会議_01
村の集会所の一階には村の大人たちが集められていた。藁座が並べられ、やってきた村人たちは好きな場所に座っている。全員の表情は険しかったり、不安そうだったりと様々だが、明るい表情を見せる者はいない。皆一様に緊張しているのか、誰一人として声を発する者はいなかった。
全体を見渡せる上座にあたる場所には最年長のエルフ、オーラが座っており、両隣にはクラウとガリラルが座っていた。更に近場にはラドともう一人、女性のエルフがいる。室内に幾つか設えられたランタンは行商のラドたちが提供してくれたものも含まれていた。
寒村での集会は簡単ではない。昼間は働き、夜は眠る。それが一般的であり、人数は常に不足している。ましてや夜に集めるとなると、灯りも簡単ではなかった。態々火を起こす手間も考えると、緊急事態以外で開かれることはない。つまりはそういうことであった。
「よく集まってくれた」
オーラの声は穏やかだが、やや硬い。濁った左目を軽く擦り、残った右目が全員を見据える。
「……既にほとんどご存じかと思うが、オットーが死んだ」
その言葉に、事情を知る者たちが俯き、知らない者たちが息をのんだ。
オーラは只事実を伝えているだけだ。だが体の前で組まれた両手には、遠目から見ても解るほど力がこもっている。
「……死因は、セルコ、頼む」
「あ、はい。えーとです、ね……」
セルコと呼ばれた線の細い男性が応じた。オットーに医療の手ほどきを受けていた男性であった。
線は細いが優しく、子供たちにも人気がある。三十を超えているが、まだ子供はいない。
「頭を打ち、首が折れていました。恐らく酔って倒れ、強かに頭を打ち付けたのではないかと思われます。ただ……」
一拍おき、セルコは言いにくそうに付け加えた。確信は持てていない。だがオットーに手ほどきを受けた彼は、曲がりなりにもこの村の医者であった。
「……口元から酒の匂いが、あまりしなかったんです」
「それがどうかしたのか。時間も経っていたし――」
「酔った顔も、普段と変わらず赤みが少なくて。あれだけ酒瓶が空だったなら、もう少し……こう、皮膚に火照ったような跡があってもおかしくないと思うのですが」
「……つまり酔っていなかった、と?」
「断定はできません。ですが、飲みすぎて倒れた、とは少し……後は、オーラさんからの言もありまして」
セルコの言葉に、部屋の空気が僅かに張り詰めた。
そこにオーラの静かな言葉が重なる。
「そこからは私が。ただし、これは俺の直感ということを念頭において欲しい」
自らを俺と呼び、オーラの目が一層鋭くなる。クラウとガリラルが軽く肩を竦め、姿勢を正す。
「オットーは殺された。そう思っている。下手人は例の行商だ」
続けて断定した時、皆僅かにざわめいた。セルコを含めた二、三名はやや懐疑的な瞳でオーラを見ているが、その場にいる大多数の人間が納得の頷きを返している。
ディアゴ率いる行商隊以外にはありえない。何せ昨日今日やってきた余所者は彼等だけなのだ。そして彼らがいた時にオットーが死んでいるとなれば、短絡的であろうと結びつけるのは当然と言えた。もしも彼らがいなければそれこそ事故で片付いたことだろう。
「……オーラさん、憶測です」
「おう、解っている。憶測に過ぎん。だから勘だと言っている。だが都合が良すぎると思わんか」
「……だからといって僕らには何もできません」
「ふん」
オーラは詰まらなさそうに鼻を鳴らした。事実として間違っていない。既にディアゴ率いる行商はいなくなっている。
追うにしても時間が経ちすぎているし、その技術を持つものもいない。オーラならば追うことはできるだろうが、追ったところでできることはなかった。
「続けてファウラ一家についてだが、彼らは元々今月末くらいには出て行くことが決まっていた。これは知っている者もいたな。クラウ」
「はい」
クラウが応じながら軽く皆に頭を下げた。
「ファウラの家の方々は都市で仕事が見つかった、と村長――オットーさんに話しておりました。一家で引っ越すことは決まっていた様子です。詳しい話は知りませんでしたが、あの様子ではディアゴ殿の商家でしょうな」
「は、挨拶もなしに村民を連れ出すとはな。礼儀も知らん餓鬼どもが」
吐き捨てるオーラ。クラウが肩を竦めた。
「ファウラさんたちが街に仕事を?」
そう尋ねたのはアリガだった。ゼルクを通じてミールやマイトとも交流がある。彼らの親であるファウラとも仲が良いと思っていた。
だが、彼女自身はそういった話を全く聞いたことが無かった。
「はい。新年の祭りの日にそういった話をされた様子で」
「新年の……」
もう一月も前になるということだ。アリガは衝撃を隠せない様子で口元を抑える。
無理もない。寒村において人の繋がりとは非常に強くなければならない。村人同士で隠し事など、まずないのが普通だった。オットーでさえ村人と話し合う際には、常にそれを心がけていたと言っていい。そしてそれは村に住まう誰もが同じはずだった。
「月末には送別会を行う予定でした。また、この話はオットーさんからもなるべく黙っておいてくれと言われていました。村人がいなくなる、というのは混乱の元にもなりますので」
クラウが淡々と語る。納得しているものとしていないものとは半々といったところだ。どちらにも理があることは伝わっている為、誰も口にはしない。
「それで、オーラさん」
「なんだ、フィラー」
「今日集められたのはその報告だけか?」
「報告もあるが……緊急で決めねばならんことが2つある。これから我々はどうするか。また、新しい村長はどうするか」
フィラーと呼ばれた男性は憮然とした顔で尋ねる。オーラの解答は明白であった。そして紛れもない緊急の案件であった。
本来ならば村長は指名を受けた後に合議が行われる。オットーもそのようにして村長となった。指名については村人からの聞き取りや推薦等、様々な条件がある。大抵の場合は村長の胸に秘められ、指名される相手には少しずつ教育が施された。
「……当たり前ですが、急ですな」
「全くだ。アイツも後十年はやるつもりだっただろうよ。ただ、一応オットーがまとめた手記がある。暫くはこれで村長も困ることはないだろう」
言いながらオーラは懐から紙の束を取り出した。全てオットーが認めたものだった
「当然、俺たちエルフも支援する。一応聞くが、今この場で村長をやりたいという奴はいるか?」
手記を床に置きながらオーラが尋ねるが、当然手を上げる者はいない。日々の生活に追われており、余分を背負い込むだけの余裕が無いというのもある。何より、誰もが村の命運を背負える程優秀なわけではない。
実際のところ、村長の役割は非常に重要であり、責任も重い。寒村であってもそれは変わらない。オットーは優秀であったため、後任はさぞ苦労するだろうと笑い話にもなっているほどだった。
備蓄の管理や資金の管理、村の開拓の計画、用水管理、牧畜や狩猟資源の統括――業務は多岐に渡るが、大半は1日2日で終わるようなものでもない。オットーはそれらを管理しながら、医療や衛生の管理まで行っていた。更には周辺に建てた防護柵の点検も、エルフたちと共によく見て回っている姿が目撃されていた。
日々の様々な仕事を行ったうえで、片手間に行えるものではない。かといって医者として活動していたオットーのように、農業や牧畜を疎かにすることも許されなかった。
「ま、そうだろうな。そこでだ、暫くの間は俺が村長代理を務めよう」
「……そのままオーラさんがやってくれても」
「そうはいかん。ここは人の村だ。私たちは飽く迄客人だよ。人と共に住まうことに意味を見出している、そんな珍客だ」
オーラは苦笑する。エルフたちはこの村は人が造ったものだと認識している。嘗てこの森に住まわっていた彼らは、森が開墾されていくさまも、そこでどのように人間が生活していくかもつぶさに見ていた。そんな彼らと協力して生きていこう、と考えたのは彼自身ではなかった。
「これから暫く――そうだな、週に一回は昼間に集まりたい。そこで村長を決めるとしよう。重ねて言うが、支援はする。皆も理解してほしい」
オーラの言葉に、皆が頷いた。不承不承という感じではない。皆にとっても村長という立場は重要だった。
決して責任を押し付ける為ではない。方針を決定してくれる人物は必要なのだ。こういった寒村においては特に。労働力を無駄にできるほどの余裕さえないのだから。
「ま、とりあえず現在医者であるセルコが第一候補のつもりだったんだが……」
「まだ若すぎます……四十にもなっていませんよ……」
「ということだ。私には解らん感覚だがな、そのあたりも考えてやってくれ」
かかか、とオーラは楽しそうに笑った。既に三百年以上を生きているオーラにとってはどんな年齢でも大して変わりは無いのだった。ましてや、セルコのことなどそれこそ産まれた時のころから知っている。彼がしっかりと成長していることについては望外の喜びだった。
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