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胸騒ぎ

「こ、これはディアゴさん! 態々村まで来ていただいて……」

「ああ、ファウラ。――自分の目で見たほうが確実だからな」

 ゼルクたちが行商達へと近づいていくと、そんな話声が聞こえる。行商のエルフたちもオットーと話しているが、そちらの方は祭りの打ち合わせのようだ。

 ゼルクが気になるのはそちらではなかった。クラウと共に薬草をオットー達に運びながら、僅かに横目で盗み見て、聞き耳を立てる。

 焦った様子で話しているのはファウラだった。当然顔は知っている。ゼルクにとってはただの顔見知りという訳ではない。ミールとマイトの父親であり、当然付き合いも長い。

 やや生え際が後退しており、額が広く見えている。その為かエルフに頼んで薬草の塗り薬を日毎につけていることを知っていた。ミールとマイトが幼少の折には子供たちに塗っていてもらったこともあるらしい。マイトがよく覚えていたため、聞いていた。ゼルクは過去に無遠慮に質問をしたことがある。その際のファウラの表情はいまだに忘れられない。

 当然もう片方の男性は知らない。

 見たことのない服装に身を包んでおり、首元まできっちりとボタンが留められている。冬季の為かしっかりと黒い手袋まで着用していた。鈍色の髪の毛は神経質にまとめられており、鋭く、冷たく、温度のない黒の瞳がファウラだけではなく、村の全てを睥睨していた。

「……まあ二度と来ることはないだろう。明日の祭りが終わり次第、私の隊は出立する予定だ。ファウラ、明日――」

「ええ、ええ、間違いなく! 何せウチの娘が……ええ、日が落ちてからになりますが……」

「寒村の祭りに興味はない」

 ぴしゃりと言い放った最後の一言が聞こえたところで、こら、と軽く頭を小突かれた。クラウだった。オットーがおかしそうに笑っている。

 行商のエルフたちが頭を下げてその場を去っていく。どうやら打ち合わせはいつの間にか、終わっていたらしい。

「あ、すいません……」

「気になるのは解るがまずは報告だよ、ゼルク。それと、聞き耳を立てるような真似は品がない」

 クラウは静かに微笑みながら注意する。

 確かに。ゼルクは納得した。自分がやられていたら嫌な気持ちになるのは間違いないだろう。だが気になるものは気になる。困ったものだった。

「怪我とかは無いな? 薬草の回収はどうだった?」

「はい。とりあえず、これだけ」

「ほぉ、ゼルク、ルアリス以外の薬草は初めてだったよな? 随分と回収してるじゃないか」

「――そうかなぁ」

 ぼんやりと呟いてクラウの籠を見やる。籠の中身は一杯に詰まっていて、ゼルクの倍以上は回収している。

 オットーは苦笑いしていた。経験の差というものは埋まるものではない。ましてや相手がエルフとなれば。

「薬草の回収が終わったら私か、他のエルフ、もしくはオットーに必ず見てもらう事。今後、ゼルクは単独で回収することもあるだろうけど、この約束だけは必ず守ってくれ。一人で採取したものを勝手に使ったりはしないように」

「はい」

 素直に頷く。薬草と毒草の見極めも一人では難しい。今日も間違えたばかりだ。自由に採取できるようになるのはどれほど先になるだろうか。

 少しだけ残念そうに嘆息すると、オットーに頭を撫でられる。優しい手だった。

「初めてでこれなら上出来だろ。私でもエルフの鑑識眼には適わん。今後の採取も頼むぞ。クラウ、後は明日使うんだよな?」

「ああ、私の方で預かっておく」

「よし。んじゃゼルクは……」

「あ、ああ、村長、ちょっとよろしいでしょうか」

 オットーが何事かを言いかけたところで、ファウラからの声がかかる。後ろには先ほどの顔を知らない行商がいた。やはり冷たい目でオットーを見ている。ゼルクには一瞥さえくれない。

 一瞬だけクラウを見たその瞳には明白に侮蔑の色があった。思わず顔をしかめる。この辺り、ゼルクは年相応の少年でしかなかった。

「初めまして。ディアゴと申します。現在は自由連邦国家、北方のサリアで商いをしております」

 ディアゴが頭を下げ、温度のない声を放つ。挨拶の直後には頭を上げた。滑らかな動作だった。

 サリアの街は自由連邦国家、その最も北の街であった。この寒村から最も近い街でもある。それでも徒歩で2週間以上かかった。

 街を統べているのはエルフだが、最も多く住んでいるのは人間だった。穏やかな気質な者たちが多く住んでいる。種族の壁が薄い街であった。オットーたちが新年の祭りに向かったのもこの街である。

「此度はファウラさんより村の祭りで華やかな舞があるとお聞きしまして、その御見学に。なんでも娘さんが躍るのだとか。ファウラさんの雇用についての話と、支度金や実際の技術についても話し合う必要がりますから」

「ああ、ミールーーファウラの娘が躍ります。ファウラの雇用、ですか」

 ディアゴの言が先ほどと全く違うことが気になるが、とりあえず口には出さない。というよりもクラウがそっと距離をとってくれており、口を利かないようにと軽く口元に手を当てていた。自分の表情が歪んでいることにはゼルクも気が付いていた。

「ええ、ウチで雇うことになりました。そこそこ給金はいいですよ」

「……それだけでここまで? 態々商家のご主人が?」

「――よくご存じで」

 僅かに目を細めるディアゴ。

「ディアゴさん、サリアでは二月ほど前から開けている商家の主人、でしたか?」

「……なるほど。ええ、まさにその通りです。新しく商いを始めるにあたり――エルフの皆様には尽力していただきました」

「それで、態々ご主人がこんな寒村まで?」

「二度とない機会でしょうからな。それに金が絡む話はどんなに小さくとも、私か、私の信用する側近が常に行くことになっています。今回側近の予定が詰まっていましてな。人手不足は深刻です。休暇も兼ねてこちらまで」

 休暇ですか。オットーが笑った。それから困ったように頭をかいて、普段とは違う種類の笑みを張り付ける。ゼルクはそんなオットーの顔を見たことが無かった。

「生憎ですがこちら、宿などが無くてですね。普段、エルフたちの行商は空き家に泊まってもらってます」

 真実であった。宿は無いが、空き家は多い。寒村の現実そのものであった。

 エルフたちの行商が来る前にはそういった空き家を綺麗にするのも仕事になる。とはいえこれらの仕事はゼルクたち、子供には割り振られない。行商を迎えるにあたっては生々しいお金の話が絡んでくる。

「……そうですか。部屋に余裕がないでしょうか?」

「いや、ありますよ。新年の祭りの前に綺麗にはしています。ただ、家に簡素なベッドはありますが、薪などの余りが少なくてですね。布団、大目に運びますので今日はそれで暖を取ってもらってよろしいですか?」

「致し方ありませんな。事前連絡がなかったこちらにも非がある。ベッドの数が足りていると助かります。我々、五人です」

「その程度でしたら」

 幸いにしてか、あるいは村にとっての不幸か、村の空き家は非常に多い。新年に入る前に一応全部を掃除はしていた。

 仮にも雨風を凌げる建物の中では、虫や害獣が繁殖しないとも限らない。何が厄に繋がるか解らない以上、ベッドの中から腐った床板まで丁寧に確認し、清掃している。特に腐った板が増えた家は今年中に取り潰すことも決定していた。

「ああ、ですがベッドの詰め物が足りていませんね。ベッドと家自体は無事なものも多いですが、中身は綺麗にしてしまって……」

「……藁余ってたか?」

「……厩舎のもので良ければ」

「流石にそうもいかん。天日干ししていたものを使おう。虫がいないことだけはよく確認してくれ。今日も冷えるから、ちょっと急ごうか。あーそういうことなんで、少しばかり準備にお時間いただいてよろしいでしょうか? 準備できましたら声をかけさせていただきますので」

「……致し方ありませんな」

 ちらりとエルフたちが行った方向を見やり、目を閉じて静かに呟くディアゴ。顔色も声色も変わっていないが、不満が見て取れる。

「それでは暫く休ませていただきます。準備ができましたら声をおかけいただければ」

「ええ、何分急なもんで、すいませんね」

 軽く頭を下げてディアゴは去っていく。オットーは好々爺の笑みを崩そうとしない。ファウラが慌てたようにオットーとディアゴを何度か見て、それから最終的にはディアゴについていった。

 それらを見送ってからオットーは軽く嘆息して、ゼルクに向き直った。

「ゼルク、悪いがファウラ――は無理か。アンデとトールを呼んで来てくれ」

「いいのか、オットー」

「流石に寒空の下長時間待たせるのもなんだし、急ぎでやろう」

 クラウの問いかけに、オットーは軽く頭をかいた。ゼルクは薬草籠をクラウへと渡すと、口を開こうとして止められる。

「いいから、ゼルク」

「――解った」

 不満も露にゼルクはその場を去っていく。

 ディアゴが言っていたことは明らかに最初と違っている。寒村の祭りに等興味が無いと言っていた。だがオットーとの会話ではそんなことを一言も言わなかった。それにファウラの雇用とは何の話だろう。

 ゼルクはまだ十四歳の少年でしかない。何より朴訥な田舎で生活してきた彼は、正直という美徳の中で育ってきた。人間同士の駆け引きなど、田舎では学びようがない。何せ皆が顔見知りであり、虚偽とは無縁だった。

 アンデとトールは既に帰宅していた。オットーからの要望を伝えると、しょうがないなとすぐに行動してくれた。ゼルクは家へと帰された。作業はそれほどの手間ではないし、子供は夜には家に戻って眠るのが決まりだからだ。夜間の仕事は危険も多い為、当然の措置であった。

 ゼルクは首を回してディアゴ達がいたほうを見やる。行商が率いてきた馬車と荷台から荷を下ろしたり、率いてきた人物たちと打ち合わせを行っていた。当然会話は聞こえない。馬車には既に馬はおらず、厩舎へと連れられて行っている。

 予感にも似た胸騒ぎがする。胸中に広がる不安感は、新しいものに対する漠然とした期待さえない。明日は祭りだというのに、高揚とは別の理由で妙に気分が落ち着かない。

 ゼルクの不安を感じ取ったかのように暗くなった空の中、黒い糸がもがくように揺れる。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。


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