祭りの始まり_02
「ミール、飴やるよ」
「え? いいの?」
「おう、みんなで食べようぜ」
ミールに赤い、小さな果実のような形をした飴を一本渡す。ミールは受け取ると、笑顔を花開かせた。
「あ、ゼルク早いねー! おはよう!」
「おお、アエリア、おはよう」
「おはよう、アエリアーーあれ? マイト見てない?」
アエリアがひらひらと手を振ってやってくる。ミールが不思議そうに尋ねた。家を一緒に出てはいないらしい。
「ん? 見てないよ。ミール一緒じゃないの珍しいね。あ、ラドさん、他のエルフさん方もおはようございまーす!」
アエリアが元気にラドに挨拶をすると、ひらひらと手を振ってくれる。他のエルフたちも微笑ましそうに見ていた。
「うーん、私が家を出た時にはまだいたんだけど。まだ来てないのかなー……」
「ほれ、アエリア。飴一本やるよ」
「え、ホント? うわありがとうゼルク。今度何かお礼するね」
「あ、私もお礼――」
「いいって。気にすんなよ。今日は綺麗な舞見せてくれよ」
「ん――解った。そうする。気合い入れて踊るね」
ゼルクは笑いながら飴を懐にしまい込む。後はマイトが来たら渡してやればいい。
貴重な甘味をすぐに食べる、などと勿体のないことはしない。中には細かく砕いて、毎日少しずつ食べる子供もいた。飴の欠片等ほんの数秒で溶けてしまうというのに、ずっと大事にとっている。
子供たちに配るのならばこちらのほうがいいだろうかと、金平糖の入った瓶を見やる。料金は一ギナと六スティア。手が出ない金額ではない。とはいえ悩む値段でもあった。残りは四ギナしかない。
「おはよう。皆早いな」
皆で笑いあっていると、マイトがやってきた。温かそうな服装に身を包んでいるが、体でも洗ったのか髪の毛がやや濡れている。
「マイト、おはよう。遅かったな」
「ちょっと河の方で服洗ってたんだ。昨日遅くに泥まみれにしちゃってさ」
「え、なんかやったの?」
「夜に藁運んだり色々やってたの。お父さんが手伝えなかったから」
マイトは見たとおりに体が強く、様々な力仕事で重宝されている。昨晩は他の隊商の寝床を作る為に働いていたらしい。
元々予定にない隊商だったのだ。寝床についても当然何の準備もされていなかった。急遽用意されたことだろう。
「そりゃたいへんだったな。ほら」
「ん、ぉ、いいのか?」
「いいって。遠慮なく受け取っとけよ」
マイトにも飴を差し出す。ありがとう、とマイトはミールとそっくりな笑顔を浮かべた。姉弟で顔つきは似ていないが、浮かべる笑顔はそっくりだった。
四人揃ったところで飴を舐めはじめ、賑わい始める広場の中を歩きだす。大人たちが楽器を持ち出していた。舞が始まるまで、舞台では様々な音楽を奏でたり、芸が行われたりする。子供たちの遊戯もあった。
村長であるオットーが体を伸ばしながら現れる。普段とは違い薄汚れた白衣ではない。祭りの日にだけ着られる特別な服は、白水仙の意匠の刺繍が施されていた。更にその手には楽器が握られている。
小さな箱に棒が取り付けられ、その棒に沿うように弦が二本だけ張られている楽器であり、長い弓を当てて綺麗な音を出す。弓に張られた糸は馬の尾だった。熟練の手腕は必要ではないが、そこそこの練習が必要となる。田舎の楽器としては然程珍しい部類ではない。
舞台の上に木製の椅子が並べられ、大人たちが数名そこに座る。
皆がオットーと同じ祭りの衣装を羽織ってお礼、それぞれ楽器を持っている。中にはエルフの姿もあった。仏頂面ではあるが、決して他人を蔑ろにしない優しい人物である。また、人目が無いほうがよく働くという少しばかり困った癖があった。手抜きをできるほど器用でもないが、こういう舞台に引っ張り出されて喜んで演奏するような人物ではない。
笛は木製のものと動物の骨を使ったもの、木製のリュートは当然手作りだ。更に広場にいる大人たち、その数名の手には木の板を二枚組み合わせた打楽器が掌に収められていた。
オットーが舞台に立つと、その場にいた全員に木のコップが配られる。コップにはたっぷりのお湯が入っており、その中には蜂蜜が溶かされていた。体を温める飲み物は、冬には実にありがたい。それを高々と掲げながら、オットーが簡単に宣誓を行う。
「さてさて、朝早くから楽しんでるか、子供たち。今日までよく頑張ったな! 今日は大人たちが目いっぱい甘やかすから、一日精々楽しんでくれ!」
宣誓と共に蜂蜜湯を煽り、それから椅子に腰かけた。子供たちは元気な返事と共に、蜂蜜湯を飲み始める。微かな甘さが混ざった蜂蜜湯を飲んだ子供たちは、一斉に笑顔を浮かべていた。
オットーが太鼓の箇所に座る男性に合図を出す。
太鼓が一定のリズムで叩かれ始め、合わせて演奏が始まる。本格的な祭りの始まりだった。
弦と弓が擦れ、美しい音を奏でる。エルフが笛を吹き始め、夫人が軽快にリュートをかき鳴らした。音楽に合わせて子供たちが騒ぎ、大人たちに手を引かれて踊り始めた。蜂蜜湯は当然飲み干されている。木の器はきちんと回収されていた。
広場の端でオーラが肉を焼き始めていた。大きな鍋には薬草が複数種類入れられ、水が注がれている。更に雑穀を入れることで粥となる。こちらはクラウが担当していた。昼にはどちらも食べられるだろう。食欲をそそる香りが辺りに漂い始める。
「ゼルク、遊戯が始まってるぞ。勝負しようぜ。点数低いほうが肉一切れな」
「お前毎回負けてんだろ。大丈夫か?」
マイトが提案すると、ゼルクが意地の悪い笑みを浮かべた。言ってろ、とマイトが挑戦的に笑う。
遊戯は子供たちの間で流行っているものだった。
九本の棒が建てられ、その棒から一定の距離をとり、木の輪を三回投げる。
木の棒にはそれぞれ点数がつけられており、三回の投擲で得た合計点数が持ち点になる。外してしまった場合は点数が得られない。勝負は三回から五回行われ、その合計点数を競うという単純なものだった。遊戯の最中、棒の点数は公開されない。合計点数から読み取っていくしかなく、相手が投げている間も決して気を抜けない。子供たちにとっては遊びながら数字に触れ、学ぶことのできる遊戯であった。
「アエリア、花冠作るんだって。一緒に作ろう」
「手先器用じゃないんだけど……」
「綺麗に作れたら飴くれるってさ。瓶のやつ、中身一個だけど」
「やろっか」
ミールはアエリアを連れて花冠を作り始める。子供たちも大勢集まっており、大人指導の下、皆で色とりどりの花を掴んで思い思いに花冠を作り始めていた。
祭りの始まりは、実に明るく賑やかなものだった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
祭りの始まりは賑やかに。




