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集会所にて_02

「流石にこれは高級品ですけどね。でもちゃんと利点は多いです。インクは不要だし、紙は頑丈ですから旅には持って来いなんですよ。最も、書き直しとかはできないので注意は必要ですけど」

 ハーラは再度笑いながら、そこに文字を書きつけていく。続けて書かれたのはアエリアの名前だった。

「あれ、俺たちの名前……?」

「これから子供たちと過ごしますから。皆さんの名前を覚えておくためにも書きつけておこうと思いまして。将来的にはいい顧客になってくれるかもしれませんから、無駄にはなりません。それに私、こうやって交流した人たちの名前を覚えておくの好きなんですよ」

「……」

 ゼルクは黒く、繊細に書かれた文字をじっと見つめた。当たり前だがこの紙1枚でも相当な価値がある。

 そんな場所に自分の名前が書かれたということに妙な気恥しさを覚える。流石に金勘定についてはよく解らないが、家が一軒建てられるような一冊だ。きっと子供たちのお菓子くらいならば生涯賄えるに違いない。

「後で子供たちの名前も教えてください」

「え、まさか全部書くんですか……? 勿体なくない……?」

「勿体なくないですよ。これは本当に頑丈で、記録は最低でも50年以上残り続けます。帝国では大店だったり裁判だったり、重要な書類にはこれが使われることも多いようです。無理に書き換えようとしてもできませんから、記録としては最高のものですね」

 一度手帳と筆をポケットにしまい込んで、ハーラはゼルクに向き直る。

「ラドさんがこの村に来るのはきっと、数少ない同胞と――いえ、同胞の為ですが、私たちはこれからもやってきます。皆さんが成長したとき、子供のころから知っていますってのはきっといい縁になりますよ」

 ハーラはそれ以上語らなかった。だがエルフである彼女の寿命の長さはゼルクもよく知っている。その分だけ別れも多いことだろう。

 ゼルクは友人と生き別れただけで慌て、共に過ごしたものが死んだと聞いただけで現実感を失った。無数の別れがどれだけ辛いことなのか、解りもしない。

「あの、じゃあ……」

「おはようございまーす、誰かいますかー?」

 ゼルクが子供たちの名前と特徴を簡素に伝えようとしたところで、声がかかった。アエリアの声だ。

「アエリアー?」

「あ、ゼルクだ。おはよう。あ、もう開いて――どちら様ですか? あ、えと、アエリアと言います」

「おはようございます。礼儀正しい子ですね。私はハーラと申します。ラドさんの行商の一人で、今日からここでお世話になることになりました」

 ハーラはアエリアにも笑顔で接した。

 アエリアは暫く考え、解りました、と頷きを返す。

「それじゃあ今日は掃除です。暫くここに寝泊まりしますから、ちゃんと眠れるよう寝具も用意します! 寝具の場所とかは私は解りませんので、後でお二人が子供たちと一緒に持ってきてください」

「寝具……どうしよう、掛け布団だけでいいかな?」

「……ひょっとして、ありませんか?」

「あの、普段はベッドに藁を詰めてまして……」

「あ……そうなりますよね、そうですよね」

 ハーラが少し困った顔をする。さてどうしたものか。集会所の床は板張りであった。掃除する分には楽だが、このまま横になるには硬い上に少し冷たい。一部ささくれていて、ただ横になると小さな棘が刺さるかもしれないという恐怖もある。

 これは寒村では然程珍しい話でもない。土間の上にベッドを置かなければそもそも眠ることさえ難しいからだ。その上に更に藁を詰めるのは当然の工夫、その一つだった。しかしながら当然専用の寝具となると値段も張る。ましてや床に敷くともなれば相応の厚さが求められた。

 一応村には羊もいる。当然定期的に毛刈りも行っており、羊毛は詰め物として布団や、編んで服などにも使うことがあった。だが間が悪いことに、ラドとの取引は終わったばかりであり、村に余分なものは殆ど残っていない。

「流石にここを藁で敷き詰めるわけにもいきませんし、うーん、どうしたものか。お昼までには考えましょうか。掃除、続けましょう。水を入れられる桶と、それから雑巾、箒はありますか?」

「そっちは大丈夫です」

「では準備を! 子供たちが来るまでに準備は終えて、後は火を炊いて昼食に備えましょう」

 ハーラの合図と共にゼルクとアエリアは動き始めた。火を炊くのはゼルクの仕事となり、掃除の準備としてアエリアは集会所を歩き始める。

 火を炊くのはそう難しい話ではない。ただし手間が非常にかかる。寒村の必須技能の一つとして、当然ゼルクもその技能を収めていた。

 屋外である為、まずは火を炊く場所を決める。ここが最も重労働となるが、集会所の周辺では火を炊く場所は決められていた。既に簡易的な竈として使えるよう石が積まれていた。本来であれば石を積むところから始まる為、重労働となる(屋外の焚火と同等のものではない)。

 細かい木屑、あるいは燃え易い木の葉を集める。木の葉があれば楽だが、なければナイフで木の枝を削るところから始めねばならなかった。集会所回りに残っていた枯葉は大体が濡れていたため、刃物を用いて乾燥した木の枝を削り、火種となる薄い木片を作っていく。刃物は集会所に常備されており、必要であれば誰でも使ってよいことになっている。これについてはこれからの期間、ハーラが管理することになった。

 その後に打金と火打石(同様に集会所に置いてある。)を用いて種火を作り、それを絶やさぬよう少しずつ太い木の枝に移していく。やがて十分太い薪が燃え始めた頃には、子供たちもやってきて室内の掃除を手伝っていた。子供は6人いる。自力で動ける村の子供たちは全員ここに集まっていた。

 そして母親も二人いる。その二人は腕と足がそれぞれ悪い母親だった。かといって仕事が無いという訳ではない。普段から紫蜘蛛の糸を紡いだり、編み物をしたりと活躍していた。今はその二人の親の腕には、一人で立つこともできない幼い子供が抱えられている。当然、ゼルクは皆の顔と名前を知っていた。

「シジーくん、テユくん、ネガトくん――クウナちゃんに、マロちゃん、ルカちゃん。後はそちらの子供が」

「クウナちゃんの弟と、私の娘……ネガトの妹です。クウナちゃんの弟はリット、こちらはネム。ネムは昨年生まれたばかりで……」

「リーナさん待望の娘さん、というわけですか」

「まぁまぁ、そういうわけではないんだけどね。やっぱり娘が産まれて嬉しくはあったわ。男所帯だったから……」

 リーナと呼ばれた女性はハーラの言葉に笑って返す。1歳になるネムが母親に手を伸ばして甘えた声を上げると、軽く抱きしめて少し頭を撫でた。

 ゼルクが家に上がると、シジーとネガト、それにテユが共に行動していた。男女で別れて行動しているらしい。

 アエリアはクウナとマロ、ルカと共に行動していた。そうでありながら男子の方も見ている。彼女は要領がよく、視野も広い。集中力は散漫としているのが欠点と言えばそうだった。

「アエリア。火、できたぞ。後は何やる?」

「あ、シジーたちと一緒に後の清掃お願いできる? 私たちは2階の掃除に行きます」

「俺らがそっちでもいいぞ?」

「糸紬の道具とかの手入れとかもあるから、こっちの方がいいよ」

 解った。ゼルクは頷いてシジーたちと合流した。アエリア達は元気に2階へと上がっていく。当然清掃用具は持っていっている。

「よ、シジー、テユ、ネガト」

「ゼルクにーちゃん、おはよう!」

「おはよう、ゼルクにーちゃん」

「おはようございます!」

 挨拶をすると三人が一斉に声を上げる。

 シジーは今年で九歳になり、十歳未満の子供の中では最年長だ。村の中に限るが、一人での行動も許されている。

 テユとネガトはそれぞれ七歳。まだまだ危なっかしいがちゃんと付き従うことはできた。テユは騒がしい少年だった。ネガトは妹が産まれてから、家にいる時はいつも一緒にいる。何かにつけてネムにも大丈夫だろうか、と首を傾げることが多くなった。

「おーっし、今どこまで進んでる? できないところは俺がやるよ」

 ゼルクは苦笑しながら進捗を尋ねた。はい、はいと三人がそれぞれ声を張り上げる。自分でやったことをほめてもらいたいのは、別に大人だけではない。

 聞くと、ほぼ清掃は終わっているらしい。後は細かいところの拭き掃除だが、背の高さもありそこまでは手が出せていなかった様子だった。

「じゃあ高いところは俺がやろう。その間に持ってきて欲しいものがある。頼めるか?」

「はい!」

 シジーが元気よく応じた。残りの二人も手を上げる。

 持ってきて欲しいものは鍋だった。これから食事の準備もせねばならない為必須と言える。戻ってきたら一緒に川に水を汲みに行こうか。

 道具の一式は実のところ、全てこの集会所に収められていた。祭りで使う道具には当然大きい鍋もある。シジーたちは元気よく頷き、鍋をとりにいく。その途中、ネガトが母親のリーナに行ってきますと声をかけていた。ネムが訳も分からず手を伸ばしていた。

「道具重たいから、気をつけなさい!」

「はーい!」

 元気よく応じながらシジーたちは2階へと走っていった。2階には部屋が2つあり、片方には衣装含む重要な祭りの道具が収められている。残りは鍋等の調理道具だった。重たいものが2階にあるのは、ただ単純に1階に置いていても邪魔なだけだからであった。それほど利便性のいい建物等、この村にはない。

 二階からアエリアたちの大きな声が響いてきた。ゼルクは肩を揺らして笑った。気軽に笑えたのが暫くぶりだということは、努めて無視をした。


ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

お泊り会ってなんでか無性に楽しかったですよね。

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