義姉VS義弟(1)
ここからが、物語全体の第14章になります
レオナルド国王歴5年、夏。
ジャンヌ・アルフォードが反乱を起こしたとの知らせは、直ちにエルドラ国中に広がった。
「なんてこった・・・あの女神殿が、テネスから兵を挙げたそうだ」
エレンたちの故郷、カルド。そこで報せを目にした村長のジョセフが、呆然となりながら声を上げた。
「テネスって・・・この村とさほど離れていないではないですか!」
ジョセフが手にする書状を目にしたマミヤが、焦燥を隠し切れない様子で言った。その手から書状をさっと取ったデインが、素早く目を通しながら声を上げる。
「いや、この報せによれば、ジャンヌ殿の軍はまっすぐ城を目指してる。この村を通る余裕などないだろう」
「そうだな・・・だが万が一のことを考えて、備えだけはしておかないとな。デイン、すぐ村中に触れを出してくれ。反乱軍に備えて、武器を用意するようにと」
「はっ!」
デインは小さく頭を下げると、ジョセフとマミヤの前から去っていった。ジョセフはそれを見送りながら、複雑な表情で声を上げる。
「エレンが、辛い立場になったな・・・・・・仮にも女神殿とは、義理の姉弟だからな」
「ええ・・・それに、カイルも心配です。見習いとはいえ、あの子も兵士です。また・・・戦に出ることになりましょう」
「そうだな・・・とにかく誰も、死なずに済めばいいんだが・・・・・・」
一方。ジャンヌが率いる5万の軍勢は、テネスに設けられた砦を落とし、さらに城に向けて進撃を続けた。
「ジャンヌ殿、今のところ順調ですぞ。この調子でいけば、5日もあれば城に着ける」
立派な髭を生やした中年の男性が、ジャンヌに馬を寄せて上機嫌で言った。
「まだこれからです、ライナス殿。それに、相手はあのエレン・アルフォード。どんな策を使ってくるやら・・・」
「どのような策を弄したところで、エルドラの女神の前には敵いますまい。あなたには、兵を励ます力がある」
「そのような目に見えぬ力など、当てにしてはなりませぬ。とにかく今は、城に辿り着くことを先決とせねば・・・」
ジャンヌが兵を挙げると決意したのは、奇しくもエレンが彼女を訪ねた、その日であった。
「ジャンヌ様。ライナス・ボルト殿が、お目通りを願っておられまする」
息子のアランと共にエレンを見送っていた、まさにその時。最も信頼する侍女のミオが、ジャンヌに声をかけてきた。
「ライナス殿が?・・・一体、私などに何の用だ・・・?」
ライナス・ボルトは、テネスとその近隣を所領としている男である。そんな人物がなぜ自分を訪ねて来たのか、ジャンヌには分からなかった。
とにかく、彼女はライナスと会うことにした。するとそこにいたのはライナスだけでなく、彼と隣り合った領地の主数人の姿もあった。
「方々・・・一体、いかがなされた?」
「ジャンヌ殿・・・あなたにどうしてもお願いしたいことがある!」
一同を代表するように、ライナスが切羽詰まった様子で声を上げた。
「どうか・・・我らとともに立ち上がってくだされ!!」
「立ち上がる・・・?それはもしや・・・兵を挙げるということでございますか?」
ジャンヌが緊張の面持ちで尋ねると、ライナスが連れてきた領主たちが口々に声を上げた。
「そうじゃ!わしらは、あの宰相のもとではやっていけぬ!」
「あの若造、我らに何の相談もなく、国中の年貢を3割5分まで下げおった!そのようなことをされては、我らのような小さな領主は生きていけぬ!」
「今年の収穫分は何とかなったが、来年はどうなるか分からぬ。ただでさえあの宰相は、民の暮らしのためと称して、我らの力を削ごうとしておる!」
領主たちは怒りで興奮していたが、その主張はもっともだとジャンヌは思った。エレンは民のためと称して、領主たちの力を削ぐ政策を進めている。民はともかくとして、領主にとってこれほど迷惑な話はない。
「ジャンヌ殿。我らは、エレン殿を宰相の座から引きずり下ろしたいのじゃ。なれど、我らのような弱小領主が立ち上がったところで、たちまちのうちに鎮圧されるのは必定」
「・・・そこで、私に共に立ち上がれと?」
ジャンヌが訪ねると、ライナスは大きくうなずいて続けた。
「左様。エルドラの女神と謳われたあなたがいれば、兵たちの士気も上がる。それだけでなく、その勇名に惹かれる者たちが、続々と我らに味方するはずじゃ。エレン殿に不満を持つ者たちも、これを好機と我らに合流しよう。そうなれば、軍勢は万を超える数まで膨れ上がるかもしれん」
「お言葉ですが、それは買いかぶりすぎでございます。今の私は、何の力もないただの母親でございます。皆様のご期待通りにはいかぬかと」
「では・・・あなたはエレン殿が、このまま宰相でいることを認めると仰るのか?そうなれば、あなたのご子息の立場はどうなる?本来なら、アルフォードを継ぐべきなのは、あなたのご子息であるはずじゃ!」
――アランが立派に成長した暁には、私は喜んで、宰相の職を譲りましょう――
エレンが口にした言葉が、ジャンヌの脳裏に蘇った。あの時、エレンは確かに本気だった。しかし、その言葉が現実のものになるという証は、この世の誰にも用意できない。
「ジャンヌ殿・・・今立ち上がらねば、エレン殿はますます力を強くする。その立場が不安定な今こそ、立ち上がる絶好の機会なのじゃ」
ライナスの言葉に、ジャンヌはうつむいて考え込んだ。立つべきか、立たざるべきか。彼女がその答えを探しあぐねていた、まさにその時――
「ははうえ!おおきなトンボをつかまえました!みてください!!」
トンボを手にしたアランが無垢な笑みを浮かべ、ジャンヌのもとに駆け寄ってきた。その後ろから、侍女が慌てて追いかけてくる。
「申し訳ございません!お止めしたのですが、母上にトンボを見せると仰って・・・」
「よい。・・・実に大きなトンボだな。よく捕まえた、アラン」
「はい、ははうえ!!」
母に頭を撫でられたアランが、無邪気な笑みをジャンヌに向けた。――この瞬間、ジャンヌの迷いは消え、1つの決意が胸の内で固まった。
「ライナス殿・・・方々・・・私の力、皆様にお貸しいたしまする。私も・・・この子の未来のため、義弟を宰相の座から引きずり下ろしたい」
ジャンヌのその言葉に、領主たちから喜びの雄たけびが上がった。
「おお!これでわしらの勝ちは確実じゃ!!」
「ジャンヌ殿!かたじけない・・・かたじけない・・・!」
「エルドラの女神殿が、我らについてくださった!かくなる上は城に攻め入り、あの若造の首を上げるまでじゃ!!」
こうして、ジャンヌを旗頭とする軍勢が、テネスに集結した。ライナスや、彼に味方する領主たちが集めた軍勢は、当初は6千ほどの数にすぎなかった。
「皆、このジャンヌ・アルフォードについてまいれ!エルドラの女神の加護が、そなたらを勝利に導こうぞ!!」
「おお!!」
白銀の鎧と兜を身に纏い、白馬にまたがったジャンヌの叫びに、将兵たちが声を上げて応えた。軍勢がテネスを出立すると、ジャンヌの挙兵を知った者たちが次々と兵を率いて駆けつけ、いつしかその数は3万近くに膨れ上がっていた。
「皆行くぞ!!手始めに、テネスを塞ぐ砦を落とす!!」
ジャンヌに率いられた3万の軍勢は、砦をあっという間に陥落させた。こうして悠々とテネスを後にした軍勢に、エレンに不満を抱く者たちがさらに合流した。軍勢が5万に膨れ上がったのには、こうした背景がある。
「皆、間もなく王領に入る!!気を引き締めよ!!」
「おお!!」
意気上がる5万の軍勢が、ついに王領に入ろうとしている。ジャンヌは鋭く前方を見つめながら、心の中で声を上げた。
(さあ来い、エレン殿・・・・・・どんな策を用いようと、必ずこの手でねじ伏せてくれる・・・!)
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