそ、ゼルクは泣き言を放った。今日、この場に至るまで、全くと言っていいほど吐かなかった弱音だった。
十四歳の少年にしてはありえないほどの心の強さだった。隣にクラウがいたのは大きな要因だった。彼はゼルクに残された日常の象徴だった。そんな彼も全てを失ったのだと想像できていた。そんな彼は何も言わないままゼルクを助けてくれていた。
そうであるのならば自らも堪えなければならないと、何を堪えればいいかも解らないまま、ただ決して弱音を吐いてはいけないとだけ自らを戒めていた。
「もうすぐ、春も来て。アエリアたちと飴作ろうかって話してたんだ。金平糖――ってのを作ってみたくてさ」
一度零れると全く止まらない。ゼルクの口から滔々と漏れる言葉を、クラウもハーラも黙って聞いていた。
「だったら今度砂糖を買わないといけないけど、村長にお願いして――貰って――ネムはネガトと一緒にいると泣かない、って聞いてたんだ。アイツ、俺みたいになる、なんて訳の分からんこと言ってて……俺よりくら、う兄さん、とかさぁ。……シジーとテユが二人で大きい鍋運べるくらい頑張っててさ。刃物も今度一緒に使えるようになろうな、って」
途中からゼルクの声には嗚咽が混じった。いつからか耐えていたものが決壊して何もかもが溢れだしている。
クラウがそっと頭を撫でた。ハーラがその手を握ってくれる。涙も嗚咽も全く止まらない。
喪失の痛みは背負って歩いていくしかないと学んでいる。けれども慣れるものではない。最後には只涙と嗚咽だけを零して、二人のエルフに抱き締められていた。
その夜、ゼルクは気が付けば眠っていた。
翌朝、クラウとハーラがいつも通りの挨拶をしてくれたことが何より嬉しかった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
変わらないものもあります。意図的でも、意図的でなくても。




