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宰相殿のご決断  作者: 髙橋貴一


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怒りの矛先(1)

ここからが、物語全体の第16章になります

ザメク・ルアという男は、過激な人物として周囲に恐れられてきた。


元々海賊の下っ端にすぎなかった彼は、仕えていた頭領が別の海賊との抗争で命を落とすと、その報復とばかりに1人で敵の本拠地に討ち入り、見事に敵の頭領の首を挙げた。それをきっかけに徐々に海賊仲間の中で地位を上げていき、ついには当時の頭領を追放する形で、新たな頭領の座を手に入れた。


彼が頭領となった海賊団は、周囲の海賊たちに次々と戦いを挑んだ。ザメクは指揮能力に長けており、部下たち一人ひとりの適正に合わせた戦術を練ることを得意とした。これにより敵対する海賊勢力はほぼ一掃され、エルドラ東部一帯を牛耳る海賊として、ザメクの名は広く知れ渡った。


そんな彼の能力に、先代国王が目をつけた。エルドラを3つに分けた内戦を鎮めるため、国王は身分や出自を問わず、様々な人材を登用した。その中には、エレンの父であるネルソンや、商人から将軍になったルシウスなどの姿もあった。ザメクもその統率力と指揮能力を買われ、内乱の鎮圧に一役買った。やがて内乱が終結すると、彼は五将軍の一員に数えられ、その武名をますます上げただけでなく、東部に広大な領地を与えられた。


その統治は、お世辞にもよいものであったとはいえない。ザメクは領主になった後も、海賊の頭領の地位を離さなかった。その結果、彼の周囲は主に海賊の部下たちで固められ、領民たちの反発を招くこともしばしばあった。しかしザメクとその部下は、領民たちの反発を力で抑え込み続けた。領民たちはザメクとその部下を恐れて従ったものの、内心ではこの新たな領主とその一派のことを、決して快く思っていたわけではない。


ザメクは己の利益を確保するため、先代国王より認められた、領海を通る船からの通行料の徴収を強化した。これにより、東部の領民はますますザメクに反感を募らせた。東部は荒れ地が多く、陸路での移動が困難であった。それゆえ、他の地区に移動するためには船が最も便利なのだが、それを選べばザメクとその部下たちに、決して安くはない通行料を取られる。荒れ地を整備してほしいと訴えても、ザメクは適当に言葉を濁し続けた。彼にしてみれば、金がかかる陸路の整備より、海の安全と引き換えに徴収する通行料の方が、はるかにうまみがあった。結果的に領民の訴えは完全に放置され、ザメクへの領民の不満はますます募っていった。


そんな中、ジャンヌが反乱を起こした。ザメクはこの報せを所領で受け取ると、城への一番乗りを目指して1万5千の兵を集め、船を使って城に向かった。その際、所領からかなり強引に兵を徴用し、兵糧を徴収したため、領民たちの不満は爆発寸前になっていた。


「俺たち、いつまであの海賊に従わなきゃいけないんだ・・・」


ザメクが所領を後にして数ヶ月。ジャンヌの反乱は鎮圧されたが、まだその報せは東部には届いていない。


「よせ、マイス。そんなこと、兵隊に聞かれたら殺されるぞ」


マイスと呼ばれた青年に、同い年くらいの男性がたしなめるように声をかけた。彼の名はジェイルといい、マイスと同じく漁師として、ザメクの所領で暮らしている。


「それでも、このままじゃいつか、あの海賊に殺される。今回だって、蓄えていた食糧を半分以上持っていかれた。俺たちの暮らしなんて、あいつらは何も考えちゃいない。考えてるのは、自分たちの利益だけだ」

「でもなマイス、あの方は将軍だ。逆らったら痛い目に遭う。それは十分承知だろ?」

「ああ・・・けど・・・このままじゃ・・・・・・!」



領民たちにそんな風に思われていることなど、ザメクは全く気付いていない。彼は城に戻る前に、エレンたちの故郷であるカルド村に立ち寄り、そこで兵糧を徴収しようとした。


「ここがカルドか・・・ふん。文字通りの田舎だな」


軽口を叩きながら、ザメクは馬を進めてカルドに入った。突然村にやってきた兵士たちの姿に、カルドの住民が驚きの表情を浮かべる。


「この村の長はいるか!?エルドラ国将軍のザメク・ルア、村の長に頼みたいことがある!!」


ザメクが叫びかけると、村長のジョセフが彼のもとに進み出た。


「この村の長でございます。頼みとは、何でございましょう?」

「城に戻る途中なのだが、兵糧が足りなくなった。この村の食糧を分けてもらいたい」


その言葉に、村民たちは顔を見合わせてざわめいた。それを目にしたザメクの部下が、険しい表情で村人たちに詰め寄った。


「何だお前ら!?言いたいことがあんなら直接言いやがれ!!」

「ひっ・・・!」


ザメクの部下のドスの利いた声に、村人たちがおびえたような声を上げた。ジョセフが慌てたように、ザメクに早口で言葉を返す。


「承知いたしました。すぐに用意させますので、しばらくこちらでお休みくだされ」

「おお、助かるぜ。野郎ども、この村で少し休むぞ!!」


ザメクの言葉を受け、部下たちが周囲に散らばり始めた。彼らの多くはザメクと同じく海賊上がりで、決して行儀は良い方ではない。村人たちに乱暴な言葉をかけながら、周囲に腰かけて大声で話し始めたり、中には村人にちょっかいを出す者まで現れ始めた。


「村長(むらおさ)・・・いくら国の軍とはいえ、これではあまりにも・・・」


兵士たちの傍若無人ぶりに、エレンたちと親しかった村人のデインが、思わずジョセフにささやきかけた。


「我慢してくれ、デイン。食糧を受け取ったら、すぐに出て行ってくれるさ」


そんな中、ある事件が起きた。ザメクの部下の1人が、若い少女の腕を掴み、無理やり自分の方へ引き寄せた。


「や・・・やめてください!!」

「そんなこと言うなよ。戦で疲れたんだ。ちょっとばかし癒してくれって」


嫌がる少女に下卑た笑みを向けると、兵士とその仲間は少女の体を抱こうとした。しかしその時、様子を見かねたデインが、兵士の肩に手を置いた。


「な・・・何だてめえは!?」

「やめろ。嫌がってる」

「デ・・・デイン!」


これはまずいことになると、ジョセフはデインを止めようとした。しかし時すでに遅く、騒動を耳にしたザメクが、デインの方へ詰め寄った。


「何だてめえ?将軍の部下にケチつける気か?」

「いくら将軍の部下とはいえ、やっていいことと悪いことがありましょう」


全く物怖じすることなく、デインはザメクに意見を主張した。


「ご不満なら、今すぐにでも村を出てくださいませ」

「デ・・・デイン!」


ジョセフが叫び声を上げ、ダンの初恋の人であるマミヤもまた、それを見て嫌な予感がした。――その予感は、最悪な形で的中することになった。


「この・・・無礼者が!!」


ザメクは剣を引き抜くと、デインの体を斬り裂いた。デインは小さなうめき声を漏らしながら、その場に力なく頽れた。


「デイン!!」

「デイン!!」


ジョセフとマミヤが、倒れ込んだデインのもとに駆け寄った。一方のザメクはデインを斬った剣を掲げ、休んでいた部下たちに叫びかけた。


「このザメク・ルア、無礼を働いた奴には容赦しねえ!!野郎ども、ちょうどいい稼ぎ時だ。この村の食い物、金目の物、残らず運び出せ!!」

「おお!!」


ザメクの命を受けた兵士たちが、一斉に動き始めた。彼は家々に押し入って食糧や家具を奪ったり、畑を荒らして作物を引き抜いたりし始めた。中には若い女性に目をつけ、彼女たちを捕まえる者まで出始めた。


「村長様・・・どうしましょう・・・!?」


デインの遺体に手を触れたまま、マミヤが怯えた表情でジョセフに問いかけた。


「これはもう、俺たちだけじゃどうにもならん。誰か!この先の関所にすぐ向かってくれ!!村が襲われていると伝えるんだ!!」


ジョセフの声に応えるように、若い村人がすぐに馬を走らせ、関所に向かった。そこで訴えを聞いた関所の兵士たちは、すぐに兵を連れてカルドに急行した。


「狼藉を止めよ!!どの大将が率いる軍であろうと、狼藉は許されざる罪ぞ!!」

「ちっ、厄介な奴らがお出ましだ・・・!野郎ども、ずらかれ!!城には戻らず、所領に帰るぞ!!」


こうして、ザメクとその部下たちはすぐさまカルドから離れ、城に辿り着くために使った船を目指し始めた。しかしこの一件でカルドは荒らされ、村人たちにもデインを含め、数人の死者が出た。


「うう・・・デイン・・・!」


デインの遺体に寄り添いながら、マミヤが涙を流し始めた。ジョセフは震える拳を握りしめながら、怒りを宿した声で呟いた。


「なぜ・・・なぜ俺たちがこんな目に遭わねばならん・・・!?あまりにも・・・あまりにも、理不尽だ・・・!」

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