女神、散華(1)
ここからが、物語全体の第15章になります
レオナルド国王歴5年。季節は夏から、秋に移ろうとしている。
ジャンヌが率いる反乱軍と、エレンが率いる討伐軍は、依然睨み合いを続けている。討伐軍はその後、幾度となくエレンが守る陣に攻撃を仕掛けた。しかし――
「宰相の妻、カレン・アルフォードが守備隊の指揮を執っており、敵の士気は極めて高うございます」
弓の名手であるカレンが、弓兵部隊の指揮を執って防戦に努めた。カレンの矢は百発百中であり、多くの反乱軍の将兵が、彼女の放った矢によって討ち取られた。
ジャンヌは自ら陣頭に立って攻撃を指揮したが、カレンの堅固な守りを打ち崩すことはできなかった。そうこうしているうちに、四将軍筆頭のゴードンが、所領から駆け付けた1万の兵と共に討伐軍に加勢した。
ようやく各地の兵が集まり始め、討伐軍は総勢7万ほどに膨れ上がっている。しかし、相手がエルドラの女神の異名を持つジャンヌ・アルフォードということもあり、討伐軍も積極的攻勢には及び腰であった。
「宰相殿。このまま退陣を続けていても、兵の士気が下がるだけだ」
何度目か分からない軍議の席で、ルシウスが攻撃策を主張した。
「数はわが軍の方が勝っている。一気に攻め込み、賊軍を討ち果たすべきだ」
「いや、ジャンヌ殿を侮ってはなりませぬ。いくら数で劣るとはいえ、あの方1人の存在で戦況は簡単に覆ります。下手に攻勢に出るのは、危険かと」
ランスの慎重策に、ゴードンも賛同の声を上げた。
「わしも同感じゃ。我が方は数に勝り、陣も堅固。そのうち敵の方が音を上げる、それを待てばよい」
「けどよ、ゴードンの旦那。こっちだって急ごしらえの軍、兵糧がそろそろ尽き始めてるぜ。ここらで1回派手にやり合って、女神さんの軍勢を破るというのも手だぜ」
ザメクはルシウスに賛同し、四将軍の意見が真っ二つに割れた。軍議を黙って聞いていた将軍のノリスが、エレンに視線を向けて問いかける。
「宰相殿は、いかにお考えでございますか?」
「・・・方々の意見は、決して間違ってはおりませぬ。どの道、戦はいずれ終わらせねばなりません。・・・なれど、持久戦は不可能、そして積極的な攻勢も危険となると・・・・・・もはや、我らが打てる手は1つしかありませぬ」
「・・・して、その手とは?」
ノリスが身を乗り出すように尋ねると、エレンは渋い表情で言った。
「陛下より、義姉が逆賊であると、広く国に示してもらうことでございます。さすれば敵軍は寄せ集めゆえ、あっという間に分裂しましょう。・・・なれど・・・」
――此度のことは、そなた自身で解決してみせよ――
城でレオナルドにかけられた言葉が、エレンの脳裏に蘇った。今回の一件に、レオナルドは関与しないと決めている。このため、エレンは国の軍を動かすことができず、今率いているのはルシウスやランス、ザメクたちが、善意で連れてきてくれた兵たちという有様であった。
「まあ、寄せ集めなのは俺たちも同じだな。陛下が、果たして俺たちを官軍と認めてくれるかどうか・・・」
不安そうな表情で腕を組みながら、ルシウスが低い声で言った。他の将軍たちも、自分たちが官軍になれるという確証がなく、口を閉じて黙り込んだ。
「・・・一か八か、やってみまする」
その重い沈黙を破ったのは、決意が宿ったエレンの声であった。その言葉を受け、ザメクがエレンに問いかける。
「やってみる、ってのは?」
「陛下にお会いし、義姉を逆賊と認めてくださるよう、説得してみとうございます。方々は、このまま戦線を維持してくださいませ。何としても、陛下を説き伏せてみせまする」
「・・・承知した。皆、ここが正念場ぞ!!」
ゴードンの一声で、今後の方針が決定した。ルシウスたちは各々の持ち場に戻り、守りを固めて反乱軍の攻撃に備える。
一方のエレンは、すぐにカレンとダンのもとに向かった。2人は陣の最前線に立ち、敵陣をじっと見つめていた。
「カレン!ダン!」
エレンの声に、2人が同時に振り返った。エレンは早速2人に、城に戻ってレオナルドを説得したい旨を告げた。
「しかし、陛下がそう簡単に、ジャンヌ殿を逆賊と認めてくださるだろうか。今回の件、王族は関与しないと、そう仰ったんだろ?」
ダンの言葉に、エレンは重々しくうなずいた。
「なれど、やらねばならぬ。この膠着した状況を打ち破るには、陛下のお言葉がいる。それを、何としてでも引き出すのだ」
「・・・そうね。エレン、ここは任せて。あんたがいない間でも、絶対に敵は防いでみせるから」
「すまない、カレン。・・・ダン、お前は俺と来てくれ」
「承知した」
こうして、その日の夜。エレンはダンだけを連れて、密かに陣を出て城に向かった。総大将が不在という状況にはなったが、ルシウスやゴードンは必死に部下を鼓舞し、士気の維持に努めた。
「よいか!?いずれ宰相殿が、よき報せを持って戻ってくる!!それまでの辛抱ぞ!!」
「何度敵が押し寄せようと、我らに敵うはずもないわ!!皆、安心して宰相殿を待つのじゃ!!」
エレンの妻であるカレンも、前線の兵の士気を絶やさぬよう努めた。彼女の弓の腕前は、すでに前線の兵たちの間では語り草になっている。中には、彼女をジャンヌに次ぐ、第二のエルドラの女神と呼び始める者までいた。
「夫は、すぐに戻ってまいります。それまで私たちが、命に代えてもここを守り抜くのです!!」
「おお!!」
一方。エレンが不在という状況は、すぐにジャンヌも知ることになった。
「敵の大将がいない?一体、どういうことだ・・・?」
「ジャンヌ殿、これは好機ではないか。ここは一気に攻勢をかけ、敵陣を落とすべきじゃ」
ライナスがそう主張したが、ジャンヌは首を縦には振らなかった。
「いえ・・・これは、何かの罠の可能性もあります。それに、宰相の妻が守る敵陣、そう簡単には突破できませぬ。今は、少し様子を見ましょう」
戦巧者であるジャンヌの言葉に、ライナスはそれ以上反論することができなかった。ジャンヌは敵陣を見つめながら、心の中で声を上げた。
(エレン殿・・・一体、何を考えている・・・?)
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