集会所にて_01
翌日、日が昇るのと同時にゼルクは集会所に訪れていた。
アリガからは暫くここで生活すると聞いている。期間については不明であった。
全ての原因は当然、オットーが死に、ファウラ一家が失踪したことにある。それらの原因がもしかしたら行商にあり、オットーは殺された可能性さえあるとも伝えられていた。そしてそれらが戻ってくる可能性があることも。
ゼルクは全てをアリガから伝えられていた。教育の一種もであるが、事実の全てをごまかさずに伝えるのはアリガの美点であると考えている。少なくともゼルクを只の子供と扱っていなかった。
「おはようございます!」
朝食を食べて集会所に来ると、既に集会所は開けられていた。村の大人たちではない。集会所に最初にやって来たのはゼルクのはずだった。
そこにいるのは女性のエルフだった。普段村にはいない人物である。名前は知らないが、行商の一人だという事を知っていた。昨日子供たちを紙芝居で楽しませていた女性だった。
「初めまして、ハーラと申します。今日から暫くこちらの村でお世話になることになりました」
「――あ、初めまして。ゼルクです」
頭を下げて挨拶をする。同じようにハーラも頭を下げた。
細い体をしている。クラウたちが普段着用しているものとほぼ同様、動きやすそうな服を着ていた。額の瞳の模様と、両頬にある1本ずつの線は薄い緑色をしている。同色の髪の毛は長いが、今は一つに纏められていた。動きやすさを重視している。唯一と言える装飾は左の手首につけられた金の鎖のブレスレットだった。ラドのものと同じ意匠ではあるが、連なっている石の数が少ない。
彼女の傍に掃除道具がある当たり、集会所を掃除するつもりなのだろう。ゼルクとしても今日から泊まりと聞いているので、掃除はする予定だった。
「色々とやることあります。が、今日は一日ここの掃除をしましょう! 見えづらい場所に割と埃とか溜まってますので!」
「ああ、はい。そのつもりで来たので……」
ハーラの言葉にゼルクは素直に頷いた。エルフの行商達が泊まる際には掃除もされているが、子供と大人では全くの別物であるからだった。
子供の好奇心も問題となる。体力は勿論、汚れを見つけては口に入れるような子もいる。特に集会所は普段から紫蜘蛛の糸を紡いだりといった作業がある場所なので、決して綺麗な場所ではない。 掃除は必須だった。
「ところでお聞きしたいんですが、ゼルクさん。普段、皆さんは避難訓練とかはなさっているんですか?」
「してますよ」
ハーラの疑問に対して、ゼルクは即答した。
寒村において災害が起きた場合、まず死ぬのは子供だった。大人たちは必死になってそれを避けており、ゼルクもそれは何度か目撃している。
冬には雪害、春には洪水や地滑り、初夏にかけては森林火災と、災害の枚挙には暇がない。猛暑が続けば疫病が蔓延ることもあり、集落のはずれには疫病対策用の小屋まであった。風通しが良いだけが取り柄のあばら家であった。当然、獣害もあれば、虫の駆除も問題となる。
そのたびに犠牲になるのはまず弱い老人や子供だった。エルフたちの知恵もあり村が滅ぶような被害は免れていたものの、酷い年には十名以上が犠牲となることもある。
それらへの対策は常に講じられてきた。エルフたちの知恵で、雪害対策として家々の屋根は急傾斜が造られており、水害や地滑りの対策として河の傍には低木の植林が進められている。
更には子供たちの避難訓練も行っていた。これに関しては実のところ、オットーがやって来てからの対策である。季節ごとに行われ、次の季節に起こりうる災害への備えとして行われていた。
「おお、勤勉ですね。都市部では定期的に行われていましたが……どのようなことをか、詳しく教えていただいても?」
勿論です。ゼルクは応じて概要をまとめて話した。
洪水や地滑りは、雪解け水や大雨で川が溢れる恐れがある年に、特に川沿い近くに住まう者たちの避難訓練が行われる。実際に起きると想定し、避難経路などを選定し、子供たちの先導はゼルクやアエリアといった取りまとめ役が行うことが多かった。
火災は森からのものには対策されていた。村と森の間にはしっかりと距離がとられており、森が炎上しても問題は起きない。だが暖炉の火が跳ねるなどして家が炎上した場合はすぐに逃げるようにとされていた。実際に数年に一度は起きている事例であった。
雪害は寒村において最も多い。雪が降ると必ず毎日家の屋根を確認し、積もっていれば落とす。夜の内であっても不安があれば必ず見て回らねばならない。また、吹雪いているようならば外出は必ず大人と一緒でなければならなかった。吹雪は最悪、すぐ正面さえ見えなくなる恐れがある為、そもそも外出は推奨されていないが、必要に刈られる場合がある。
「解りやすいですね。なるほど、やることを限定的にして季節ごとに……」
幾つかの防災訓練について説明を受けると、ハーラは嬉しそうに笑った。
「皆で行動する際の合図はどのように?」
「声ですね。それほど人もいませんし……普段は俺とアエリアとマイト――ああ、っと……もう1人居たんですけど、その3人で他の子供たちの面倒を見てました」
「なるほど……鐘楼とか、ありませんものね。ラドさんに笛とか手で鳴らせる鐘とか、頼んでおきましょう」
ハーラは頷きながら、服についたポケットを探り、小さな革張りの本を取り出す。
革張りの本には紐が巻き付いており、一緒に見たことのない細い、金属の棒もついていた。
紐をほどいて本を開き、その本についた棒を引っ張り上げる。棒の先端を引っ張ると丸みを帯びたペン先が出てきた。
「……それ、ペンですか!?」
ゼルクは驚いて思わず声を上げる。ハーラは嬉しそうに笑って、はい、と頷いた。
ペン自体はオットーの家で見たことがある。鉄柱で作られたものであり、ペン先をインク瓶に浸して紙に書きつけていく。医者であったオットーは村民のカルテを村長宅に保管しており、病状や状態を村人毎に纏めていた。他にも村の現状を丁寧にまとめてあるが、ゼルクはそれを知らない。当然紙は高価なものであり、無駄遣いしていいものではなかった。
だがハーラの持っているペンにはインクなどはつけられている様子はなかった。ペン先も丸みを帯びている。
「こちらはメモ帳です。少し特殊ですけどね。なんと帝国産のもので、これ一冊と一本で――七十、ルーナも、するんです……! 私はセットだったので六十ルーナまで勉強してくれましたけど……!」
なぜかハーラは血を吐くような表情をしていた。七十ルーナ、と言われてもゼルクにはピンとこない値段だ。ギナ銀貨でさえゼルクにとっては大金だった。ルーナ金貨など見たこともない。
ハーラがメモ帳を開くと、真っ白な紙があり、上部には先ほど書いたであろう日付が黒く記されている。白い紙も見たことが無いものだ。オットーが使っていたものは煤紙と呼ばれており、やや色が黒ずんでいたのを覚えている。
「七十ルーナって……どれくらいの値段ですか?」
「うーん……自由連邦国家、郊外で小さな家なら建ちますね」
「家!?」
思わず声を張り上げ、メモ帳を見やってしまう。これ一冊で家一軒、と言われてもとても信じられない。
ゼルクにとって家とは重労働の果てに建てられるものだった。当然、一日二日で建てられるようなものではない。大きいものであれば一月以上かかることもある。
「はい。なのでこれ一冊持っているだけでも、価値が解る人からすれば一目置かれるものですよ。こういうのは結構便利なんです。使い捨てなのが難点ですが……」
「使い……捨て……」
メモ帳のページ数は少なく、二十枚程度しかない。ハーラの掌に収まらない程度の大きさだが、それほど大量のものを書き込めるとは思えなかった。
「はい。この棒で紙を擦ると」
言いながらハーラはメモ帳をペンでなぞる。すると白い紙の上に黒い線が現れた。そのまま手を動かし、ゼルクの名前を書いてくれる。
「凄い……書けてる」
「正確には削っているらしいですよ、これ。帝国産で私も原理はよく解っていないんですけど……紙に特殊な処理が施されていて、この鉄筆で引っかくと黒くなるんですって。インクとかいらないんです。凄いですよね」
ハーラが笑った。紙に特殊な処理が施されている、と言われてもゼルクには何も解らない。
だがその紙がゼルクの知るものとあまりにかけ離れているということだけは解る。彼は呆然と呟いた。
「帝国って……凄いところなんですね」
ゼルク達が学ぶ際には地面に直接書いたり、木札を使用したりしていた。当然、地面に書かれたものは記録としては残らない。雨や風に晒されて1日も持たなかった。
記録を残す際には木札を使う。書きつける際には焼いた木や煤を使って書くが、当然それほどきれいな文字にはならない。消えづらくはあるが、汚れて読みづらくもなる為余り消えないことに意味はなかった。比べると、この手帳の紙の技術は余りにもとびぬけている。帝国の技術というものがどれほど優れているか、その証明がこの一冊に込められていた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。




