会議_02
「さて、次の話だが、オットーの死についても関連する。俺はあの新しい行商、それが怪しいと思う。ラドはどうだ」
「ああ、そこで私に振るのですね……さて、ここに至るまでに少々物々しい装備だなと感じましたが、流石に殺しまではそう簡単にやらないかと。裏を返せば簡単な事情でなければ殺すでしょうね。傭兵も連れていましたので、殺すのはそう難しくない筈です。そしてディアゴ殿は商人です」
損失と利益とが釣り合えば実行するでしょう。ラドはそう言っている。それは誰しもに伝わった。
そしてそれは彼らにとっても同じことであった。だからこそラドたち一行は同胞の為にもこの村にまで来てくれている。ただし、彼とディアゴでは違っている点が一点だけあった。それが彼らへの認識を誤らせる。
「ただ、村長殿を殺したからといって何を得られるとも思えません。この村にある財産と言えば……」
「例の衣装くらいなものだな。どうだ?」
「そうですね。もしも衣装欲しさならば皆さま既に殺されているかと。たったの数人でしたが、難しくは無いでしょう。我々も戦えますが、奇襲されていればどうしようもなかったでしょうね。……他の価値はあるかと尋ねられれば、申し訳ありませんが、金銭的なものでいうと……」
ラドが言葉を濁し、その場にいた全員が苦笑する。自分らの村に何もないことなど解り切っていたからだった。
その中で、確かに祭りの衣装は唯一の高価なものだった。
何十年とかけて作られたこの衣装は、村ができた当初、それより前から作り続けられたものである。村ができる前、この森に住んでいたエルフが長い年月をかけて編んでいた。元々は着飾る為の衣装ではなく、エルフが年月を計る為に編んでいたという。それを人の為の衣装にしたのは、エルフたちの優しさに他ならない。
エルフは長い間を生きる種族であり、時間経過の感覚は人のそれより遥かに曖昧である。そして利益というものに対しても、同様に歓迎するような習慣はない。
あらゆるものは巡り巡るものだと知っており、同時に泡沫のように消えるものだとも知っている。これまでの三百年の間に産まれ、消えて行った村の数は数知れなかった。それらの幾つかを、エルフたちは共に過ごしてきていた。そしてラドが率いる行商隊は、可能な限り同胞に援助を行っていた。
「ならやはり偶然か?」
「それも考え辛いのは事実ですね。オットー殿は足元が覚束なる程酒を飲まれる方でしょうか? もしくはそれほど御高齢でしたか?」
「いいや。嗜む程度だ。祭りのときは少しばかり深酒するがな」
オーラの答えは明白であった。つまり事故である確率は極端に低くなった。ラドは苦笑する。オーラが言わせたいことが解ったのだった。
「つまりは殺す理由が解らない、という点に帰結するわけですね。となればオーラの勘に従ってもいいでしょう。彼は戦争時代を生き残っています。我々とは経験値が違います」
ラドは素直に告げながら、そこで口を噤んだ。
行商は村にとってはなくてはならない存在だ。そんな彼らが行動を肯定したとなれば、オーラの決定には文句をつけられなくなる。図式としては非常に解りやすいが、ラドは少なくともオーラが村にとって不利益なことはしないと信じている。
「それで、どうするんだ? あの行商が村長を殺したからと言って……」
一人から声が上がる。できることはない、と先ほど言ったばかりだった。オーラは軽く肩を竦める。
「まず明日から子供たちをこの集会所に集め、ここで生活させる。当然仕事は今まで通りだが、村人の一人は常にここに居てもらう」
「なぜでしょうか」
「奴らが戻ってくる可能性を考えている」
即答であった。全員が息をのむ。純朴な村人たちであった。だがラドだけは不思議そうな表情をしている。
「理由なんか解らんがな。だがオットーを殺した以上、この村に何らかの価値を見出している。そう考えて行動する。ここが村で一番頑丈な場所だ。子供たちはここから逃がせるよう、避難経路の作成とその訓練も行う。その場合、先導はクラウ、子供たちの取り纏めはアエリアとゼルクに任せよう」
子供を逃がす、ということに反対の声はなかった。子供は村にとって未来そのものだ。クラウをつけて逃がすのならば、その先の食料で困ることもないだろうと考えている。
オーラは淀みなく告げて後ろ振り返り、ガリラルを見やる。
「ガリラル。俺とお前で防護柵の点検と普請だ。明日周辺を見回り、その後から行う。本格的なものは作れんが」
「二人だと堀は作れませんよ」
「日常の業務を疎かにはさせられん。余裕あるときにやってもらう程度だな」
ガリラルが嫌そうな顔をする。オーラはやると言えばやるエルフだ。ガリラルもクラウも、彼には様々な技術を叩きこまれた。
それから幾つかの細かい決め事を決定していった。子供たちをこの集会所で寝泊まりさせるのは既に決まっていた。大人たちにしても、いざという時パニックになった子供たちがいるよりも、単独の方が動きやすい。より多くを生き残らせる為には子供と分けたほうがいい。反対するものもいたが、なるべく子供たちと過ごせる時間を作るという事で納得した。
「避難についてですが」
大体のことが決まったところで、ラドが手を挙げ、控えめに声を上げる。
「我々の方からも一人、ここに滞在させましょう。幾らか室内の遊具と、余分に食料も置いておきます」
「……そりゃ俺は構わんが、いいのか? ああ、皆はどうだ」
「特に拒否する話でもないですが……」
オーラ含め、皆が困惑する。ラドもエルフとはいえ商人だった。利益に対して関心が無くとも、考えざるを得ない。そういう人物の筈だった。
幸いにしてか食料の余裕はある。何せいきなり食い扶持が五人、いなくなったのだ。当然全くの想定外であった。
「無料とは言えませんが、料金は次回来た時に相談させてください。混乱もあるでしょうから、多少の援助は必要でしょう。おいていくエルフはハーラと言います。女性のエルフですので、女性の皆様方の相談にも乗れるかと」
至れり尽くせりな提案であった。現在、この村の人手は著しく足りていない。一人であっても助けがあるのは非常に助かる状況だ。
エルフの女性については基本、集会所に常駐してもらうこととなった。村の勝手も解らない以上、子供たちの面倒を見てもらうことで決定する。
各自子供に伝えてもらうということで、今日は解散とした。残ったのはエルフたちだけだった。行商隊は今日もここに泊まることになる。既に村人の助けもあり、片づけは終わっている。明日には村を発つ予定だった。
「それで」
皆が去ってからたっぷり時間をおいて、ラドが口を開く。
「あれでよろしかったでしょうか」
「ああ。助かる。少なくとも、これでゼルクを逃がすことはできる」
オーラが頬をかきながら伝える。
子供を安全な場所に集める狙いはそれ以上にはない。無論のこと、オーラも村人全員の事を等しく愛していた。
だがゼルクだけは、空中に『黒い糸』が見える少年だけは特別だった。それはエルフたちの共通認識でもある。
「ハーラには言い含めてあります。クラウ、最悪の場合は」
「本当に攻めてくるものでしょうか」
「さぁな。一月経って戻ってこなければ厳戒態勢も解除するつもりだ。明日、ガリラルと周辺を見て回り、その結果次第だな」
「ああ、やっぱり本気で見回りはするんだな……」
ガリラルががっくりと肩を落とす。オーラが厳しく見てくるのが解っていた。
クラウ、ガリラルの両名はオーラに鍛え上げられてはいるが、実戦は森の獣以外とは行っていない。対人戦の経験が著しく欠けている。
オーラの指示に従う以上のことができないが、ガリラルには幸いにしてか才能があった。オーラにはクラウよりも厳しく育てられている。それが優しさだとはわかっているが、それはそれとして厳しいのは辛い。
「クラウ、最悪他の子供たちは見捨てて構わん」
「ゼルクが嫌がります。説得は難しいですよ」
「解っている。俺とて何も起きないことを望んでいる。だがオットーが死んだのはやはり偶然ではないと、そう思っている」
「……危急の折には無理やりにでも、ですね。承知しました」
クラウは脱力して頷いた。オーラの中では既にオットーが殺されたものとして扱われていると悟ったのだった。
そしてそれは決して偶然ではないとも考えている。そうであるのならば、なるほど、覚悟を決める他にない。
だが、彼らはいったいこの村にどんな価値を見出したというのだろう。それだけはどうしてもエルフである彼らには解らなかった。
エルフと人の差異、それを理解するのは難しい。何よりこの村に住まう人々は、誰しもが穏やかで純朴な気質だった。エルフたちは彼らを人間の基準として考えすぎていた。
つまりは彼らは人間というものに対して余りにも信頼を置き、それだけ高く評価していた。決して悪いことではなかったが、長い間平和に触れすぎた弊害でもある。人間たちがどれほど欲望に弱く、享楽的に生きるかを、彼らは知らなかった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
誰であれ思惑があり、誰であれ思いやりがあります。




