義姉VS義弟(6)
ここまでが、物語全体の第14章になります
ザメクとノリスが到着した次の日の朝、エレンは2万5千の兵を率い、エルドラ城を出立した。
「カイルたち、無事だといいけど・・・」
エレンの隣に馬を寄せながら、カレンが心配そうに声を上げた。その隣の馬に乗っている兄のダンも、不安そうな表情で告げる。
「ああ・・・ランス将軍の部隊は8千。5万の敵を迎え撃つには、あまりにも数が少なすぎる」
「それでも、俺たちが合流すれば、まだ義姉上を迎え撃つことはできる。とにかく今は、急ぐしかない」
エレンは厳しい表情で言うと、背後の兵士たちに号令した。
「全軍急げ!!ランス将軍の部隊と合流するのだ!!」
ジャンヌ率いる反乱軍の先鋒が、ランスの陣を発見したのは、その日の正午近くのことである。
「あれはランス・カロットじゃ。おのれ、道を塞ぎおったな」
先鋒部隊を率いる武将が、陣に翻る旗印を見て忌々しそうに声を上げた。
「いかがなさいます?わが軍だけで攻撃しますか?」
「いや、わが軍は5千にすぎぬ。あの陣を見る限り、敵の数は少なくとも7千。このままでは勝ち目がない、後続部隊の到着を待とう」
こうして、先鋒部隊は後続の軍を待ちつつ、ジャンヌに伝令を飛ばした。伝令の報告を受け、ジャンヌが馬上で声を上げる。
「そうか・・・ランス将軍が・・・」
「いかがなさる?先鋒部隊に攻撃を命じますか?」
ライナスの問いかけに、ジャンヌは小さく首を振った。
「いえ、今日はこのまま、敵陣の近くに陣を張ります。明朝、夜明けと同時に陣を攻めます」
こうして、ジャンヌはその日の内に陣を攻める方針は取らず、翌朝に攻撃することと決めた。徐々に増えていく敵軍を、カイルは柵の内側から緊張のまなざしで見つめた。
「き・・・来やがったな・・・・・・エレン、俺たちが時間を稼ぐからな。何とか、間に合ってくれよ・・・・・・」
反乱軍の攻撃が始まったのは、翌朝の夜が明けた頃のことであった。
「進め!!敵軍の陣を突き破れ!!」
ジャンヌの号令で、反乱軍が一斉にランスの陣に攻めかかった。ランスの軍は柵の内側から、弓兵部隊が一斉に矢を浴びせかけた。
「何としても凌ぎ切るぞ!!後詰めの到着まで、必ずや陣を守り切る!!」
「おお!!」
ランスの言葉に励まされ、陣を守る兵は必死に防戦に努めた。反乱軍は隘路ゆえに少数の部隊しか動かすことができず、ランスの巧みな指示も相まって、敵兵を陣に寄せ付けなかった。
「宰相殿!!我が方の先陣、敵軍と交戦を始めました!!」
戦闘が始まってから、およそ1時間後。進軍を始めていたエレンのもとに、ランスから送り込まれた伝令がやって来た。
「始まったか・・・!皆急げ!!ランス将軍を救うのだ!!」
エレンの号令一下、討伐軍は一斉に動きを速めてランスの陣に向かった。一方、反乱軍はランスの陣を攻めあぐね、すでに攻撃開始から2時間が経過しようとしていた。
「ジャンヌ殿、このままでは埒が明かぬ」
ライナスが苦い顔で言うと、ジャンヌは意を決したように言った。
「ならば私が、敵の堅固な守りを打ち崩すまで!馬を!!」
ジャンヌの指示で、侍女のミオが白馬を連れてきた。ジャンヌはその白馬にまたがると、剣を抜いて前線に向けて駆け出した。
「我が名はエルドラの女神、ジャンヌ・アルフォードである!!この戦、大義は我らにあり!!暴政を敷く宰相の軍勢、ことごとく踏みつぶせ!!」
ジャンヌの声に勇気づけられたのか、反乱軍の将兵が遮二無二陣に攻めかかった。ランスの部隊はありったけの弓矢を放って敵を防いだが、ついに矢が全てなくなった。
「切り込むぞ!!皆続け!!」
ランスは陣から出て、白兵戦を挑むことを決意した。自ら先頭に立つ大将の姿に、将兵は勇気づけられてそれに続く。
「進め!!賊軍を押し返せ!!」
「行け!!敵陣を落とす好機ぞ!!」
ランスとジャンヌの叫び声が、同時に戦場にこだました。互いの将兵が喊声を上げながら、剣や槍で白兵戦を展開する。
「はあっ!!このっ!!」
カイルも剣を振るいながら、必死に押し寄せる敵の軍勢を追い払った。しかし数に勝る反乱軍が、じりじりと押し始めた。
「退くな!!退いてはならぬ!!支えよ!!」
槍で敵兵の1人を貫いたランスが、必死に逃げる味方に叫びかけた。しかし味方は不利に陥り、負傷兵も多く出始めている。
「くっ・・・これは・・・退くしかないか・・・!?」
さしものランスも、撤退という考えが頭をよぎった。だが、その時――
「退くな――っ!!じきに宰相殿が、援軍を率いて駆けつける!!それまで、絶対に退いてはならんぞ――っ!!」
剣を振り上げたカイルが、逃げていく味方に向かって大声で叫びかけた。その声に勇気をもらったのか、敵に背を向けて陣に逃げ込もうとしていた兵士たちが、振り返って武器を握り直し、敵軍に向かって走り始める。
「あの者・・・確か、カイル・ブレントとか言ったな・・・」
一度しか言葉を交わしたことはなかったが、ランスはカイルのことを覚えていた。カイルは戻ってきた味方の姿に笑みを漏らすと、再び敵軍に視線を向けた。だが――
「うっ!!」
飛んできた1本の矢が、カイルの腹に突き刺さった。さらに数本の矢が飛んできたと思うと、カイルの胸や腕に突き刺さる。
「くっ・・・退くな!!退くなあああああああああああっ!!」
カイルはその場に頽れながらも、必死に味方に向かって叫び続けた。と、その時――
「援軍じゃ!!援軍が到着したぞ!!」
陣の中から、兵士の叫び声が響いた。ランスが陣に視線を向けると、後方に多くの旗が翻り、こちらに向かってくる騎馬兵たちの姿が目に入った。
「宰相殿・・・間に合いましたか!!」
討伐軍の先鋒が、陣に到着したところであった。その先鋒部隊を率いるのは、四将軍の一員であるルシウスである。
「進め!!賊軍を押し戻せ!!」
ルシウスが叫び声を上げると、彼の配下の軍勢がランスの軍に加勢した。討伐軍は一気に士気を盛り返し、反乱軍を押し返し始めた。
「はは・・・間に合ったか・・・エレン・・・・・・」
小さく笑い声を上げながら、カイルは力尽きてその場に倒れ込んだ。一方のジャンヌは押し戻される味方の姿に、これ以上の攻撃は不可能と確信した。
「敵の増援か・・・・・・全軍撤退!!陣に引き上げろ!!」
ジャンヌは直ちに味方に撤退を命じ、この戦いは討伐軍の勝利で終わった。エレンたちが陣に到着したのは、反乱軍が完全に撤退を終えた、その直後のことであった。
「ランス殿・・・よくぞ凌いでくださいました!!」
エレンは馬から降りるなり、すぐにランスのもとに駆け寄って言った。ランスはうなずいて応えて見せたものの、その表情は暗かった。
「宰相殿・・・お詫びせねばならぬことがあります」
「詫びる・・・?何をでございます?」
「カルドの・・・カイル・ブレントが・・・・・・戦死いたしました・・・!」
「・・・!」
ランスの言葉に、エレンとダン、カレンが小さく声を漏らした。3人はランスに案内され、カイルの遺体と対面した。
「うっ・・・!カイル・・・!」
カイルの亡骸は、満足そうな微笑を浮かべていた。その姿を見たカレンが声を上げて泣き始め、その体を優しく抱いたダンもまた、目から一筋の涙を流している。
「カイル・・・・・・死んではならぬと、言ったではないか・・・・・・!」
エレンも目を潤ませながら、冷たくなったカイルの体に触れた。そんな彼に、ランスが声を震わせながら言葉をかける。
「ブレントは・・・最後まで、味方を励ましておりました。決して逃げることなく、もうすぐ宰相殿の援軍が来ると、そう叫び続けて・・・・・・私ですら、撤退を考えました。なれど・・・ブレントは、最後まで退くことなく・・・・・・私などよりも・・・よほど・・・将軍にふさわしい男でございました・・・!」
――俺は兵士になって、戦場で手柄を上げて、いずれはこの国の将軍になりたいんだ!――
カイルの言葉が、エレンの脳裏に蘇った。エレンは涙を流しながら、笑みを浮かべてカイルの肩を抱いた。
「聞いたかカイル・・・・・・あのランス殿が・・・お前を将軍にふさわしいと・・・そう仰ってくれたぞ・・・・・・!」
エレンとカレン、そしてダンの嗚咽の声が、陣の中に響き続けた。――この後、カイル・ブレントの名は英雄として、エルドラ国中で広く知れ渡ることとなった。
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