女神、散華(4)
エレンが陣に帰還し、レオナルドの勅命を読み上げた、その夜。一時兵を引いたジャンヌたち反乱軍は、善後策を練るための軍議を開いた。
「よもや、あの若造が陛下を動かすとは・・・!」
「なに、陛下もあの者に誑かされておられるのじゃ!・・・ジャンヌ殿、今ならまだ間に合う。敵軍を攻め潰し、そのまま一気に王城まで攻め込みましょうぞ!」
「そうじゃ!いっそのことジャンヌ殿、そなたが新たな女王になればよい!!さすれば大義は我らのもの、あのような若造に動かされる王など不要じゃ!!」
反乱軍の諸将からは、徐々に過激な意見が出始めた。しかし、それが机上の空論であることを、ジャンヌとライナスは冷静に判断していた。
「方々。このジャンヌ・アルフォードを立て、一軍の総大将にしてくださったこと、心より感謝申し上げます。私はこれまで、戦では一介の将として、戦場を駆け回ってばかりでした。その私が、一度でも総大将になれた・・・・・・このジャンヌ、いい冥土への土産話ができました」
「ジャンヌ殿・・・」
ライナスに小さな笑みを向けると、ジャンヌは諸将を見渡して言った。
「皆様も、心の中では分かっておいででしょう?この戦、もはや我らに大義はなく、また勝ち目もありませぬ。・・・私は、息子のアランの未来を守るため、立ち上がることを決意しました。なれど・・・事ここに至り、もはや我ら親子が生き残る道はありませぬ。私たちは死にゆく身・・・なれど、それに方々を巻き込もうとは思いませぬ」
ジャンヌは澄んだ表情で、味方の諸将の目を見ながら続けた。
「これにて、軍は解散といたします。宰相の軍につかれるもよし、このまま私につくもよし。この先のことは、皆様がお決めくださいませ」
「ジャンヌ殿・・・!」
武将の1人が、涙を流しながら声を上げた。それを合図にしたかのように、諸将が一斉に涙を流し始める。
「ジャンヌ殿・・・元はといえば、あなたを戦に巻き込んだのは、このわしじゃ。わしは何があろうと、あなたについていきますぞ」
ライナスも目を潤ませながら、ジャンヌに決意がこもった声で言った。そんな彼に、ジャンヌは心からの感謝を告げた。
「かたじけのうございます、ライナス殿。なれば・・・良い死に花を咲かせましょうぞ」
ジャンヌの言葉に、ライナスは泣きながら大きくうなずいた。その後、ジャンヌはこれまで付き従ってきた数十人の侍女たちにも、去就は自由であることを告げた。
「ジャンヌ様・・・私たちは皆、あなたについてまいります」
侍女のまとめ役であるミオが、覚悟を決めた表情で言った。他の侍女たちもミオと同じく、決意を秘めた表情でジャンヌを見つめている。
「すまぬ・・・貧乏くじを、引かせてしまったな・・・」
「何を仰いますか。私たちは皆、あなたに憧れ、あなたを人生の師と慕っているのです。共に戦えること、生涯の誉れでございます・・・!」
「そうか・・・ならば、最後までついてきてくれ。私は・・・私が生きた証を刻むため、エレン殿に最後の戦いを挑む」
「はっ!!私たちの命、あなた様のために!!」
翌日。最後の決戦が幕を開けた。7万の討伐軍に対し、反乱軍は多くの部隊が離脱した。残ったのは、ライナスやその盟友の部隊を主軸とした、2万ばかりの軍勢にすぎない。
「勝ちは決まったな、宰相殿」
エレンに馬を寄せながら、ルシウスが余裕の笑みと共に言った。エレンはそれに応えることなく、引き抜いた剣を敵陣に突き付けた。
「掛かれ!!」
エレンの声を合図に、討伐軍は一斉に突撃した。反乱軍も全軍でこれを迎え撃ったが、3倍以上の敵の前には衆寡敵せず、徐々に陣形が崩れ始めた。
「一気に攻めよ!!敵軍を討ち果たすのだ!!」
エレンの命令に応えるかのように、ルシウスを始めとする四将軍、そしてノリスの軍勢が、一斉に反乱軍に攻めかかった。ついに反乱軍は敗走を開始し、戦いの勝敗は決定した。
「退け!!もはや負けは覆せぬ!生きて、この戦場から逃げ延びよ!!」
ジャンヌは味方の兵士たちに、戦場から逃れるよう叫びかけた。彼女は迫りくる敵軍を目にしながら、隣で馬に乗るミオに声をかけた。
「ミオ、私について来い。最後の後始末をせねばならん」
「はっ!・・・近衛兵たちよ、敵を食い止めよ!!」
ジャンヌの意図を察したミオが、侍女たちで構成された近衛兵に命令を下した。彼女たちもみな武装しており、全員が馬に乗っている。
「掛かれ!!ジャンヌ様とミオ様が逃れるための、時間を稼ぐのだ!!」
近衛兵たちが剣を振るいながら、討伐軍の波に突っ込んでいく。それを見たカレンが、悲しそうな声を上げた。
「知ってる人が、何人かいるわ。・・・みんな、アルフォードのお屋敷で、一緒に働いてた人たちよ・・・」
カレンの言葉通り、近衛兵の中には、ジャンヌがアルフォード家にいた時の侍女も複数存在した。かつての仲間たちが死を覚悟して奮戦する姿に、カレンのみならず、ダンやエレンも心が痛んだ。
「何と見事な・・・・・・ならば、その勇気に応えねばならぬ」
震える声でそう言うと、エレンは味方の将兵に叫びかけた。
「皆!!あの近衛兵たちを討ち取れ!!」
エレンの命令を受けた討伐軍により、1人、また1人と、近衛兵たちは討ち取られていった。彼女たちは味方が敗走するなか、最後まで敵に背を向けることなく、勇敢な最期を遂げた。
「ジャンヌ殿は、戦場から逃れたようだ。ライナス・ボルトも、所領に逃げた。どうする?宰相殿」
近衛兵たちが全滅すると、ルシウスがエレンに馬を寄せて問いかけた。
「ルシウス殿・・・軍の指揮を、お任せできますか?私はカレンとダンと共に、義姉上を追います。ライナス・ボルトを始め、敵の主だった武将を追撃し、その首を挙げてくだされ」
「分かった。トールの部隊もお前さんにつける。・・・宰相殿、死ぬなよ」
「はっ!」
こうして、ルシウスはエレンから指揮権を預かると、ライナスを始めとする反乱軍の残党を討つために軍を動かした。エレンはカレンとダン、そしてトールが率いる100人の兵と共に、ジャンヌを追って馬を走らせた。
「エレン・・・ジャンヌ様の行き先、分かってるの?」
「ああ、俺には分かる。・・・皆急げ!!義姉上に追いつくのだ!!」
カレンの問いに答えながら、エレンはさらに馬を走らせた。その後を、カレンとダン、そしてトールの部隊が、置いて行かれまいと必死に追いかけた。
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