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祭りの裏で

 音楽が鳴る広場の中で、子供たちが思い思いに遊んでいる。技術はないが寒村では精一杯華やかであろう音楽を遠巻きに聞きながら、ディアゴ達は一室に揃っていた。

 狭い家、というよりは小屋である。四人も揃うと、座って足を投げ出すことさえ難しかった。各々椅子や棚、ベッドなどに腰掛けている。祭りに向かう様子は全くなかった。

 扉を叩く音が聞こえる。三度叩き、その後間をおいて二度。決められた符丁だった。ディアゴが頷くと、一人が立ち上がり扉の前に立ち誰何する。

「ダルクです。戻りました」

 声を確認すると、扉を開いた。

 ダルクと名乗った男性が入ってくる。うんざりとしたような表情をしている。

 外套を羽織っているが、下には軽装の鎧も着ていない。短刀くらいは備えていそうだが、少なくとも外套の上からは確認が難しい。

「全く持って雑音ですな。ああ、周囲には誰も居ませんでした。殆ど広場に集まっているようです。時間をいただければ他の家屋も調べますが」

 ダルクはせせら笑う。ディアゴは仏頂面を崩さないまま、軽く首を横に振った。

 そこまでするのも手間であった。何よりここは寒村に過ぎない。その認識がある。ダルクは肩を竦めながら適当な椅子に座る。木が軋むかすかな音が響いた。

「ま、技術を磨く時間もないんでしょう。華やかな祭りには程遠いですが」

「何度も言うが、寒村の祭りに興味はない。――アロウ」

「夜間の内にスレンと共に確認を済ませました。あの耳長亜人の行商以外は戦闘能力もなさそうです。流石にわざと物を壊したりしませんでしたが、家屋に手をついたり、多少の物音では無反応でした。周辺の防護柵には落とし穴が。獣相手なら十分かもしれませんね」

 アロウと呼ばれた男性がにこやかに応じる。退屈なのか、音楽に合わせて体を微かに揺らしていた。

「昨晩の内に制圧で来たんじゃないですか。抵抗勢力はほぼほぼ皆無ですよ」

「はは、ダルク殿は物騒だ。二日も血を見ないと落ち着かないとおっしゃる。いいじゃないですか、田舎。俺は昨晩ゆっくり寝ましたよ」

 ダルクの質問に、アロウはまた笑った。よく笑う人物だった。ディアゴは僅かに考え、口を開いた。

「――アロウは田舎の出身だったか」

「ええ、はい。鱗の亜人どもに大体殺されましたが。ディアゴさん、耳長の亜人どもは殺していいんですよね?」

「お前の方がよほど物騒だな……ま、亜人相手だし構いやしないが」

「別に問題はないが、今は堪えろ」

 ディアゴは静かに言うだけだった。アロウは軽く肩を竦めるだけだった。自制心は利いている。

「スレン。他の報告は」

「武器は狩りに使うであろう弓が少し。矢は木製で使い込まれていましたね。先端はきちんと尖っていたので刺さるし、まともに受ければ致命傷にもなりえます。耳長は弓、そこそこ使うでしょう。弦は切っちまえば矢だけではどうにもならんでしょうが。農具もほぼ木製。鉄の農具もありましたが、刃の部分だけです」

 スレンは淡々と報告する。退屈そうにしていた。

 だが報告自体は正確であり、内容も納得できるものだった。使い込まれた矢は家屋の外に置かれていることも儘ある。

 危機管理がなっていないというわけではない。いざという時は、どれだけ速く行動できるかがカギになる。無論のこと、本格的な武器は管理されているのだろうが、田舎の寒村にそれほど大層な武器があるとも思えなかった。そもそも対人間を意識しているとは思えない。

「それで、夜まではどうされます?」

「アロウ。ディアゴさんは雇い主だぞ。ちゃんと非礼が無いようにしろ」

「あ――と、申し訳ありません」

「構わない」

 ディアゴは鷹揚に頷いた。誰も聞いていないし、誰も見ていない。

「どうせ夜までは暇だ。だが、ヴェリス、夜には活動を開始する可能性もある。それを見越して準備をしておけ」

「承知しました」

 ここにいるディアゴを除いた四人は熟達した傭兵だ。ヴェリスを中心に統制もとれている。少なくとも命令なしで勝手に動くことはなく、必要とあらば無抵抗の子供でさえ殺すことも厭わなかった。

 ディアゴとの付き合いは長く、金払いも悪くない。その分、普段ならばディアゴももう少し厳格であった。今回雑な対応を認めているのは、多少時間や状況に余裕があるからだろう。暇な時間、というのは得難い贅沢であった。

 余り絞めつけ過ぎても反感を招くだけだ。無論のこと、ディアゴは自分に武力が無いことを熟知している。

 だが、ディアゴとヴェリスを中心とした傭兵団がこの村に来ていることは商会にも知られている。ディアゴは商会にとって必要不可欠な人物であった。つまるところ武力が無いなどと、表面的な話に過ぎない。その上で互いに良い付き合いができている。そのはずだとヴェリスは信じていた。

 ヴェリスは残った三人を視界に収め、即座に命令を下した。

「アロウとダルクは馬車の整備だ。飼葉や水は与えてくれてるらしいが、一応馬も見ておいてくれ。ああ、アロウは時間をかけて毛並みも整えとくこと。スレイは武具の整備と、簡易食糧の点検を。必要なら行商から買い付けてもいい。多少は売ってるだろう」

「準備――夜にすぐに出られるようにしておけばいいでしょうか」

「可能性はあるそうだ。そのつもりで準備を頼む。ああ、各自食事は済ませておけよ。ただし、村人は耳長の亜人含めて手を出すな」

「そもそもこんな村に何しに来たんですか?」

 アロウが気軽にディアゴに尋ねる。雇われている彼らは命令に唯々諾々と従うだけだ。雇い主が命令を下すのならば、どのような命令であろうと従う。

 それとは別に興味があった。アロウ自身の気質も関係している。笑顔を絶やさない彼は亜人に対しては攻撃的であるが、普段は周囲の空気を和らげるムードメーカーであった。ヴェリス達も興味があったのか、静かにディアゴを見ている。

「ファウラから少し面白い話を聞いてな。すぐに動けるのが私だけだった」

「なんかお宝でもあるってことですか。聞いただけの話でここまで?」

「まあ、そんなところだ。眉唾だが、なんでも」

 そこで一拍置いて、ディアゴは酷薄に笑った。

「紫蜘蛛の糸でできた衣装があるのだとか」

「――うっそだぁ」

「アロウ」

「ああすいません今のは本当にすいません。でも、いくら何でも――あれって短いものでも、一本二十ルーナとかするじゃないですか。刺繍の施された服なんて、五十ルーナも珍しくないですよ。それだけでできた服なんて、幾らの値がつくか」

 アロウの言葉は余りに率直に過ぎたが、ディアゴを除く全員の表情が歪んでいる。虚偽であると誰もが思っていた。

「あり得る、というだけだ。もしも嘘ならばお前たちの働く量が増えるだけだ」

「あーはいはい、了解です。ちょっとかわいそうですが、亜人に育てられた子供なんて碌なもんでもないですよね」

 アロウがまたもけらけら笑う。ダルクが軽く鼻を鳴らした。スレイが軽く嘆息する。ヴェリスが軽く頭をかいて、それから口を開く。

「行商達はそこそこ戦います。特別報酬は出ますか」

「む……致し方ない、出そう。子供も、多少は残せ」

「不満顔しないでくださいよ。妓館の優待券とかで構いませんから」

「いや、団長。流石に俺らそれで納得しないよ」

「酒がいいです。いや、金が一番わかりやすいです」

「どんだけ女好きなんだよ。この前外れ引いたって愚痴ってただろ」

「うるっせぇなコイツら……ああほら、油売ってないでさっさと働け!」

 ヴェリスの号令と共に、傭兵たちはのっそりと動き出す。

 三人が外に出て、しばらくしたところでヴェリスは再度口を開いた。

「で?」

 ヴェリスの口調は先ほどよりも多少砕けたものになっている。

 ディアゴとの付き合いは、ヴェリスが最も長い。彼の過去についても知っている。友人と言って差し支えのない間柄だった。

「まさかそんな眉唾の情報だけでここに来たわけじゃないよな、ディアゴ」

「嘘ならば焼き払う。子供は年齢が若すぎる奴は処分していい。ここは糸の名産地だ。抑えれば安定供給には多少役に立つ」

「……ちゃんと利益を出せる計算はあったのね」

 当然だ。ディアゴは応じた。彼は商人であった。

 街においては紫蜘蛛の糸は貴重品だ。それはこの村でも変わらない。だがこの地は紫蜘蛛の糸、その名産地でもある。ディアゴはそこまでは辿り着いていた。

 問題は村の正確な場所が解らないという点だった。無駄に時間をかける趣味はない。どうしたものかと悩んでいた折、今回の話を聞いた。街での祭りの折、ファウラと出会ったのは幸運でしかない。彼が街で暮らしたがっているというのもありがたかった。村までの案内が耳長の行商というのが多少、気に食わなくはあったが、些細な問題である。

「ファウラ、だっけ? その一家は?」

「服の話が嘘ならば殺せ。本当ならば移動と同時に回収する」

「はいはい。了解しました。かわいそうにねぇ、自分が何を引き入れたかも解ってない」

「……言っておくが、私は約束は守るぞ」

「知ってるよ。なぁ、紫蜘蛛の糸ってそんなに欲しいもんか?」

「希少価値があり、供給が不安定だから貴族が欲しがるというだけだ。金になるならなんでも構わんよ」

「……まあ確かに俺には不要だな」

「希少価値の高いものは貴族が勝手に欲しがるからな。流通を握れば選択肢などあるまい。……東はあの有様だからな。どこであってもあんなものは採れん」

「傭兵団としては東の方が武力の振るい甲斐があるんだけどな」

「構わんぞ。私より金払いがいい商会があるとは思わんがな」

「無いな、そりゃ。あーあ、十年の内には『銅の腐敗』、共和国超えてきてくれねぇかなぁ。傭兵団としての寿命、そんなもんだぞぉ」

「十年では少し困るな。武器の販路はまだ確保できていない」

 ディアゴの切って捨てる言葉と共に、ヴェリスは肩を竦めた。装備を整えて家を出る。警護をする予定だった。

 軽快な音楽が耳に入る。ダルクは雑音だと言っていた。ヴェリスとしても全くの同感であった。彼らは街で産まれ、街で育った。それだけの話であった。


ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

皆さま体調気をつけてお過ごしください。

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