怒りの矛先(3)
エレンが放った急使がルシウスのもとに辿り着いたのは、エレンがカルドを出立してから数時間後のことであった。
「何!?ザメクが!?」
「はっ!宰相殿は、ザメク将軍の行いを謀反と断じ、追跡して首を挙げるよう命じられました!」
「あの馬鹿、海賊上がりの癖が抜けなかったか・・・」
苦々しい表情で呟いたルシウスに、随行していたノリスが声をかけた。
「しかしルシウス殿、宰相殿が単独で追跡を開始してしまったのは、非常に危険でございますな。ザメク殿の軍勢は1万5千、宰相殿が率いる部隊は100人ばかりにすぎませぬ」
「ああ、誰も止められなかったか。・・・仕方ない。皆、動くぞ!!」
ルシウスも直ちに、エレンたちと合流するために行動を開始した。一方、ザメクを追跡するエレンは、馬を走らせながら周囲の兵士たちに命じた。
「10人ばかり先行し、各地の関所や村、町に告げよ!ザメク・ルアは謀反人、その首を挙げた者には、褒美は望みのまま取らせると!!」
「はっ!!」
エレンの命を受けた10人ほどの兵士が、エレンたちに先行して関所や村に向かい始めた。エレンに必死に追いつきながら、カレンが叫ぶように声をかける。
「エレン、いくらなんでも無謀よ!!誰かの軍勢と合流するまで、追うのはやめた方が・・・」
「いや、このままではザメクを取り逃がす。ならば我が隊だけでも喰らいつき、ザメクの首を挙げるのみ!!」
「お前の怒りは分かる!!だがなエレン、その怒りに、兵士たちを巻き込むな!!」
トールの言葉に、エレンは返す言葉がなかった。彼は走らせていた馬を止めると、同じく馬を止めたトールに頭を下げた。
「そうだな・・・少し、頭に血が上りすぎた」
「少しどころか、かなり血が上っていたぞ。ここで少し、兵や馬を休ませろ。そうこうしているうちに、知らせを受けた味方がやってくる」
「トールさんの言う通りよ。今は、味方を待ちましょう」
「ああ・・・皆、すまぬ!!怒りのあまり、皆を危険に巻き込みかけた」
エレンは馬から降り、兵士たちに深々と頭を下げた。彼は逸る心を抑えながら、味方の到着を待ち始めた。
ザメクは、兵を動かす速さには自信があった。
これは彼の短気な性格も関係しているが、海賊時代から素早く兵を動かす用兵術が得意であった。それは戦の最中のみならず、戦の準備や進軍においても、彼は素早さというものを部下に求めた。
その結果、彼はほとんどの戦で城に一番乗りを果たし、多くの者から称賛された。此度のジャンヌの反乱でも、本来なら早くても10日はかかるであろう城への進軍を、わずか数日で成し遂げてみせた。しかしそれがどれだけ部下や領民に負担を強いているか、彼は40数年の人生で一度も考えたことがなかった。
「急げ!!もたもたしてると追手が来るぞ!!」
ザメクは馬を走らせながら、部下をさらに急き立てた。兵士たちの中にはその速さについていけず、落伍者が次々と出たが、ザメクは一切気にする素振りを見せなかった。
「落伍者は置いてけ!!今は所領に戻ることが第一だ!!」
普段はザメクの武勇や用兵術を信頼する兵士たちも、この時ばかりは事情が違った。戦のための進軍や、戦を終えての帰還ならいざ知らず、今回は逆賊として追われる立場である。仮にこのまま所領に戻ったところで、城からの討伐軍がやってくることは、おそらく必定であろう。
――逃げるか。
そう思う者が、次から次へと出始めた。ここは見ず知らずの土地とはいえ、故郷に戻ったところで生き延びられる保証はない。ならばザメクの下を離れた方が、生きていける可能性が高い。
1人、また1人と、ザメクの隊を離れる者が出始めた。ザメクが軍の異変に気付き始めたのは、最初の脱走者が出てから1時間ほどのことであった。
「頭領、このままじゃ脱走者がまだまだ出ますぜ」
腹心の武将が苦々しい表情で、数が減った部下を振り返りながら言った。まだ従う兵士は多かったが、この時点で200人近い兵がザメクを見捨てて脱走している。
「そうだな・・・見ろ!あそこに村がある。もうすぐ日も暮れる、今夜あそこで休憩だ」
こうしてザメクは、軍勢を村に向けて進めた。そこの村人たちはザメクに好意的で、彼とその軍勢を快く駐留させてくれた。
「ここの連中は気が利くな。カルドの田舎者とは大違いだぜ」
目の前で踊る娘たちを見つめながら、ザメクが上機嫌で酒を呷った。彼も部下たちも逃避行の疲労が大きく、村に到着して2時間ほどで、彼らは眠りにつき始めた。
「よし・・・今だ」
すっかり眠りに落ちたザメクたちを見て、村長が村人たちに声をかけた。彼らの手には武器が握られ、その目は殺気でぎらついている。
「宰相様のご命令だ。ザメク・ルアの首を挙げた者には、褒美は望むまま。さあ・・・やるぞ」
この村にはすでに、エレンが放った使者が辿り着いていた。村人たちは褒美にあずかるため、ザメクとその軍勢をあえて村に招き入れ、そこで暗殺することとした。
しかし、物事とはそう簡単には運ばない。
「・・・ッ!なにもんだてめえ!!」
ザメクの寝込みを襲おうとした村人が、その強すぎる殺気のためにザメクに気づかれた。ザメクは寝起きにもかかわらずすぐ目を覚まし、襲ってきた村人の短剣を奪い、逆に刺し殺して返り討ちにした。
しかし、彼の部下たちは悲惨であった。酒に酔い、すっかり油断して寝入ったところを、村人たちに襲われて命を落としていった。
「ちっ・・・!野郎ども起きろ!!すぐに村からずらかるぞ!!」
ザメクとその軍勢は、命からがら村から逃げることとなった。この騒動でさらに多くの将兵が離脱し、ザメクの軍勢は1万5千人から、9千人ほどにまで激減した。
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