行商とのやり取り_02
「で――」
「彼らはアルター商会と言います。二月ほど前、自由連邦国家、サリアの一角で商いを始めました。売っているものは多岐に渡りますが、ほぼ人間がやっておりますので、薬草や薬は殆どありません。ただ、どうにも品はどれも安いですね。店舗の数は一つだけですが、狭くはありません。別途事務所を構えております。本店は中央のヒュネルにありました。商会長は先ほどお会いしたディアゴ殿です」
滔々と語るラドの言葉に、淀みはない。オットーは相槌さえ打たず黙って聞いている。
「以上です」
「嘘だろ」
だがそこで情報が終わり、思わず声を上げた。ラドは僅かに顔を歪める。
「本当に、以上なんです。我々も調べました。サリアはエルフの街。町長は人間ですが、店舗を新しく開くにあたっては我々にもかなりの裁量がございます。当然、身分の怪しい人間の開店等認めません。例えば町長が賄賂を受け取り、強権を発動してでも店を開いた場合、我々は一斉に店を閉めるでしょう。薬、薬草はサリアの主な収入の一つです」
「……」
オットーも同じく眉を潜め、顔を歪める。
つまり、店を開けているその時点でサリアにおいては一定以上の信頼を得られていることとなる。調査の結果が問題ならばそもそも店等開けない。
「どこから来たとかは」
「自由連邦国家、南のマストアから。産まれもそこであるのは間違いありません。ディアゴの名を覚えている同胞がいました。両親に特筆すべき点もありませんが、特別裕福という訳でもありません。彼自身は幼い頃から丁稚奉公に出ておりました。稼ぎを得ながら商いを学んでおり、やがて中央のヒュネルに店を構えました。やり手ではありますが、危なっかしい橋もわたっております。商売としては詐欺まがいのことまでやりますが、いい品に対して金は惜しみません」
「商売人としての魅力はあるわけだ」
「少なくともサリアでも偽の商品は一つもありません。職人も抱えております」
「……怪しいところはない、か。今回も強引っちゃ強引だが、別に明確にダメなことをしているわけじゃない……」
怪しい点が何一つない、というわけではないだろうが清廉潔白だけで商いは行えない。偽の品を安く買い、本物として高く売るなど可愛いものだ。
しかし少なくとも表向きは問題なく、エルフたちは彼らの商売を是とした。あの冷たい表情も、そう考えると決して否定的なものにならない。少なくとも商売には誠実であったということなのだろう。
「ただ少々不可思議な噂もあります。人の諜報員ほどではありませんが、我らにも情報網はございますので。つい三ヶ月前、中央のヒュネルにおいてアルター商会は陰りを見せたという話です。閉店の憂い目にあうことはなかった――とのことですが、経営が傾く程ではあったとか」
「ん? だがサリアに店を構えたんだよな? 三カ月前ってことは、一月程度で経営を回復させたうえ軌道に乗せたってのか?」
「はい」
「――元々サリアに店を出す予定だったか?」
「いいえ、急に持ってこられた話です。新年まであと二月――少々急でしたが、調査は一週間程度で終わりました」
その結果は先ほど聞いた通り、特に問題なし。
僅かにかぎ取れる不穏な情報だったが、それだけで村から追い出すのは難しい。何せ直接的にはこの村に関係ない話だった。何よりこの村に来たのが雇用の関係にあるというのなら、それはオットー達に咎められる話ではない。
オットーは軽く親指で額を叩く。どうにも胡散臭いが、怪しい点は殆ど存在しない。
「……寒村の祭りに興味はない、だそうだ。じゃあ何に興味があるんだろうな、こんな村に」
「さて、とんと。紫蜘蛛の糸以外には名産もございません。静かに過ごすにはいいですが、静かに過ごせるだけの場所でもないですね。住居の環境はそれほどよろしくなく、宿もない」
「全くだ」
ラドの言葉に頷くオットー。事実としてこの村には本当に何もない。日々を細々と暮らしているだけの寒村だ。
利用者のいない宿を運営する余裕もない。食事さえ出す余裕が無いのが現状だ。
「本当にファウラに雇用の話しに来ただけだと思うか?」
「店主がそれほど暇ではその商会は終わりです。とはいえ彼らも金貨を持っていました。その話が一部本当なのは間違いないでしょう。ディアゴさん以外の四人ですが、道中山賊や盗賊に襲われても大丈夫なよう、護衛も兼任しています」
「へぇ、屈強には見えなかったが」
「恐らく元軍人です。それも何処かの精鋭。申し訳ありません、流石に軍人についてまでは詳しくなく。オットーはどうでしょう?」
「公国軍を遠目に見たことがあるって程度だな。それほど詳しくはない。剣腰に佩いて、サーコート着て、鉄兜被って……槍やら松明やら弓やらをそれぞれが持って……しかしなんでまた、軍人って思ったんだ?」
各国には当然、軍の装いというものがある。だが大体の軍は見た目はともかく、武装は一致していた。遠目に見るのではその程度までしか見えない。そして当然ここにきている彼らは軍装などではなかった。
「立ち居振る舞いが素人のそれではありませんでしたから。我々、弓で狩猟もするのですが、警戒しているときの獲物によく似ていました。傭兵かもしれませんね」
エルフは弓の名手でもある。森での生活において、野菜や薬草だけで生活するのは難しい。ある程度肉は食わねばならないことを、エルフたちは熟知していた。
また、安全な狩りの手段として弓は重宝されていた。遠距離攻撃というものは使える環境にあるのならば、どこであっても重宝する。森に暮らすエルフたちにとっては音を立てる強大な武装よりもあっていた。獣たちはどれも音に敏感であった。
「ま、盗賊や山賊が一人もいないなんて平和な世界じゃないからな。アンタたちも戦えるだろ」
「それは当然です。むしろあれは正しい対処だと考えます。ただ、であれば、彼らは何を運ぶためにこれだけの護衛を? と思いまして」
「そんなに多いか?」
「やや過剰に思えます。実際、我々も御者含め八人と馬二頭、馬車二台で旅を続けておりますが、これでも中々襲われません。旅をするというのは大変ですよ、オットー。食料や水の費用だけでもバカになりません」
それは身に染みている。オットーがこの村に辿り着いた時は這う這うの体であった。食事に困り、水にさえ困っていた。
水や食事なしで生きていけるような生命体等、存在しない。少なくともオットーが知る限りでは。そして旅をしている最中、常に食糧や綺麗な水を得られるわけでもない。五人での旅はそこそこの大所帯だ。
「あいつらの馬車はあるのか?」
「一台だけ。御者も彼らが行っておりました。一人は常に馬車の中で休憩し、必要ならばディアゴさんも歩いていましたね。護衛は常に三人体制でした」
「……過剰に心配してるだけともとれるが――馬車の中は?」
「申し訳ない、流石にそこまでは。幌もついておりますし、お互い商売人というのは解っておりましたので。ただ、馬車周りも金属補強されており、車輪の軸も金属製です。武装もあるでしょうね」
最低限の情報共有程度はしていた、ということか。それ以上は難しいのは当然だ。商売人同士であれば譲れない一線というものは存在する。
それらを勘案したうえで、ラドはやや過剰な武装ではないかと語っている。確かに少々過剰な装備だ。自由連邦国家を更に北に昇ったこんな寒村周り、盗賊が出たことなどないというのに。老獪なエルフの瞳には、薄らと疑惑の霧がかかっている。
「……ま、警戒心が高いっていうのは商家の長としちゃ間違っちゃいない。警戒するにとどめよう。ファウラを雇用するというのは間違いないだろうし」
「契約について、我々はディアゴ殿のものしか見ていません。明日にでも確認しておいたがほうが宜しいのではないでしょうか。もしも契約が交わされていなければ、何を目的に来たのか全く分かりかねます」
そうだな。とオットーは応じて立ち上がる。家に戻るのだった。既に日も落ちている為、後は眠るだけだ。挨拶を交わして、集会所を出る。
集会所から村長宅はそれほど遠くない。日の落ちた村には既に人影は見えなかった。冷たい風だけが辺りを通り過ぎていく。
軽く辺りを見回して、オットーは軽く息を吐いた。
杞憂であればいい。だが新たにやってきた者たちはどうしても警戒してしまう。村長としては当然であった。
寒空の下で白い息を吐き出し、オットーは家宅へと戻っていく。今のところやれることはない。もしも脅威を排除するつもりならば、実力行使ということになる。だがそんなことは不可能に近い。
ラドの見立て通りならば、彼らは兵士だ。そして村人たちの交戦経験等、精々が害獣との戦いくらいでしかない。雲泥の差ですらないのだ。護衛の技量を考えれば、村が彼らを排除することなど絵空事にすらならない。
何事もなければいいが。
静かに祈りながら冷たく輝く月の下、帰宅する。半分しか姿を見せていない銀月が辺りを薄暗く照らし、冷たい風だけが辺りを吹き抜けていった。
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