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旅路_02

「ゼルク。一晩、あの湖周辺で過ごそう。パロウ牛もいる。視界は通っているし、周りは安全だ。あの水も一度沸騰させれば飲めるようになる。ここから先はハルミルに頼れない。水は確保しておきたい」

「ぱろうぎゅう……あのハシグモ牛に似てるやつ?」

「ああ、そうだ。穏やかな気質だが、実のところ肉食獣も嫌っている」

 クラウは悪戯っぽく笑った。ハーラが首を傾げていた。ゼルクは湖の傍でもそもそと草を食み、水を飲んでいるパロウ牛の群れを見やる。

 背中が緑色や茶色に染まっていた。苔が生えているようだった。体自体はかなりの巨体だゼルクの知る牛はハシグモ牛であり、あれよりも一回りは大きいように思えた。何より巨大な角が頭から横に生えていた。

「……そんなことありましたっけ?」

「普通に家畜として飼う分にはそうそう解らないんだ。面白いぞ」

 クラウはそれ以上は語るつもりはなさそうだった。とりあえず言われた通り、湖に近寄っていく。水が無くなるのは確かに問題だった。

 だが水を運ぶ容器などはない。カルクという木の実の殻を半分に割った器は、その日の水を飲むのに不足しなかったが、水を運ぶのには向いていない。

 湖には氷も張っていなかった。いや、雪の気配は日陰にところどころ残るばかりだ。いつの間にか、春の兆しが訪れている。夜は未だ冷えるとはいえ、日中は温かに過ごせる。それは村であっても解りやすい春の気配であった。

 何事も無ければ。

 ゼルクは首を軽く横に振る。炎の悪夢は未だ新しく、ゼルクを容赦なく責めている。

「ゼルク、湖をよく見てくれ。白水仙、見えるか?」

「……うん。見える」

「あれがあるならその湖や川は安全だ。毒や異物が混じると、白水仙はすぐに枯れる」

 クラウの口調は全く普段通りだった。森を歩く時、ゼルクに何かを教える時、彼はすんなりと穏やかに教えてくれる。

 ゼルクは思わず笑った。よく知っている。水を汚すと白水仙がとれなくなるよ、とは村の大人たちが子供たちによく言う言葉だった。教育の意味も含まれる。例えば汚物を捨てる際にしても、なるべく下流へと捨てる。灰やゴミは水に捨てず、土に埋めることで処分した。灰は水に溶けない為特に注意が必要とされていた。

「とはいえ生水は避けろ、でしょ」

「その通りだ。さて、火を炊かねばな。水を溜める器も欲しいところだ。ゼルク、傷も洗っておこう」

「あ、うん。クラウ兄さん、水を運ぶには……」

「任せたまえ。ハーラ、サリの葉を幾らか持って来てくれ。ノークはこちらで探そう。ああ、刃物を貸してくれ」

「はいはい。あの森、殆どがハルミルでしたからねぇ。水に困らなくて助かりましたよ。では少し手折って――なんか変な臭いしませんか?」

 水辺に近づき、野営する箇所を選定しているとハーラが鼻に触れて辺りを見回す。

 言われてみれば確かに妙な臭いがする。クラウが森の中で作った獣避けや虫除けに似ている臭いだった。ゼルクも思わずあたりを見回す。

「……ああ、なるほど。クラウ、そういうことですか。とりあえずサリの葉、持ってきますね」

「面白いだろう。パロウ牛の傍にいればそうそう襲われることはない。余り離れないようにな」

 クラウはからから笑った。臭いの元はパロウ牛だった。背中に生えている苔や草、その中に香りが高い薬草が含まれているという話だった。

 パロウ牛は非常に賢くてな。クラウは笑いながら語る。背中に苔を生やし、そこで肉食の獣が嫌う香りの薬草を増やしていく。子供のころから根付くまでやるんだ。

「とはいえそれほど細かく手入れできるわけでもないからな。ああして枯れるものも出てくる」

 クラウはゼルクを連れて牛の群れに入っていく。臭いが一層きつくなった。なるほど。これならば臭いを苦手とする獣は近寄らないだろう。

 枯れている草や苔の一部を軽く手で払い、回収していく。その際パロウ牛は抵抗することはなかった。むしろ心地よさそうにしている。

「枯れているものが生えていると不快らしい。綺麗にしてやると喜ぶぞ」

「乾燥してる枯れ草が手に入るのはありがたいね」

 ある程度その背中を綺麗にしてやると、お礼でもいうかのように一声泣いた。それから他の牛たちが草を水に濡らし、その背中に乗せていく。また新たに生やすのだろう。

 ゼルク達にしてみても枯れ草が手に入るのは実にありがたい。特に枯れた苔は細かく崩れ、火種として優れている。他のパロウ牛の背中には鳥が飛んできて草を啄んだりしていた。実に目に鮮やかな青色の鳥だった。軽く体を振り、汚れを落とす。苔の色が一部変化したように見えた。けれどもすぐにその変色も消えて見えなくなる。

 続けてクラウは水辺の茂みの先に入り込む。ゼルクはここで待て、と軽く手で制された。茂みの草むらはゼルクの背丈ほどもあり、クラウの姿も見失いそうになる。すぐに戻ると腕を伸ばしており、その先には蔦が伸ばされている。ぐっと力を込めてその蔦を引っ張った。

「ノークの蔦だ。ありがたいな。瓢も実っている。――いいぞ、形のいいものもある」

 言いながら蔦を引き続け、その先に不思議な形をした実を持ち出す。

 太い蔦にぶら下がるその実は両端が丸く膨らんでおり、中央がくびれている。ゼルクはこれまでこういった形の植物を見たことが無い。

 表皮はくすんだ緑色だったり、熟しているのか全体が茶色っぽくなっていたり、あるいは完全に枯れているものもある。よく見ると緑色のものにも縦縞に茶色の線が走っていた。大きさも様々で、大きなものはクラウの顔程の大きさがあった。

「よし、使えそうなのもある。干すのは旅をしながらだな。ゼルク、これはノークの瓢という。中に種子が詰まっていて、それを取り除いて丁寧に乾燥させれば色々な液体を運べる容器になるんだ。便利だぞ。きちんと洗って乾燥させながら使えば、十年、二十年は持つものだ」

 言いながら手際よく蔦から実を外していく。合計して4つ。それと蔦を少し持ち、野営地へと戻った。

 パロウ牛から少し離れた場所で野営準備を整える。とはいえゼルクは片腕だった。手伝えることなど殆どない。クラウはノークの瓢、その先端を切り取ると、その中身を丁寧に取り出してくれとゼルクに渡してきた。

 口はかなり細い。指でこそぐと簡単に果肉が取れた。試しになめてみると、酷く苦い。

「水で洗ってくれ。何度か繰り返して、とりあえず種と果肉が流れなくなったら終わりだ」

「解った」

 瓢の中身を湖の水で洗う。中身を洗うのは中々大変だった。湖の水をたっぷりと入れてよく振ってから中身を捨てる。

 地面を整え、枯れ草や枯れ木で簡単に薪を組む。そうしているとハーラが戻って来た。その手に一杯の巨大な葉を抱えていた。僅かに水に濡れている。洗ったのだろう。

「わ、ルリコバトがいる」

「パロウ牛は鳥とは相性がいいからな。偶に肉食の鳥も来るが」

「ゼルクくん近寄っちゃだめだよ。アレは猛獣だよ」

「……幸運の担い手、ではなかったか?」

「羽が毒持ちだから行商からは嫌われてるんですよ」

 ハーラは言いながら葉を地面に降ろした。そういうものか。クラウは少しだけ頷いた。確かにルリコバトの羽には微弱な毒がある。だが肉は柔らかく、とても美味しい。

 それからクラウはサリの葉を折り始めた。何枚か組み合わせて大きめの容器を作り始める。隙間は葉を重ね合わせることで無くしていく。

「サリの葉は折ると形を覚えるんだ。意図的に不思議な形で育てることもある。獣がぶつかった跡とかも解るから、危険度を計るのにも使いやすい。これを何枚か切り、重ねることで簡易的な器になる。まあ流石に水が完全に漏れない、ということはないが……幾つか作って、一人一つ運ぼうか」

「あれ、これは?」

「ノークの瓢は乾燥させるまでに時間がかかる。よく洗ったら中身を燻して、口を下に向けながら歩いていく。これから水場を見つけたら毎日洗おう。サリの葉はそれまでの繋ぎだ」

 クラウとハーラは当たり前のようにサリの葉を折っていく。彼らにとってはこれは日常的な行為だった。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

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