行商とのやり取り_01
「やあ、ラド。久しいな」
「はい、オットー。一月ぶりです。それとも昨年ぶりと言いましょうか? 刻計も、月日表も持ってきましたよ。ふふ、しかも刻計は最新型の――ほら、掌に収まるものです」
「……あー、月日表はくれ。刻計なんて高価なもん買えんよ……」
頭を抱えるオットー。ラドと呼ばれたエルフは楽しそうに笑いながら懐に収めていた商品を紹介している。
右の頬に三本の線があり、額にある瞳の模様の色は髪の毛と同じ金色である。穏やかな笑顔は見るもの全てに安心を与えた。動きを阻害しない旅に適した服装をしており、今は外套を外している。右手首に細い金の鎖でできたブレスレットをつけており、更に鎖から幾らかの丸い石が連なって伸びていた。明らかに高価な代物であるのが見て取れる。
刻計とは読んで字の如く、時を計るための道具であった。同様に月日表は現在の月日を示すものである。
新女神歴において暦と時間は一新されている。一年を三百八十四日にわけ、三十二日毎に一月とする。それぞれ月の名前には女神の神器が与えられていた。
剣より始まり、槍、斧、杖、と続いていき、最後には冠の月で占められる。冠の月は冬季であり、この時期と新年の剣の月にはよく祭りが開催される。当時の勇者たちの知恵もあったが、元々冬季に祭りは行われていた。寒く、何事も行えない時期に祭りを行うのは自然ともいえる。
同じように一ヶ月間の暦にも、一週が槍の週、週の初めには剣の日――などがあてがわれていたが、こちらは然程浸透していない。人々は基本的に一日、二日、一週目、二週目と数字で区分けされていた。使われやすい数字が浸透するのは当然ともいえる。
時間も同じように、剣の時間から冠の時間まで十二に分割されており、一時間は更に六十個に分割され、分と呼ばれた。更に分は一つ毎に六十に分割され、これを秒と呼んだ。より正確な時間を計るために更に分割されることもあるが、一般的に浸透しているのは秒までであった。
これらの文字や数字が刻まれた絡繰仕掛の道具を時刻計と呼ぶ。非常に高価な道具であり、高貴な貴族の家などにしかない。また、基準となる数字は帝国で管理されている。
他にも工場や学園、作業所ではよく使われているが、田舎の村には流石にあるものではない。田舎の村であるのならば、例えば太陽が最も高く昇った時間に昼食をとる――などの独自の取り決めを行っており、基本的に刻計が無くとも困ることはなかった。
その上ラドが持っているのは小さい。鎖がついており、服に留めることができるようになっている。現在出回っている刻計はどれもかなり大きいものであるはずなので、幾らになるのか見当もつかない。施されている細工も精緻であり、文字盤には金色の数字が刻まれていた。
「はい。月日表はいつも通り、二ギナでお願いします。なんでしたら幾つか買われますか?」
「一枚で十分だよ。どうせ俺以外には見ない……因みにその刻計、幾らになるんだ?」
「そうですね……今では公共貨幣で百五十ルーナ程いただくところです。このサイズであるのなら持ち運びも簡単ですし、量産されれば売り物としては非常にいいのですが」
「……そうですね」
オットーは頭を抱える。尚、通常の刻計は成人男性並みの大きさである。
通常の刻計であるなら値段は材質や細工にもよるが十五ルーナ程であり、帝国を中心とした三国であるのならば、一般的な店子の給料一月分よりも少ない、という程度である。その十倍となると流石に簡単に支払えるものではない。小さな刻計ではあるが、技術の粋が詰め込まれている。
「それで、我々はここで寝泊まりしてよろしいのですか?」
「警備も兼ねてる。気にしないでくれ」
ギナ銀貨を二枚、懐から取り出しラドへと渡しながら、オットーは笑って答えた。
現在エルフの隊商、その面々がいるのは集会所であった。普段であれば空き家に泊まってもらうが、今日に限っては理由がある。少なくともこの集会所が最も村で安全であり、そうであるからこそ様々なものが置かれている。当然、貴重品も多くあった。
板張りの床で眠るのは寒々しいが、寝具については各自用意してもらっている。エルフたちが持ってきたランタンも複数あり、全ての戸が閉じていても明るさは十分であり、足元も良く見えている。
「んで、あいつらは?」
「まずは謝罪を、オットー。申し訳ございません。元々は彼らを連れてくるつもりはありませんでした」
だろうな。オットーは頷いた。
エルフたちはこの村にいる同胞の為にやってきてくれている。他の隊商を連れてくるのならば、その同胞に害をなすか否かは必ず調べてからくるだろう。この村に住まうエルフたちに確認をとる時間を考えるのならば、最低でも1月以上の時間が必要になるはずだ。
村側の用意もある。いきなり来られても対応ができるほどの村ではない。何せ宿の一つもないのだ。
「しかし彼らは既にこの村にいる住民、ファウラさんに会いに来るという理由がありました。既に雇用契約も結んでおられたようで、我々としては拒めません。拒んだところで彼らは勝手に来たことでしょう」
「ああ、解った。大体納得したよ」
オットーは軽く頭をかき、嘆息した。それから部屋の隅に向かい、備え付けられた箱の鍵を開ける。
中には数本の糸が込められている。部屋を照らすのが暗いランタンであっても、その薄い紫色は決して遜色がない。
「紫蜘蛛の糸だ。今回は八本。長さは測ってある」
「いつも通り誠実なお仕事です。素晴らしい。値段もあがっておりますし、今回は一本につき十ルーナで如何でしょう?」
「随分値上がりしたなぁ」
「美しさが知られておりますし、貴族の方々はこぞって購入していますから。ここまでくる手間賃を考えても十二分に利益が出ます。ご安心を」
ラドは美しい笑顔で涼し気に言う。それほどの利益が見込めるとも思えないが、という言葉をオットーは飲み込んだ。彼らの善性と同族意識に助けられてることは十二分に理解していた。
ルーナ金貨を八十枚受け取る。それからは交渉の時間だった。
農作物や編んだ羊毛、薬草を売り、その対価として塩や香辛料を受け取った。更に足りない農具や医療道具について融通してもらう。農具についてはともかく、医療道具に関してはかなり高価なものも多い。針など一本が一ルーナもするし、医療用に使われる刃物などはもっと高価だ。それでも態々ここまでもってきてくれた、というだけでありがたい話であった。
塩は生活必需品であった。この村の近くに塩鉱はなく、当然塩湖のようなものもない為、主にこうして行商から買っている。村人に分け、残りは倉庫に保管していた。医療品としても塩水はよく使うため、オットーの家にも多少保管される。
商品のやり取りを終え、残ったルーナ金貨とギナ銀貨を数える。明日には村の皆に貨幣をわけ、ある程度は使ってもらわねばならない。折角の祭りに何も買えないというのは少しばかり物悲しいというのもそうだが、現実的な側面として使い方を覚える必要もある。いつかこの村がなくなっても、村人たちが生きていける土台は作っておかねばならなかった。
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