宰相殿の嫁取り(6)
ここまでが、物語全体の第13章になります
宰相殿が、1週間も経たぬ間に正室と側室を迎えた――この話題は、たちまち城の内外を駆け巡った。
「宰相殿、聞きましたぞ。わずか数日の間に、正室と側室を迎えられたとか」
サラを側室に迎えると宣言して、2日が経った頃。執務室に向かうエレンに、バナージが声をかけてきた。
「ええ。それが何か?」
「いやなに、別に悪いこととは申しておりませぬ。しかし・・・話によると正室がカルドの百姓の娘で、側室がバルデッタ将軍の娘御だとか。実に奇妙な取り合わせだと皆申しておりまする。私なら・・・いや、ほとんどの者なら、正室と側室を逆に迎えるでしょうからな」
皮肉そうな目を向けてきたバナージに、エレンは小さな笑みを向けながら言った。
「私は、そのようなことは気にしておりませぬゆえ。例えカルドの百姓の娘であろうと、私が初めて心から愛した女性・・・だからこそ、最初に妻に迎えました。それだけにございます」
「ほう・・・さすがネルソン殿のご子息。私などには、理解できぬことでございますな」
嫌味っぽく言いながら、バナージはエレンの前から去っていった。エレンは微笑を浮かべながら、再び執務室まで歩き始める。
「宰相殿・・・此度の件、まことによろしかったのでございますか?」
執務室についた途端、今度はカールが問いかけてきた。エレンはやれやれ、といった表情を浮かべながら、カールに自身の考えを述べた。
「私は、サラ殿の生きる理由になりたかったのです。私のせいで、彼女を生きる意味を見失いかけました。だからこそ、彼女と共に生きねばと思ったのです。それが・・・私にできる、何よりの償いだと思っております」
エレンの言葉に、カールは微笑を浮かべて応えた。
「お優しい方ですな・・・だからこそ、サラ殿も奥方も、あなたに惹かれたのでしょう」
その言葉に、エレンの顔がわずかに赤くなった。
「優しいと、色々な方に言われます。私には、あまり自覚はありませんが・・・」
エレンの側室になったサラは、カレンと共にアルフォードの屋敷に住むこととなった。側室ゆえ、結婚式は挙げられなかったが、それでもサラは、エレンと共に暮らせることに満足していた。
「でも、カレンお姉ちゃんはそれでいいの?せっかく、お兄様と結婚したばかりなのに・・・」
サラが側室になったと聞いたミアが、カレンを心配して彼女のもとを訪ねてきた。
「いいのよ。だって、エレンはエレンだもの。あの人はこれからも、私のことを愛してくれる。それだけで、私は十分だから」
「そう・・・でも、今度からサラさんのこと、お義姉様って呼ぶことになるのか・・・なんか実感わかないな・・・」
「いずれ慣れますわ。私のことを、お義姉様と呼んでくれるように」
2人に紅茶を差し出しながら、マリアが微笑を浮かべて言った。そんな3人の姿を、ドアの隙間からサラがじっと見つめていたが、彼女はすぐにその場を立ち去った。
1つの館に、正室と側室が同居する――この奇妙な共同生活に、多くの者が注目した。しかしエレンはそれを気にせず、夕食の席でカレンとサラに告げた。
「この先、様々なことを耳にしよう。中には、心ない言葉もあるかもしれぬ。それを気にするなとは言わん。なれど・・・私たちは、1つの家族だ。正室も側室もない・・・1つの家族として、共に歩んでいこう」
その言葉に、カレンとサラは揃ってうなずいた。2人はわずかに視線を交わしたが、どちらからともなく視線を外し、食事の最中に言葉を交わすことはなかった。
その夜。エレンは初めて、サラとの一夜を過ごすことになった。
「では改めて・・・これからよろしく頼む、サラ殿」
エレンが小さく頭を下げると、サラは暗い表情で言った。
「うん・・・でも・・・」
「・・・カレンのことを、気にしているのか?」
その問いかけに、サラは小さくうなずいた。エレンはそんな彼女を気遣うように、彼女の両手を取って言った。
「さっきも言ったであろう?私にとって、そなたもカレンも、等しく家族だ。確かに、正室と側室という違いはある。だが私は2人のことを、平等に愛していきたいのだ」
「私のこと・・・カレンさんと同じように・・・愛してくれる・・・?」
サラがそう問いかけると、エレンは力強くうなずいた。
「ああ。約束する」
「・・・・・・嬉しい」
子供のような笑みを浮かべながら、サラはエレンの体に抱き着いた。エレンもそれを拒むことなく、サラの体を全身で受け入れた。
そんな2人の会話を、ドアの前でカレンが聞いていた。彼女は震える拳を握りしめながら、部屋の前から去るのだった。
それから、およそ1週間後。エレンはいつもと同じように、執務室で仕事をしていた。部屋にはカールだけでなく、ニールとディエゴといった文官の姿もある。
「ではニール殿、この方向でお願いします」
「承知いたしました。しかし宰相殿も、ずいぶんと思い切ったことをなさいましたな。正室と側室を、同じ屋敷に住まわせるとは」
「これ、ニール殿。宰相殿に失礼であろう」
ディエゴがニールをたしなめたが、エレンは笑いながら言葉を返した。
「いえ・・・私にとって、2人とも大事な家族でございます。それに、わざわざ側室のために別の屋敷を設けるなど、それこそ無駄でございます。私は、家族とは共に過ごしたいのです」
「宰相殿らしいですな。なれど・・・女性とは繊細なものでございます。それをゆめゆめ、お忘れなきよう」
「はは・・・分かっております、カール殿」
と、その時であった。ダンが息を切らせながら、執務室に飛び込んできた。
「ダン?いかがした?」
「エレン・・・大変な・・・大変なことが起きたぞ!」
「大変なこと?」
カールがそう問いかけると、ダンは声を絞り出すように叫んだ。
「ジャンヌ・・・ジャンヌ・アルフォード殿、ご謀反!!」
「な・・・!?」
ダンの言葉に、ディエゴが思わず声を上げた。カールとニールも表情を硬くする中、エレンだけは、その報せを信じられなかった。
「嘘だ・・・何かの、間違いであろう・・・・・・義姉上が・・・そんな・・・馬鹿なことをなさる・・・はずが・・・」
――私はまだ、諦めておらぬ――
――例えそなたを蹴落としてでも、私はあの子をこの国の頂に据える――
ジャンヌの言葉が、エレンの脳裏に蘇った。そんな彼に追い打ちをかけるように、衛兵たちが次々と、執務室に飛び込んできた。
「宰相殿!ジャンヌ・アルフォード殿、ご謀反!!」
「ジャンヌ殿が率いる軍勢が、テネスの砦を落としましてございます!!」
「近隣の勢力もジャンヌ殿に加勢し、すでに5万ほどの兵が集まっているそうでございます!!」
「・・・宰相殿。もはやジャンヌ殿のご謀反は確実。直ちに、手を打たなければ・・・」
カールが表情を引きつらせながら、エレンに言葉を投げかけた。しかしエレンは呆然とした表情のまま、うわごとのように呟き続けていた。
「なぜだ・・・なぜだ・・・」
「エレン・・・?」
「なぜだ・・・なぜだ、なぜだ?なぜだ!?」
血を吐くように叫んだ次の瞬間、エレンは目の前の机に積まれていた書類を叩き落とした。書類が宙を舞い散る中、エレンは立てかけられた燭台を倒し、机の上の本を床に叩きつけた。
「なぜだ!?なぜだ義姉上!?なぜだ!?なぜだ、なぜだ・・・なぜだ!?」
狂ったように暴れ回るエレンを、誰も止めることができなかった。カールやダンたちが呆然と見つめる中、エレンは答えの返ってこない問いを叫び続けていた。
「なぜだ・・・!?なぜだ義姉上・・・!?なぜだ・・・なぜだ・・・・・・!?」
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