祭りの始まり_01
翌日は幸いにしてか快晴であった。ゼルクはいつも通り、陽が昇るのと同時に起床する。
昨晩の帰宅時には、母、アリガに驚かれた。それほどに表情が暗かったのだろう。とりあえずは食事をして、体を拭いて清め、ゆっくりと休んだ。
田舎の村においては体を洗うというのも簡単ではない。桶に溜めた湯で手拭いを濡らし、体を拭くのが精々だ。夏場であるのならば近場の川で全身を清めることもできるが、冬場の川の冷たさは衣服を洗うのさえ簡単ではない。
「おはよう、ゼルク」
「おはよう。母さん。あれ? もう出る?」
「ちょっと早めにね。食事したら出るわ。ゼルクはもう大丈夫?」
アリガが心配そうに尋ねてくる。昨晩はそんなにも酷い表情だっただろうか、とゼルクは少しだけ自分の顔に触れた。
「全く、大丈夫よ。何もないわ。今日はお祭りなんだから、楽しんでいらっしゃい」
言いながらアリガは食卓の上に五枚の貨幣を取り出した。どれも銀貨だった。
「銀貨!? いいの!?」
「昨日村長がくれたのよ。薬草採取これからもよろしくねって」
硬貨には三種類存在する。最も安いスティア銅貨から始まり、ギナ銀貨、ルーナ金貨となる。
スティア銅貨十二枚でギナ銀貨一枚、同様にギナ銀貨十二枚でルーナ金貨一枚となる。大体の街であるのならばギナ銀貨二枚から三枚で一日を過ごせる。それ以上のものもあるらしいが、ゼルクは知らない。彼にとっては――あるいは、寒村に住まう子供たちにとっては等しく――ギナ銀貨1枚であっても十分高価なものであった。
そもそも寒村では日々の生活に貨幣を使用しない。食事にせよなんにせよ、皆で分け合って暮らしている。寒村の必然に他ならなかった。
とはいえお金を貯めこむ村民もいる。新年の祭りを代表に、適宜街に出ることもあるからだ。必要経費に関しては、村長が管理する村の共有財産から出るが、それも最低限のものでしかない。
「皆と仲良く使いなさい」
アリガはそう告げて家を出た。祭りの準備がある。
この村における祭りは子供たちの為のものであった。これはオットーが村長へと就任する前からの伝統であった。
前日までの準備は子供たちが率先して行うが、当日は大人たちが働く。食事を作ったり、舞や焚火の準備、行商達の手伝い、温かい飲み物をいつでも提供できるようにしたりとそこそこに忙しない。一日くらい、子供たちには何事もなく楽しんでほしいと願っている。
ゼルクは食事を終えて着替え、外へと出た。既に広場の方からはかすかなざわめきが聞こえてきていた。浮かれる気持ちに合わせて、ゼルクも足早に広場へと向かった。
「あ、ゼルク。おはよう」
「ミール。おはよう――なんでこんな場所に」
広場への道中、ミールが道端に茣蓙を引いて座っていた。その顔はいつもどおり白いが、折角の楽しい祭りの日だというのに表情が少し暗いように見える。
「ん……あー……ううん、なんでもないよ。ちょっとね」
「体調でも悪いのか? 今日の舞――」
「それは大丈夫。体が悪いとかじゃないんだ。……お腹は減ってるけどね」
普段通りの軽口をたたくと、ミールは力なく笑う。それはいつもそうだろ、とゼルクも笑った。
彼女は少しだけ空を仰ぎ、それから俯く。数秒程俯き、ぱっと顔を上げると、普段通りの優しい笑顔を浮かべていた。
「よし、お祭りだもんね! 楽しまなくちゃ。舞までいろいろ食べたり、飲んだりしよっと」
「ん、おう。そうだな」
先ほどの暗い顔については触れず、立ち上がったミールと共に広場へと歩き出す。
「ゼルク、ちゃんと眠れた?」
「気が付いたら寝てたな。そういうミールこそ、普段より血色悪いぞ」
「あんまり眠れなかったなぁ。マイトはちゃんと寝たと思うんだけど……あ、舞は大丈夫だよ。期待しててね」
「おう、楽しみにしてる。よし、なんかお菓子買って食べようぜ。ラドさんたち、今年はどんな飴とか持ってきてくれてるかな」
行商が子供の為に持ってきてくれるお菓子は多岐に渡る。行商の品は半年や一年毎に品物が更新されることが多かった。
村では甘味など干し果実くらいしかなく、それも毎日食べられるものではない。獣の乳を煮詰めたものや、砂糖代わりに麦芽糖もあるものの、それも特別な日にしか出されなかった。子供たちにとって甘味は『特別な日』の象徴に他ならない。
広場は既に賑わっていた。
食事の準備はまだできていないが、ラドが率いるエルフの隊商が既に店を開いている。荷車に棚が取り付けられ、様々な商品が広がっていた。他にも、まだ何も置かれていないが幾つかの長机が広げられていた。
舞台の周りには大小様々な太鼓が置かれていた。村人の手作りのものだが、音はそれほど悪くない。大人たちは日常生活の合間、楽器の練習をしている。広場の隅では火が炊かれており、その傍にはオーラとクラウが座っていた。大人でさえすっぽりと入れそうな大きな鍋が近くに置かれていた。
「わ、今年は凄いね!」
ミールが元気よく声を上げる。ゼルクも思わず声を上げていた。
色とりどりの棒が付いた飴は最前列に複数陳列されている。蜂蜜がたっぷりと詰まった瓶と、金平糖が沢山入った瓶が並べられていた。小さな干し果実の入ったクッキー、果実の砂糖漬けはそれぞれ袋詰めされている。干し果実が固まった棒のようなものもあり、蜂蜜や樹液で固められているのだという。小さな酒瓶にも似たものに入った琥珀色の液体は、樹液を煮詰めたものだった。塩や酒、ここいらではとることのできない魚を干したもの、といった大人の嗜好品も別の場所に売られていた。
ゼルクは少しだけ辺りを見回す。他の隊商――ディアゴ達の姿はなかった。
「おや、ゼルク。おはようございます。どうですか、飴。一つ三スティア。好きなものを選んでいいですよ」
「おはよう、ラドさん。飴、凄いね」
ラドが声をかけてくる。ミールには他のエルフが話しかけていた。当然誰も彼も顔見知りであった。
飴はこの中で最も安い。それでも一つ三スティアというのは、子供たちにとっては高価だ。だがその価値もある。特に今年の飴は色とりどりなばかりでなく、形も工夫が凝らされていて目移りしてしまう。見ているだけで楽しい。
「じゃあ四人分、お願い。へへ、なんとギナ銀貨を貰ったんだ」
「ほう、これは凄い。では一つおまけしておきましょう。後でアリガに渡してください。喜びますよ、きっと」
ラドは笑いながら銀貨を受け取り、ゼルクの前に飴を幾らか取り出す。ラドの手についた金の鎖のブレスレットが微かな音を立てた。
飴にはどれも棒がついており、形も色も様々。ゼルクは真剣に悩み、五本の飴を選んだ。子供たちにとって、一ギナは決して安い金額ではない。ラドもそれは解っていた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
スティアだギナだ出てきましたが貨幣制度という便利な制度の一つだと思ってください。十二って数字良いですよね。




