幻想の夜_01
日は高く昇り、祭りは盛り上がっていく。振舞われた食事も多数に上る。
よく焼けた塊の肉を焼き、香草で作ったタレにつけて食べる。子供たちには数枚配られるが、流石に食べ放題という訳ではない。だが新しい肉は既に焼かれ始めていた。
薬草粥は雑穀が良く煮込まれており、実に滑らかに喉を滑っていく。時折口の中で弾ける穀物の心地よい感触が楽しい。子供たちが騒ぎながら肉や粥を貰っては燥いでいた。零さないように、とクラウをはじめとした大人たちから注意が入る。余りに危険なようならば厳重に注意せねばならない。
「ああ、くっそぉ……なんで勝てねぇんだ……」
マイトが大きく嘆息しながら、よく焼けた肉を一枚ゼルクに献上した。
遊戯はマイトの敗北であった。複数回行ったが、最終的には総合得点で常にゼルクが上回っている。
「まあ俺むやみに投げないからな」
「……そういやゼルク、最初の三回全部同じ場所に入れてるよないつも」
「なんだ、今更気が付いたのかマイトくん。点数探しも大事だぞ。互いの情報公開なしで」
「お前! そういうの言えって!」
「ミールは知ってるぞ。ていうか、何回遊んでんだよ。気づけよそれくらい」
「姉! さん!」
「ごめんね。マイトバカだから」
薬草粥を啜りながらなんでもないように言うミールの口調には一切の悪意が無かった。アエリアは肉と野菜を幸せそうに頬張っている。
無論のこと、マイトの頭がそれほど頭が悪いわけではない。だがミールは賢かった。体が弱いということもあり、勉強に集中できているという点も大きい。
寒村に住まう者たちにありえざる程度に、村民たちの頭はいい。貨幣の計算もできるし、文字が読めるものもいた。ゼルクは文字は読めなかったが、計算については勘がいい。これは現村長の方針ではなく、エルフたちが昔から施している教育だった。計算や文字の読み書きは生きていくうえで重要な武器になると知っていた。
特に彼らが施している教育はエルフ語ではなく、大陸共通のものだった。主に三国で使われている共通用語や数字だったが、エルフの言語よりも遥かに利便性が高いと認めている。行商のエルフたちはそういった書物も数点、持ってきてくれていた。
特に数字に関しては明白に優れている。エルフは単語や文章に数字の意味を持たせることが多く、数字という概念が無かった。数字だけで独立させて考えると文章よりも遥かに利便性が高い。
「……作戦建てろってことか……」
がっくりと項垂れてマイトはぼやく。肉を乗せた木製の皿は決して傾けないよう注意していた。
「まあアエリアみたいに運がいいと何も考えなくていいんだけどな」
「お、今私の悪口言った?」
「運がいいってのは悪口にあたるのか?」
「何も考えてないって言ったのと同じだよ?」
「解ってんじゃねぇ――」
ゼルクが最後まで言ってせせら笑う前に顔に雪の塊が飛んできた。そのあたりにある雪を掬い上げて当てられただけで痛みなどはない。
雪はすぐに地面に滑り落ちていく。鼻の上に引っかかった雪を軽く振り払うと、冷たさだけが僅かに残った。
「お前な」
「ゼルク、事実は時として人を傷つけぶぇ」
「姉さん……」
口を滑らせたミールにも雪がぶつけられる。滑り落ちる雪を適当に掃い、彼女は不満げに口を尖らせた。
「むぅ。アエリア、ちょっと冷たい」
「へーん、どうせ私は勉強できませんよ!」
「私より要領いいじゃない。それに、オットー村長も言っているわ。頭がいい、体が頑丈、顔がいい、足が速い、弓が上手――」
「才能ってのは不平等ってな。アエリアがミール並みに頭良かったらかなり気持ち悪かったぞ」
「気持ち悪いってなによ……」
アエリアが僅かに毒づく。頬を膨らませながら薬草粥を食べ終え、器を丁寧に調理を行っているエルフ、クラウへと返却した。
「お代わりはご入用かな?」
「とりあえず今はいいです! また後で!」
「はいはい。元気だね、アエリアは」
クラウは笑いながら木の器に改めて薬草粥をよそう。軽く混ぜて見た目を整えた後、別途刻んだ香草を散らして完成であった。
「ゼルク。すまないが」
「ラドさんたちに? 解った」
「俺も手伝うよ」
「いや、ここにいてもらうだけで良かったんだが……解った。頼めるか?」
ゼルクとマイトは軽く応じて、粥の盛られた器と木の匙を数本持つ。ミールとアエリアも手伝うらしい。
ラドが率いるエルフの行商は人形劇を行っていた。十二人の勇者たち、その一幕だ。特に解りやすい『刻裂竜』との戦いだった。村でも人気の一幕は特に子供たちが好んでいる。
「魔皇の配下、刻さえ裂くと言われたその竜の一撃を防ぐは鎧の勇者。放たれた息吹を防ぎきり、僅かにできたその隙に、弓の勇者の一撃が撃ち込まれる! 咆哮する竜に向かう槍の勇者! その三叉槍が敵を見事に穿ち、拘束する!」
弓の勇者の一撃は見事に竜へと突き刺さり、その左腕を吹き飛ばした。実際に人形の竜、その腕が取り外された。子供たちが歓声を上げる。
女神の神器、その面目躍如である。勇者にしか引くことができないと言われたその弓は、その一撃が竜の咆哮に似るという。そして神器の槍は突き刺した相手を拘束するのだという。
流石に竜の巨体、その全てを拘束できたわけではなかったのかもしれないが、それは確かに戦いを有利に運んだ。左腕を喪失した刻裂竜はその後、徐々に追いつめられ、とうとう討伐されたとされる。
「ラドさん、お疲れさま。かっこいいよね、刻裂竜との戦い」
「ん? おお、態々ありがとう。ああ、やはり黒霧の軍との戦いや、魔皇との戦いと一緒で人気な話だな」
薬草粥を受け取りながら、ラドは隊商の皆に声をかける。エルフとて食わねば生きていけないのは当然であった。
薬草粥はエルフたちにとってもご馳走であった。エルフたちは単純に手間や時間のかかる料理をご馳走とみなしている。時期に合わせたものともなれば、彼らにとっては尚代え難いご馳走に他ならない。肉や魚であっても普通に食べるが、時間のかからない料理程軽視する傾向がある(当然行商として彼らは道中時間が無いことなど間々ある)。
「槍の勇者はここで死んじゃうんだよな」
「ああ、魔皇との戦いを含めて、最後には六人の勇者が亡くなられる。最終的には神器も四つも失い――だが、魔皇は虚空の牢獄に封印された」
ラドは滔々と語り、温かい薬草粥を一口啜る。他の隊商にも配られ、彼らもそれぞれ適当に食べていた。
女神の神器は槍、斧、杖、琴の四つが失われている。残った八つはそれぞれが三国に分配されている、と聞いていた。ゼルクは当然、実物を見たことなどない。
神器が失われた戦いはそれぞれ語られている。例えば黒霧の軍との戦いでは琴が失われ、鎧の勇者が絶命するということだった。
「思ったんだけどさ、神器って基本的に壊れないんだよね?」
アエリアが口を開く。純然たる疑問を呈するときの口調だった。
「ん、ああ。そういう話だな。鎧なんかはそれを突き詰めており、勇者様やその血筋の方々が着用すると殺すのは途轍もなく難しいのだとか」
「あ、そっか。普通の鎧だと外見が大丈夫でも中がダメってことがあるのか。いや、鎧って壊れないだけなのかな、って思っちゃって」
「壊れず、倒れずということらしいよ。中身も絶対に無事、というのが謳い文句なのだとか」
それでも死ぬものなんですね。アエリアはなんとは無しに言った。食事時の話題とは思えないが、確かにその通りだとも思う。
だが弱点はある、とゼルクは思っていた。獣たちとて脅威ではあるが、その脅威を最大限発揮する為にはそれぞれに条件がある。獣の種類ごとに狩り方を変え、弱点を突くのは基本と言えた。鎧の勇者とて、常に鎧を着こんでいたわけではないだろう。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。




