宰相殿の嫁取り(5)
「サラさん!!・・・サラさん!!」
夜の闇がますます濃くなる中、カレンは必死に、サラの姿を捜し求めていた。
「おっ!カレン!!」
「・・・!兄さん・・・!」
するとそこに、ダンが姿を現した。彼は妹のもとに駆け寄ると、笑みを浮かべながら告げた。
「今、エミルが知らせてくれた。エレンが、サラ殿を見つけたらしい!!」
「エレンが!?・・・それで、サラさんは無事なの!?」
「ああ。何でも、川に飛び込んだそうだ。だがすぐにエレンが助けたようで、今は2人でバルデッタの家に向かっている」
「そう・・・とにかく、私たちもそこに行きましょう!」
「ああ!」
こうして、2人もバルデッタの屋敷に向かうこととなった。2人が屋敷に辿り着くと同時に、サラを背負ったエレンがずぶぬれになりながら、同じく屋敷に辿り着いた。
「エレン・・・」
「カレン、ダン、すぐに火を起こすよう屋敷の方々に言ってくれ!それから、拭く物も頼む!!」
「お・・・おお!」
エレンと言葉を交わす暇もなく、ダンとカレンはバルデッタの屋敷の者たちに火を焚かせ、身を拭くタオルを手配した。エレンたちはサラの体をタオルで拭くと、赤々と燃える暖炉の前にサラを連れて行った。
「いやあ、良かった。サラさんが無事でよ」
サラの無事な姿に、カイルが無邪気に喜びの声を上げる。しかし、サラを始め他の者たちの表情は硬く、重い沈黙が広間を覆っている。
「サラ!」
エレンたちに10分ほど遅れて、トールが屋敷に駆け込んできた。彼は妹のもとに駆け寄ると、その体を強く抱きしめた。
「馬鹿野郎・・・!なんで・・・なんで川に飛び込んだ!?」
兄に目を見つめられて問われると、サラは暗い表情でゆっくりと言葉を発した。
「だって・・・もう・・・生きてる意味が分からなくなったんだもん・・・」
「は・・・?」
「私・・・エレンと結婚したいって、子供の頃から思ってた。でも・・・エレンは、カレンさんと結婚した。・・・じゃあ・・・私が生きてる意味、どこにあるの・・・?お父様も、お嫁の貰い先がないって、ずっと言ってた・・・・・・だったら・・・もう・・・いなくなった方がいいかなって・・・・・・私がいない方が・・・誰も・・・困らないわけだし・・・」
「サラ・・・!お前なあ・・・!」
と、その時。広間のドアが勢いよく開かれ、急を知って駆け付けたルシウスが入ってきた。
「父上・・・!」
トールの声に応えることなく、ルシウスは火に当たるサラのもとへ大股で歩み寄った。そして怒りの形相を彼女に向けると、その頬を力強く叩いた。
「お前の・・・お前1人のために、どれだけ多くの者に迷惑をかけたか!!」
怒りの声を上げながら、ルシウスは娘の襟もとを掴んだ。サラは目から涙を流しながら、大声で叫ぶように言った。
「ごめんなさい・・・!ごめんなさい・・・!」
サラの泣き声が、広間中に響き渡った。誰もが言葉を失う中、エレンはカレンに小さな声をかけた。
「カレン・・・」
その意図を察すると、カレンはエレンと共に廊下に出た。エレンは何かを切り出そうとしていたが、勇気が出ないのか口ごもっている。
「あんたが言いたいこと・・・当ててあげましょうか」
そんなエレンに助け舟を出すかのように、カレンがおもむろに口を開いた。
「サラ殿があんなことをしたのは俺のせいだ。俺には、サラ殿を見捨てることができない。・・・そう言いたかったんでしょ?」
「・・・さすがだ・・・やはり、カレンにはお見通しか・・・」
苦笑いしながら言ったエレンに、カレンは精一杯の笑みを向けた。
「当たり前でしょ?あんたの考えてることくらい、分かるわよ・・・!」
声を震わせながらそう言うと、カレンは一度深呼吸して口を開いた。
「エレン・・・私は、別に構わないわよ。あんたが・・・サラさんを側室に迎えたって」
「・・・!だが、カレン・・・!」
「だって、あんたがいなくなるわけじゃないもの。それに・・・あんたが私を愛してくれることは変わらない。・・・でしょ?」
向けられたカレンの微笑みは、エレンにとって何よりの救いだった。彼は意を決したようにうなずくと、広間に向かって歩き始める。
「方々、娘がご迷惑をおかけした。本当に、申し訳ない」
広間では、ルシウスがダンとエミル、そしてカイルに謝罪の言葉を告げていた。そこに、覚悟を決めたエレンが戻ってくる。
「ルシウス殿・・・お話があります」
「エレン殿・・・お前さんにも、迷惑をかけちまったな。サラを助けてくれたこと、心から感謝する」
「いえ・・・私は、サラ殿をずっと傷つけてきました。私が・・・私がサラ殿の想いを受け入れていれば、このようなことは、起こらなかったはずです」
「エレン・・・?」
エレンの言葉の意図を掴みかね、ダンが思わず声を上げた。そんな彼に、エレンに続いて広間に戻ったカレンが、含みのある視線を向ける。
「私は・・・サラ殿を見捨てることはできませぬ。もし・・・今のサラ殿が、生きる意味を見失っているならば・・・・・・私が、その生きる意味になりとうございます」
「エレン・・・」
声を上げたサラに微笑みを向けると、エレンはルシウスに宣言した。
「サラ殿を・・・我が側室に迎えとうございます。このこと・・・お許しいただけますでしょうか?」
「・・・!エレン・・・!」
エレンの言葉にトールのみならず、カレン以外の全員が、驚きの声を上げた。
「しかし・・・お前さんはもう、結婚したじゃないか!それに娘はこんな性分だ、この先また、今回のようなことをしでかさぬとは限らぬ!」
「それでも!・・・それでも私は、サラ殿の支えになりたいのです。サラ殿が・・・生きていてよかったと思えるような人生を、私は・・・共に作りとうございます・・・!」
その言葉に、カレンが目を潤ませながら顔を伏せた。ルシウスはしばし考えこんでいたが、やがてエレンの目を見つめて言った。
「エレン殿・・・娘を貰ってくれること、心より感謝いたしまする。娘のこと・・・どうか・・・幸せにしてやってくださいませ・・・!」
ルシウスが深く頭を下げると、トールもそれに続いて深々と頭を下げた。エレンは大きくうなずくと、サラのもとに歩み寄り、その肩に優しく手を置いた。
「サラ殿・・・自分がいない方がいいなどと、そんなことは二度とお考えなさるな。私は・・・そなたに生き続けてほしい。また・・・そなたの歌を聞かせてほしい。どうか・・・私のために、生きてはくださらぬか・・・?」
その言葉に、サラは涙に濡れた目で強くうなずいた。そしてエレンを見つめながら、澄んだ声で歌い始める。
母のない蝶は 蜜を探して飛び惑う
父のない猫は 魚を探して倒れ伏す
子らに生きよと説きながら 糧も与えぬ空と海
望みも運も尽き果てた 咎を負わぬ終の家
その歌詞に、広間の者たちは思わず困惑の表情で顔を見合わせた。しかしエレンだけは笑みを浮かべながら、サラの体をより強く抱きしめた。
「そう・・・その歌だ。これからも・・・私にそなたの歌を、聞かせてはくれまいか・・・?」
その問いかけに、サラは小さな笑みを浮かべながらうなずいた。彼女もエレンの体を強く抱きしめ、幸せな気持ちに浸るのだった。
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